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2012年10月 9日 (火)

自民党

TBSの『サンデーモーニング』に河野洋平が出演していた。自民党総裁選に出馬した5候補について、「自民党はずいぶん幅の狭い政党になった。保守の中の『右翼』ばかりだ」と批判していた。

党員・党友数は現在80万人程度という。1991年には名義貸しの問題があり実質半分と言われたが500万人を超えていた。半分として250万人であるが、これが野党になった時に100万人を切るまで減少した。与党で無くなっても引き続き支援している行動からして、与野党に寄らず他の政党では実現できないことを自民党が達成することを期待している人が離れないでいる支援者であろう。つまり、保守性の強い人達が、野党転落でふるいに掛けられたと言える。

立川談志の落語の中で、自民党は終わりが来ないと信じている。それが傲りだと指摘し、切った刀で、社会党は始まりが来ないと思っているというのがあった。この時代(昭和50年代)の自民党の思想的な幅は、右左の半分より右側の範囲に広く分布していた。今日の自民党は右中左に三等分した右を担っている状態であろう。つまり、守備範囲が従来の1/2から1/3に狭くなったと言える。

河野洋平の右ばかりの印象には同意するが、本質的に保守であるのかには疑問を持つ。そもそも右とか左とかの思想を有しているのか疑わしい。朝日新聞が嫌いな程度で右翼を名乗って欲しくない。保守的な思想を心情としているので、朝日新聞の論調は馴染まないであって欲しい。
民主党の右寄りに位置する人と差異を見出し難いから、自民党の左寄りの位置では選挙(党内の選挙とその後にある国会議員の選挙)を戦えないから、ナショナリズムの雰囲気が漂うなか、右よりの主張をしているように感じる。本心から国を憂えて発言しているようには見えない。かつて、大日本愛国党の赤尾敏が数寄屋橋で演説していた主張と比べて、発言の主体がぶれている印象は否めない。ある意味ほとんど国粋主義的と言えるような主張をしているにもかかわらずだ。
対中、対韓で友好的なムードに移れば、主張もそちらに流されるように思える。政治心情がうつろい易いのは好ましくない。誰を選べばよいのかの一つの基準である。実際の政治運営は、個人の政治信条のみではない。継続的な作業(内政も外交も)であるから、本人の意思を譲って選択しなければならないこともあるだろう。それを多くの国民は支持するはずである。手法と心情は別の話である。そこに危さを感じる。

江藤淳は、保守とは感性だと言っている。理屈が前に出る保守は、保守ではない気がする。新自由主義は、感性ではなく理論であるように思う。左右の対立軸が無くなった時代に表れたものだろうが、保守の中には、理論的な保守と、感性としての保守が見えてくる。理論的な保守は肌に合わないようだが、感性としての保守で肌がピリピリしないものに最近出会えていない気がする。とういことは、私は保守ではないということか。

談志の社会党を民主党に替えて、民主党は二度目が無いと思っていると言ったら怒られるか。

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