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2012年9月29日 (土)

死刑執行

死刑制度が必要か否かについては意見を持っていない。どちらかと言えば死刑制度に反対に近いと思うが、肉親が殺人の被害者になったら、犯人の死刑を望む可能性が高い。一般論としてある、死刑制度が犯罪抑止になっているというのは否定的に考えている。死を持って償うべきというのは、経済的な損失の補填以外の意味での償いは、宗教性の高い感が和え方だと思うので、償いを何に求めるかが理解できないでいる。

死刑判決は裁判所で宣告される。
憲法76条に、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」とある。良心が関係するような表現にも読めるが、類例のある刑事事件では判例に従うのだろうと思う。過去の例に外れれば、法の下の平等が維持されなくなるからである。

死刑制度反対の立場から、個別の犯罪事案で裁判所で反対理由を主張したり、死刑制度が人権侵害と主張したりする弁護士がある。弁護士は被告人の利益を守る立場に徹しなければならないので、不適切であると考える。裁判所が高精度な天秤(基準は過去の判決)になっている以上、個別の事案で死刑制度は憲法違反などというはずがない、とまでは言えないとしても、著しく可能性が低いから被告人の弁明の機会を奪うことになると考えるからである。もし、被告人が死刑制度反対の主張したいのならそうすればよいし、それに適切な助言をするのも良い。しかし、裁判期間を延ばす行為は許されない。被告人の利益を守る為にやるべき仕事があるだろうと思う。そもそも、死刑制度のあり方は、立法府での議論が馴染む。

死刑の執行に関しては、刑事訴訟法475条第1項に規定されていて、「判決確定の日から6ヶ月以内にしなければならない」とある。現在の確定死刑囚の133人のほとんどはこれを超過している。ということは法律に違反していることになる。後藤田正晴が法務大臣として1993年に執行命令を発令したのが話題になったのを記憶する。

行政が違反行為を放置するのは許されない。少なくとも死刑の執行のボタンを押す人に余分な負担を生じせしめている。(法務大臣には同情しない。そういう仕事だ)死刑制度のあり方についての議論を行うとともに、現状の問題について対応する修正は速やかになされなければならない。これは立法府の怠慢である。

死刑囚が臓器移植を希望した場合の対応はどうするのか。

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