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2012年9月28日 (金)

原子力規制委員会

原子力規制委員会が赤旗の記者を締め出したそうだ。記者クラブ系の報道はないようで、問題なしの判断なのだろう。ほぼ上記以上の情報なしで誤りを顧みずに考える。

委員会側は原発の安全な稼働の可能性を検討する立場であるだろうから、基本になる立ち位置は、原発ありきである筈だ。まあ、外向きにかなり譲って『適切な監視によって原発稼働が可能であるか否かを検証する』というところだろう。原発が安全でないとか、放射性廃棄物の処分場がないとか、そういう意見に立つと、そもそも委員会は存在意義が否定される。故に、原発反対の主張をする人達は、出席するならその主張は遠慮願いたいと考える。フリーランスの記者も締め出し対象になっているようだから、原発反対を全面に出す人が、原発反対の質問をすることを止めさせたいのだが、適切な言い訳が無い。そこで、いくらなんでも無理筋な、報道を事業としないものということを考え付いたのだろう。原発反対での総論的な質問は受け付けないとし、質疑を課題案件に絞りたいところだが、委員会の性質上分離不能であると考えての結論なのだろう。

赤旗やフリーランスの記者が、原発反対の立場でグダグダと質問する絵柄は想像できる(間違っていたらごめんなさい)から、委員会のご苦労には同情するが、それでもあんまりではないか。節度を持った取材姿勢を要求し、不適切と判断したら個別に排除するとはできなかったのだろうか。この選別も問題があるのは承知しているが、団体を意識した事前選別は報道規制を掛けているようで不快である。これが直ちに政府機関の暴走につながるとまではいわないが、都合の悪いことをオープンにするのが正しい組織の在り方だと思う。

それにつけても、赤旗締め出しを報道しないのはどういう理由なのか。赤旗にも問題があるし、委員会にも問題があって、今回の対応には賛成(反対でもよい)するということを発信するのがメディアの役目だろう。事実を思想信条の偏りなしに発信することを重視するあまり、真実から遠い報道になっていないかと質問されたらなんと答えるのか。赤旗が偏り過ぎているので記事にならないには正当性を主張するには弱いし、報道に係わる者が使いセリフではない。

2005年の国会で、共産党の吉井衆議院議員が福島第一・二原発は地震に大丈夫かと質問している。共産党のこういうチェック機能は大切だと思うが、時の政府がうるさい質問として流していることに問題がある。しかし、チェックしないことには検討さえもされないだろうから、議論することは良いことである。そう考えると、3% 程度の少数政党はあった方が良いことになる。現在の国政選挙は二大政党を指向しているから、選挙制度も現在の方法が最適か疑問が生まれる。3人×50+20人×5 = 250人 のような選挙制度の方が好ましいと思う。変化が起き難いが、大きな変化がたびたび起きることを国民はのぞんでいないだろう。

報道が既得権を享受するようになったら、都合の悪い情報は流れなくなる。

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