2017年3月 9日 (木)

ヘルプマークについて

今日、電車に乗っていたら、私の前に座っている人のカバンに見慣れないタグが付いていた。それは下のようなものであった。
Helpmark_2
赤十字の標章には厳格な使用制限が法律で設定されている。上記のマークには、赤十字ではないが、赤地に白の十字であり、赤十字の標章を想起させるものであるし、その下にハートマークもあることから、健康に関する問題がある可能性を想像させる。

カバンの主は優先席に座っていて、朝の首都圏の電車の例にもれず混雑は相応に激しい。年齢を推定するのは難しいが、三十代後半から四十代の男性で、スーツは着ているもののネクタイはなかった。身長は170cm後半で、体重は80kgは優に超えているという雰囲気である。両耳にイヤホンをしているのは、音楽を聴いているのだろうか。両手でゲームをしているのは、スマートフォンであったか、携帯型のゲーム機であったか定かでないが、イヤホンとはつながっていなかった。スーツを着ていなければ学生に見えなくもない。しかし、会社員と見るには、少々不自然な印象が残る。朝の時間帯であるから通勤と決めつけていた部分はあるだろう。
私が電車に乗りそこに立ったのは、つり革が空いていたからである。見慣れないマークに気が付いたのは一駅過ぎてからである。優先席で携帯電話を使用するのを制限する雰囲気は薄れたが、それでも大ぴらに使うというのは大人の作法ではない。朝の混雑した電車で通勤する会社員に、スマートフォンでゲームに興じる人が多く見られることを何とするかという話になるが、会社で所得を得ているから大人というものでもないと結論付けることで、この議論を終える。
三人掛けのドア側の席で、隣の中央の席には学生と思しき男性が熟睡していた。もう一駅進んだところで、件の男性はゲームを止めてカバンにしまった。すると、手すりにすり寄るよう身体を揺らし始めた。シャツのボタンをはだけるようにして、胸の辺りをさするというか、叩くような動作を始めた。浅い、頻度の高い呼吸をし始めてもいた。さっきのマークは、もしやペースメーカーを埋めているという印かとも思ったが、スマートフォンを使っている可能性はあるし、ソマートフォンでなくても携帯型のゲーム機は通信機能があるから、自身に障害がある者が積極的に選択するものでもない。一般にこの手の通信機器がペースメーカーへの影響はほとんどないということであるが、小さな可能性でもあれば、選択しないというのが自分の問題に対する対応であろう。
その後、幾駅か進むと、胸を打つ動作が激しくなり、小さな声で苦しいと言いだした。しかし、顔色は悪くなった印象はなく、当人も電車から降りようと思っている様子もない。周囲の数人がこの不思議な行動に気付き始めたが、私と同様にどんな行動が最適か悩むところとなった。三十分して私が電車を降りる駅に来たので、その後の男性の行方は知らない。

件のマークはヘルプマークと呼ぶものであった。義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークだという。2012年10月から配布やステッカー標示等が行われているという。加えて、ヘルプマークを身に着けた方を見かけた場合は、電車・バス内で席をゆずる、困っているようであれば声をかける等、思いやりのある行動をお願いしますとある。今回の事案でどうしたらよいのか分からない。ペースメーカーであった可能性もあるが、精神疾患によるものである可能性もある。電車の急激な混在がストレスの原因であったかもしれない。しかし、通勤時間帯の都市部の電車である。混雑は必然である。一方で、ゲーム機などの電子機器を使用していたのも腑に落ちない。
立っていた人になら、席を譲ることを考えたかもしれない。自分が立っていても、気分が悪いのかと訊くことくらいは出来る。結果、誰かが席を譲るかもしれない。しかし、座っている人である。困っているようであれば声をかけるというのは、文章にするのは簡単でも実施するには難しい作業である。彼に声を掛けて、電車を降りることを勧めて、一緒に駅係員に伝達することはできた。そうしようとも思ったが、これは解決策の提案には程遠いとも思った。何もしなかったのは、男性の顔色が変化しないこと、どちらかというと良さそうな印象であった、苦しいという言葉が本当に苦しいのと少し違う印象を思ったこと(表現が難しい)、助けを求めているにしては、何とも中途半端は行動であったこと、がある。助けを求めているように見えないのである。
自分の行動に言い訳ばかりしても仕方ない。次に似たことがあったら、声を掛けることにしよう。


たまたま乗ったバスにハートマークの説明があった。

2017年3月 6日 (月)

PSA、2650億円で独オペル買収 GMは欧州撤退

フランスの自動車大手グループPSA(旧プジョーシトロエングループ)は3月6日、米ゼネラル・モーターズ(GM)の欧州子会社、独オペルを買収すると発表した。GMは欧州から事実上撤退し、世界販売台数は独フォルクスワーゲン(VW)、トヨタ自動車に次ぐ3位から、日産自動車・仏ルノー・三菱自動車連合に抜かれ4位に落ちる見通しだ。英国の欧州連合(EU)離脱決定以降、大型企業の初の撤退案件となる。
買収総額は22億ユーロ(約2650億円)。内訳はオペルの英国ブランド「ボクソール」を含む本体が13億ユーロ、GMの欧州金融事業が9億ユーロ。金融事業はBNPパリバと共同で取得する。買収でPSAの売上高は700億ユーロを超える。年間販売は430万台になり、欧州ではVWに次ぐ2位に浮上。オペルブランドを存続させ、「DS」「プジョー」「シトロエン」に続く4番目のブランドに位置づける。オペルは赤字続きだったが、規模拡大で相乗効果を引き出せると判断した。共同調達や車体共通化、生産、研究開発での協力を通じて年17億ユーロのコスト削減を見込む。当面はオペルの工場閉鎖や人員削減はしない方針。2020年までに営業利益率を2%、フリーキャッシュフローを黒字にし、オペルを再建すると表明した。欧州で足場を固め、中東やアジアでシェア拡大に注力する。パリのPSA本社で記者会見したカルロス・タバレス最高経営責任者(CEO)は「PSAのノウハウでオペルを再生させる」と強調。GMのメアリー・バーラCEOは「難しい決断だったが、GMには良い選択になると確信している」と語った。(日本経済新聞:3月6日)


欧州の自動車メーカについて考える。


Opelが欧州GMになったのは1929年である。ドイツの民族資本の自動車メーカというには、米国資本の下である期間が長い。英国GMであるVauxhalがGM傘下になったのは1925年で、Opelよりさらに古い。欧州市場が国ごとに独立した市場であった時代には、ドイツと英国の市場は別のものであったのだろうが、EUが議論されるようになった時代には、国境の概念がこの地域においては薄くなってしまった。ドイツとフランスと英国の違いなど、自動車会社にとっては無いに等しいものなのだろう。
欧州GMとグループPSAの販売台数推移を確認する。下に結果を示す。

■  欧州GM (Opel/Vauxhal) とグループPSAの販売台数推移
   年     Opel/Vauxhall   PSA
  2016     984,769    1,467,414
  2015     934,368    1,470,713
  2014     880,974    1,475,332
  2013     823,902    1,447,532
  2012     835,855    1,587,597
  2011     996,566    1,801,245
  2010    1,006,683    1,907,600
  2009    1,053,306    1,876,968
  2008    1,135,535    1,848,396
  2007    1,323,698    2,029,121
  2006    1,322,316    2,021,000
  2005    1,423,665    2,119,629
  2004    1,454,346    2,178,989
  2003    1,346,836    2,120,040
  2002    1,386,364    2,185,189
  2001    1,551,912    2,152,245
  2000    1,537,067    1,940,880


米国GMの2009年のチャプター11の申請で、欧州GMの整理対象になった。身を軽くするのは企業再生の最初の一歩であるが、GMはOpelの将来性に価値があると判断し、自力再建に急転舵を切った。その前から販売台数の不振が認められるが、Opelの規模というのは、100万台というのが実際的なレベルと考えた方が良さそうだ。2000年の150万台は大き過ぎるように見える。整理もされたのだろうが、欧州市場に元気がないという事情も影響していよう。
一方PSAはというと、もともと欧州市場への依存度が高いメーカであり、加えて、フランス、イタリア、スペインが欧州市場での販売台数の半数という偏りが大きい。その昔は、アフリカ市場で一定の量を確保してきたが、現在ではそうでもないのだろう。PSAの決算資料から、グループの販売台数の地域割合を下に示す。

■ PSAの販売台数地域セグメント分布
                     2015      2016
  Europe               63%       61%
  China - South East Asia    25%       20%
  Middle East - Africa        6%       12%
  Latin America            5%        6%
  India - Pacific           1%        1%
  Eurasia                0%        0%

欧州が六割である。2014年に中国の東風汽車と資本提携を締結したことで、中国の割合が増加している。これ以外の地域の台数は限定的になっている。フランスの国内市場だけ見ていた企業が、EUになって域内の競争力がありそうな地域に販売を広げたが、国際競争とEU域内の景気の悪さもあって、成長が期待できる中国に進出することを考えて合弁会社をつくったという話である。2012年にGMと資本提携をしていて、GMの欧州撤退により、販売の弱いドイツ市場を押さえることに期待しているということのようだ。
売上高の推移を確認する。Opelは米ドルで、PSAはユーロである。結果を下に示す。

■ 売上高推移 (単位:million)
  年    Opel/Vauxhall (US$)    PSA (€)
  2016     18,707             54,030
  2015     18,704           54,676
  2014     22,235           51,592
  2013     20,110           53,079
  2012     20,689           55,446
  2011     25,154           58,509


為替の問題が生じてしまう。1ドルが1~1.5ユーロ程度は変わってしまうから、判断に苦しむが、Opelが半分くらいの売上と思って大きくは外れないようだ。(当たってもいない)
今回の買収で、Opelの本体価格が13億ユーロというのは、お買い得な気もするが、引き取り手のない会社である。高いという見方も成立するだろう。Opelがドイツ、英国以外での販売経験がないこと、PSAのモデルとサイズ・価格帯が重なることは、Opelの再生に効果的である可能性があるが、PSAモデルの足を引っ張るだけに終わる可能性もある。事業譲渡は判断が難しい。


規模の論理ですべての説明が出来るほど単純ではない。

2017年2月28日 (火)

任天堂、カート会社提訴 「マリオ衣装貸し出し著作権侵害」

任天堂は2月25日までに、公道カートのレンタル会社「マリカー」(東京)が、「マリオ」などのキャラクターの衣装を貸し出した上で、その画像を許可なく宣伝や営業に利用し、著作権などを侵害しているとして、侵害行為の中止と1千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
任天堂が訴えたのは、マリカーと同社の代表取締役。人気ゲーム「マリオカート」の略称である「マリカー」を会社名に使用し、利用客にマリオなどの衣装を貸し出す営業行為が、不正競争行為や著作権侵害行為に当たると主張している。マリカーは公道を走れるように改造したカートを外国人観光客などに貸し出し、料金収入を得ている。任天堂の担当者は「数カ月前から警告していたが誠意ある回答を得られなかった」と話している。(共同:2月25日)


著作権について考える。


公道上でカートを走らせるのは、一定の条件を満たせば違法ではない。総排気量20ccを超え50cc以下、または定格出力0.25kWを超え0.6kW以下の原動機の四輪車である。法律は、シートベルトの着用義務も、ヘルメットも同様に求めていない。重量を大きくすると直ちに走行性能に響く事情があるから、運転者は生身がむき出しの状態で運転することになる。この公道カートのレンタル会社がビジネスとしているのは、東京という大都会を、小型のカートで、任天堂のゲームに出てくる衣装で走行できるということである。当然、外国人観光客を主なターゲットにしている。
営業行為として衣装の貸し出しをしているのだから、衣装が著作権に抵触するものであるとすれば、この営業行為が著作権侵害行為だとする論理は筋が通っている。一般論として、ゲームのキャラクターに似た衣装というレベルで、著作権に制限を掛けるというのは、少し行き過ぎがあるのではないかという心配はある。今回の訴訟には興味がそれほどないが、このビジネスには少し興味を持った。

東京と言う大都会を小型のカートで走り抜けるというのは、まさにゲーム感覚と言えるだろう。日本で暮らしていない人にとって、ゲームを生み出した国の都市で、ゲームさながらのスリルを味わえるというのが、宣伝に使っていないにしても、意図しているところであろう。
道路交通法で認められた車両であるから、走行するのは自由であるのだが、集団で走行するレンタル事業を行うのは如何なものかと感じる。都心で車高の低く安全基準の乏しい車両で、ゲームに出ている人物のコスチュームを身にまとい運転する。人間の動作に制限が加わる衣装であるし、そもそも加速性はもとより、減速性能も低い。そして、日本の交通事情に疎い外国人を主なユーザに想定している。
このようなビジネスを行うのなら、ヘルメットの着用 (フルフェイスである必要はない) 、車両の高い位置にブレーキランプなどの表示機器の設置くらいはして方が良い。そもそも、公道を走行させる意味が分からないのだが、クローズドのサーキットを準備しても誰も注目もしないことだろう。これでなければ商売にならないと主張することだろう。保険にも加入していると説明したとしても、ゲームのコスチュームで大きな事故が起きてしまっては任天堂のイメージが落ちてしまう。著作権の問題とは別に、任天堂に同情する部分である。大企業がベンチャーを苛めているという図式で見る向きもあるようだが、社会の迷惑になり得る存在で、その結果として連帯してイメージダウンを受けるというのはあんまりな話である。


警察も何かの法律で取り締まることを考えているだろう。

2017年2月24日 (金)

麻生氏「何を調子いいこと言ってんだか」 民進は抗議

麻生太郎財務相が2月23日の衆院予算委員会で、民進党議員の質問に「何を調子のいいことを言ってんだか」と発言したことに対し、民進が24日の同委員会の理事会で与党側に抗議した。民進の長妻昭氏が明らかにした。長妻氏によると、浜田靖一委員長は「注意すべきものは注意する」と述べたという。
麻生氏は23日の質疑で、学校法人「森友学園」への国有地売却問題で価格を値引きする根拠となった地下のごみを同学園が実際に撤去したかどうかを国として調査すべきだと質問した民進の玉木雄一郎氏に向けて発言した。24日の理事会で、民進は麻生氏の発言のほか、日本維新の会の足立康史氏が23日の審議で「民進党の議論は本当にひどいレッテル貼りと揚げ足取りが多い」などと一方的に批判したことについて「暴言に近い発言だ」と抗議し、両氏を注意するよう浜田氏に求めた。(朝日新聞:2月24日)


麻生太郎の発言について考える。


「何を調子のいいことを言ってんだか」の意図するところは、セメント会社出身の麻生太郎大臣なら、という趣旨のヘッダーを付けたことへのコメントと理解するのが良かろう。麻生の父親は麻生太賀吉で、その父親は九州の石炭王の麻生太吉である。九州の財閥ということだ。太郎の母親の和子は、吉田茂の娘である。つまり、麻生太郎は吉田茂の孫ということになる。太郎の父親も母親もカトリックの信者であり、太郎もカトリックである。ちなみに、妹は寛仁親王妃になっている。皇室はカトリックの信者を嫁に迎えたということだ。これが問題だとは思わないが、当時、大きな騒ぎにならなかったのは、皇位継承順位が低いことによるのだろうか。
脱線した。毎度のことではあるが、そもそも脱線しないというレールなど存在しないのである。民進の玉木が質問したのは、件の学校法人に関連した国会議員の鴻池は、麻生派の会長代行であることが関係する。つまり、口利き疑惑の目が向けられている国会議員が所属する派閥は、国家の財産を管理する財務大臣の派閥であるということである。麻生も関わっていませんかとは訊けないから、国家の財産管理の在り方として、財務省の立場を問うたという話に過ぎない。
暴言ではあるが、育ち・家柄が良いこと (のみ)をアイデンティティとして、露悪的な振る舞いをすることで、庶民の気持ちもわかると主張するのが麻生の手法である。前者の価値の有無は横に置くとして、庶民の気持ちなど分かりはしないし、そもそも、庶民と見下すことろに、この輩のいけ好かない性格がにじみ出ている。本人がそう話した訳ではないので、そうではないかと想像するという話である。

現在の政権の問題点は、自由であることを重視した新自由主義的な主張と、経済重視の路線は理解するにしても、(妥当か否かには触れない) これで利益を受ける者が、特定の集団に偏っている疑いがあるという点にある。これは、自由を最大化しているふりをして、平等を蔑ろにしているということである。民進党は、平等を重視した政策を主張し、不公正な取引について正すのがよかろうと思う。自民も民進も方向性が定まっている集団ではない。党の方針がなどと議論すれば、いずれの党でも発散する。しかし、現在政権にある自民党なら、政権政党の役割として、という錦の御旗を掲げて、小異を捨てて大同につくなどとほざくことが可能だ。しかし、民進にはこのセリフが吐けない。
森友学園の理事長も、鴻池も麻生も安倍も、職業右翼である。保守思想を政治や経済活動に活用しているだけである。真の右翼であれば、幼稚園の教育勅語のような、雑な扱いは決してしない。真に価値があると考えている行動ではない。それを褒めた稲田も同類である。上で政治と書いたが、政治思想の実現ではない。自身の属している集団の経済的な利益の拡大というのが政治である。だから、職業右翼なのである。右翼の看板を外して眺めてみれば、自分の利益の奔走する守銭奴にしか映らない。稲田がハワイで戦死した飯田房太中佐の記念碑を訪れた服装に思想の欠片もなかった。右翼幼稚園を表彰するのも、思想的なものではなく、右翼である証を気軽に示せることと、金になることに過ぎない。
稲田以外の上記政治家も同様である。理事長は、金儲けの手段として右翼を名乗っているだけである。そもそも何を言っているのか分からない。

麻生の発言は、その程度のオツムの御仁であるのは承知しているから、無駄口叩かず訊かれたことに答えなさいで良い。だいたい、人の話を聞けないのがこの手の連中の特徴であるから、聞かれていないことには答えても、訊かれたことには答えないというのが常ではある。


門地により、人の価値は決定する。麻生太郎 談 = フィクションです。

2017年2月22日 (水)

森友学園の幼稚園指導法、文科相「大阪府に報告求める」

大阪府豊中市内の国有地を、近隣国有地の約1割の価格で小学校用地として売却された学校法人「森友学園」(大阪市)をめぐり、2月22日の衆院予算委員会の分科会で同学園が運営する大阪市内の幼稚園が取り上げられた。
民進の議員が幼稚園の指導のあり方についてただし、松野博一文部科学相は「大阪府に今どういった状況であるのか報告を求めていきたい」と述べた。 民進の玉木雄一郎氏の質問に答えた。玉木氏は21日にこの幼稚園の元保護者から聞いた話として、「パンツで(漏らした)うんちをくるんで幼稚園のバッグに入れて持ち帰らせる」「犬を飼っている子が『犬臭い』と言われ、勝手にリュックサックを捨てられた」などと例示。「児童虐待にもつながる」と指摘した。
「犬臭い」という発言などをめぐっては、元園児の保護者が損害賠償を求めて提訴し、大阪地裁で係争中。森友学園側は答弁書で「子どもに『犬臭い』と言ったことはない。両親に、園児の生活環境の改善などの必要性を伝える際に『犬臭い』という表現を使った」などと反論し、請求棄却を求めている。(朝日新聞:2月22日)


もろもろ考えることにする。


国有地の面積は 8,770平方メートルとされる。不動産鑑定士の評価額が 9億5,600万円で、売却価格が 1億3,400万円であるというから、差し引き 8億円余りが地中から出たコンクリート片や廃材などの撤去費用ということになる。特殊な産廃でもないようだから、除去の相場としては、1平方メートル当たりで1メートルの深さで除去すると5万円というところである。これは産廃ばかりの例である。実際に産廃を埋めるとなると、埋める作業上の制限から、全体の面積のうち五割程度だろう。だいたい周囲が山の中でもない。
仮に試算してみよう。除去する深さは2メートルとしてみよう。上の計算式に従うと、8770 x 0.5 x 5 x 2 = 43,850万円 となる。8億円には届かないから深さは4メートルレベルということになる。土地の様子を見ると、建物が建設されている部分があり、その部分に産廃が多く埋められていると、基礎の安定性が確保できないから、掘り起こすよりないのだが、それほど深く掘った様子もない。建物の部分には産廃がなく、校庭予定地に多いという説明をされたらそれまでだが。

学校法人の教育方針は、規律を重視したものであるようだ。幼稚園で規律を求めても、なかなか達成するのは困難だと思うが、そんな軟弱なことを言っているから、こんな国になってしまうと怒られそうである。入試時に軟弱だとする理由で落とされるかどうか知らないが、そんな子供がいたとしても不思議ではない。子供が理由ならまだ良いが、親が軟弱なのでという理由だと悲しくなる。要らぬ心配なのは重々承知している。
元園児の保護者が損害賠償を求めて提訴して大阪地裁で係争中というから、それだけでイメージ的には十分過ぎるくらい問題のある幼稚園である。学校法人側に主張もあるのだろうが、この手の仕事では裁判所に行ってしまっては駄目というのが、顧問弁護士の常識というものだろう。裁判になって、幼稚園児と学校法人の教育方針とを天秤に掛ければ、裁判官は弱い者を守りたいと心情的には思うだろう。事前に説明することで済むものもあるが、果たしてここまで攻撃的な教育方針の説明をできようか。犬臭いと言ったかどうかが裁判では大切なことになるのだろうが、生活環境の改善に適切な指導が実施されたかを争うことになれば、かなり旗色の悪いものであろう。学校法人側は和解に持ち込む流れだろうが、幼稚園児の保護者は既にこの幼稚園を離れ、恨みつらみしかないから結審を希望するという想像がされる。大きな土地を持っているから、支払い能力に問題はなさそうだ。

ほうぼう問題がある学校法人である。首相が自身または妻と関係あれば、首相も議員の職も辞するなどと強弁すれば、野党の心に火を付けることにしかならない。愚かな者は、興奮すると訳の分からない言葉を口にするものだ。法律に関わる表面上の問題など無いようにするものである。その程度をクリアーしていないのなら、国会議員に便宜を計って貰う資格がない。しかし、学校法人の方は叩かずとも埃がこぼれる体質のようだから、首相は無駄な言葉を足したということになるのだろう。


国の財産について、岸信介の孫は自由に処分して良い。

2017年2月21日 (火)

将棋界初の外国人女流プロ ポーランド出身25歳

外国人で初めての将棋の女流棋士が誕生した。ポーランド出身のカロリーナ・ステチェンスカさん(25)が2月20日、東京都渋谷区の将棋会館で行われた対局に勝ち、正式なプロとして認められる女流2級になった。
対局を終えたステチェンスカさんは「今まで苦しかったが、プロになれてうれしい。ダイナミックな終盤戦に魅力がある将棋を、これから世界に広めていきたい」と笑顔で話した。日本の漫画「NARUTO(ナルト)」で将棋に興味を持ち、2013年に来日。山梨学院大で学びながら研さんを積み、15年10月に女流3級となって女流プロ棋戦に出場していたが、2年以内に一定の成績を上げなければ取り消される「仮資格」だった。この日の勝利で第44期女流名人戦の挑戦者決定リーグ入りを争う予選の決勝進出を決め、昇級条件を満たした。現役の女流棋士は現在約60人いる。(日本経済新聞:2月20日)


女流棋士について考える。


日本将棋連盟の中で、女流棋士の位置付けはお飾りのような存在であった。これは、プロ将棋棋士の存在価値は、技量が高い者であることであるという信念によっている。女性の棋士の存在を否定してはいないが、女性では奨励会で三段がいるから、将来女性棋士が実現する可能性はあるが、プロである四段になっても、真に価値があるタイトル戦への出場や優勝というのはその先の話である。
そんな将棋連盟、正式名称は公益社団法人日本将棋連盟という。この連盟の目的は、「将棋の普及発展と技術向上を図り、我が国の文化の向上、伝承に資するとともに、将棋を通じて諸外国との交流親善を図り、もって伝統文化の向上発展に寄与すること」と謳っている。本年は技術向上しかないのだが、それでは公益法人としての資質を問われることになるから、綺麗事が色々書いてある。しかし、四十年位まえには、全国への普及に随分と力を入れていたし、海外への展開を考えて行動していた様子があった。連盟の力が強かった訳ではないのだが、志は感じた。当時は、東京の将棋会館が完成し、関西の将棋会館を造る為に寄付を募っていたから、トーナメントプロだけで良いとは言い難い環境もあったのだろう。念の為年譜を確認すると、女流棋士制度が創設されたのが1974年、東京の将棋会館の竣工が1976年、関西将棋会館が1981年である。社会情勢が良く、企業からの寄付が期待できる経済環境であったとは思うが、それで簡単に賄えるものでもあるまい。なお、囲碁の日本棋院は、1971年に本院が市ヶ谷に建設された。何にも流行というのはある。
日本女子プロ将棋協会については過去に書いた。女流棋士を飼っていられなくなった連盟が、経費削減を計ったが、いろいろと問題が双方にあって、日本女子プロ将棋協会は風前の灯火となっている。仕事の進め方が致命的に悪かったと感じるが、連盟が筋の良い仕事をしていた訳でもない。世の中で良く議論されるプレーヤーが経営をすることの問題点が、思いっきり表に出ている例である。普及や指導を行うことを企画するのは、トーナメントプロの仕事とは別のものではある。しかし、相容れない課題でもないことが問題を複雑にする。
さて、ステチェンスカは連盟所属の女流棋士である。今更、日本女子プロ将棋協会を叩く必要もないだろうが、普及、特に海外について弱いという現実を大きく変える札にはなる。それを有効に活用できるような機転はこの連盟には期待しようもない。最強であることを最大の価値としてきた者達の集合体である。最強が半導体技術の進展と、プログラミングの最適化作業の結果として、人間の能力を超えたときに、その価値はコンピュータ技術に置き換わるのだろうか。それを否定して、自分たちのネグラに閉じこもるのも可能だが、それで誰から尊敬されるというものでもない。文化の向上、伝承に資すること、諸外国との交流親善を図ることは、コンピュータには期待できない。そちらを重視しなければならないということになる必然性は高そうだ。


日本将棋連盟の記事の扱いは、困った印象を受ける。

2017年2月17日 (金)

参院議長の不規則発言、野党が批判

民進党の蓮舫代表は2月16日の記者会見で、伊達忠一参院議長が本会議場で新幹線網の拡充を求めた自民党の質問者に「北海道新幹線が入っていない」と発言したことに関し「議長に緊張感がないと明確に言いたい」と批判した。共産党の志位和夫委員長も「許されない行為だというのは論をまたない」と非難した。
伊達氏は北海道選挙区選出。15日の本会議で自民党の西田昌司氏が「山陰や四国など全国津々浦々まで新幹線ネットワークを広げるべきだ」と求めた直後、議長席から不規則発言をした。(日本経済新聞:2月16日)


伊達忠一について考える。


伊達忠一は北海道選挙区選出の参議院議員である。北海道議会議員を四期務めて、参議院議員三期目である。出身は、北海道の上士幌町とも芦別市とも言われる。高校が芦別高校であるから、芦別市にしていると思っていたが、上士幌町と芦別市は直線で80キロメートル離れていた。政治家は出身地を明らかにして、その地域での得票数を増やすという行動を取るようだ。1939年1月生まれで、1963年4月から札幌医科大学付属病院検査部で臨床検査技師をしていたという。北海道立衛生検査技師養成所を卒業したということだが、臨床検査技師の受験資格には3年の専門教育を求めているから、札幌医科大学付属病院に勤務を始めたのが24歳のときとなる。しかし、1965年9月に札幌臨床検査センター株式会社を設立したという。2年半の勤務期間で会社を設立したということのようだ。この会社は現在でも存在している。売上高の推移を下に示す。

■ 札幌臨床検査センター売上高推移 (単位:百万円)
   年     調剤薬局  臨床検査  医療機器   その他
  2012      9,393     5,926     1,956      59
  2013      9,586     5,059     1,091      76
  2014     10,106     5,185     1,119      138
  2015     10,587     5,289     1,199      89
  2016     11,007     5,429     1,022      86


地元では有力な企業なのだろう。取締役も確認した。

■ 札幌臨床検査センター取締役抜粋
  代表取締役会長    伊達忠一   1939年1月20日
  代表取締役社長    大井典雄   1950年5月16日
  取締役副社長      伊達忠應    1972年7月24日


伊達忠一は、副大臣になったときは取締役を外れ、株式も管理に移しているが、それが済むと代表権のあるポストに戻る習慣があるようだ。許されている行為なのだろうが、この企業の代表権と言うのは、国会議員のついでに行える仕事なのか、あるいは、国会議員というのが、ついでにする仕事ということなのだろうか。副社長の忠應は忠一の長男であるようだ。父親の創業した会社を継ぐというのはよくある図式である。忠應は1998年4月三菱化学ビーシーエル入社し、2000年12月退社して現在の会社の取締役になっている。北海道議会議員にも2003年4月に当選しているが、2005年10月31日に暴行事件で逮捕されたことを理由に辞職している。2007年4月の道議選に立候補し当選しているが、2006年10月に酒気帯び運転で検挙されていたことが分かり、2007年7月7日に辞職を発表している。この当時は父親の公設秘書であったそうだ。楽しい息子である。奥羽大学歯学部に進学したが中退し、アメリカに留学しカリフォルニアアカデミー修了というのが息子の学歴である。就職した会社は、父親が創業した会社の取引先であるから、少しの間面倒を見て貰うという話に読める。古き良き時代のバカ息子の経歴ロンダリングが今でも生きている。

出来が悪い息子でも、大事な息子であるのは、どこの親も一緒である。可愛がる気持ちは分かる。ただし、出来が悪いことが分かっているなら議員にさせる気持ちが分からない。社会の迷惑になる。企業の取締役なら、他の取締役もいるだろうし、取引先も注意を払う。バカ息子が取締役の会社であることは、公知であるのだから就職した社員にもリクスを認識できた筈だという論理は成立する。しかし、議員にするのは問題である。選挙という手続きで選ばれた人は、簡単に辞めさせる訳にはいかない。そもそもそんな輩を当選させるな、地域の有権者の不見識に過ぎない、という論理は当然であるが、それらを横にするほど、大きな既得権益をその地方で有している国会議員であり、企業の代表なのである。息子の始末くらし、しっかりして貰いたいものである。
と、こんな息子を持つ父親は、何の因果か参議院で議長になった。当然、利益誘導が最大の責任というか、集票能力のある事項であるから、偉くなったと発言することになる。あろうことか、これを議長席から発信したということだ。まあ、議長の役割も認識していないのだろう。こんな役はやりたくなかったのかもしれない。お見舞い申し上げます。


北海道に新幹線を走らせると、何があるのかを個人として示せば良かろう。

2017年2月16日 (木)

リクシル社長「放射能で大柄に」 不適切発言で謝罪

住宅設備大手、LIXIL(リクシル)グループの瀬戸欣哉社長は2月15日、山本公一環境相と環境省で意見交換した際、体格の大きさを指摘され「放射能の影響で大きくなりました」と述べた。記者が意図を尋ねると「冗談だった。不適切な発言だった」と謝罪した。
環境省は東京電力福島第1原発事故に伴う除染などを所管する。山本氏は意見交換後、瀬戸氏の発言に関する記者の質問に「気が付かなかった」と回答。瀬戸氏は「(スポーツをしていた時代に比べ)体重が増えたことの言い訳だった」と釈明した。意見交換は地球温暖化対策がテーマだった。瀬戸氏の発言に関し、福島県の内堀雅雄知事は記者会見で「放射能の問題について、誤解や偏見がないようにすることが大切だ。福島県は農産物や観光などで、いわれのない誤解や偏見により非常に苦しい思いをしている」と苦言を呈した。瀬戸氏は昨年6月、社長に就任。バスケットボールやボクシングの経験があるという。(共同:2月16日)


放射能汚染について考える。


放射線被曝の風評被害というのは、2011年3月11日の地震発生で原子力発電所が被害を受けて、発電に用いるものと二次的に発生する放射性物質が拡散したことによっている。放射性物質で、ウランやプルトニウムは比重が大きいことから、広い地域への拡散はないと考えれれている。それでも少し離れた地域でも検出されている。微量なので問題ないと言いきれないのが辛いところだが、健康被害への心配は小さいと判断するよりない。少なくともチェルノブイリ原発の事故による日本への影響と比較して、大きくないという結論は正しいとして良いだろう。
ストロンチウム90はカルシウムに特性が似るから、体内に入った場合、骨への定着が心配されていた。半減期は29. 1年である。他に話題になったものは、ラドン220 (半減期:55.6秒)、ヨウ素131 (8日)、セシウム134 (2.1年)、セシウム137 (30.2年)というものがある。半減期は放射性崩壊により原子が半分になる期間であるから、半分は残っているという解釈で問題ない。しかし、半減期が10回過ぎれば 1/1024 になるから、20回過ぎれば100万分の1にまで減少する。現在までの時間の経過により変化しているものと、大きくは変わらないものとがある。セシウム137はあまり変化はないだろう。人体への影響は、放射線の強さも考えなければならないので、そんなに単純に済ませられる話でもない。確実に言えるのは、半減期の長い放射性物質が拡散したことは、人間の一人の生命が存在する期間に比べ長い年月であるということである。薄く広まった原子を効率的に集める技術はないと言って良いから、拡散すれば手の施しようもない。

さて、LIXILの話である。政治家や経営者が、面白いと思って話すことの多くが、面白くもなく、ほとんど不快と感じることが不思議である。不快と感じるのを回避するなら、つまらないことに徹すれば事故は回避可能である。今回の発言の、身体が放射能の影響で大きくなったというのに、何が面白い、誰が楽しいと感じると、この社長は考えたのだろうか。環境大臣相手だったので、放射性物質の処理で困っているだろうから、良いこともあるのだと話そうと考えたということか。1960年生まれだから50代である人間が、放射線を浴びて成長するというのは、ある種のSFではあるのだろうが、ひねりに欠けた話である。1954年に登場したゴジラは、水爆実験によって発生したという設定であるから、この話を下敷きにしたという理解が良さそうだ。ゴジラほどは強く被曝しなかったので、この程度の成長で済んだということだろうか。LIXILの本社は東京であるから、特段、この社長が被曝したという理由も見出せない。やはり、どこが面白いかは分からない。
福島県知事は、ぜひLIXILの社長に、どのように面白い冗句を言ったのかを説明して貰うと良いだろう。偏見や苦しい思いについては別に対策するにしても、面白いと思ったことを知らなければ、発言者の精神構造に迫ることが出来ない。


LIXILの本社では、違法に放射性物質を保管している疑いがあるということか。

2017年2月14日 (火)

ニコンの17年3月期、最終赤字90億円に拡大 デジカメ不振

ニコンは2月13日、2017年3月期の連結最終損益が90億円の赤字(前期は182億円の黒字)になる見通しだと発表した。従来予想から赤字が30億円拡大する。市場の縮小でデジタルカメラの販売が計画を下回る。新商品の発売中止に伴う棚卸し評価損などの計上で構造改革費用も膨らむ。
「短い間にも市場は厳しさを増している」。同日開いた決算説明会で牛田一雄社長はカメラなどの市場環境について、こう語った。売上高は前期比8%減の7500億円、営業利益は39%増の440億円を見込む。それぞれ従来予想から500億円、50億円下方修正した。主因はカメラ関連事業の想定以上の減速だ。スマートフォン(スマホ)などの普及でカメラ市場は急速に縮小している。今期のカメラの販売台数はレンズ交換式で23%減の310万台、コンパクト型では49%減の315万台となる見通し。従来予想からそれぞれ15万台、30万台引き下げた。加えて、昨秋発売した、全方位の映像などの撮影ができる「アクションカメラ」が振るわない。スマホなどの機器との接続性で顧客からの評価が低く、販売が想定の半分になる見通しという。(日本経済新聞:2月13日)


ニコンについて考える。


最近ニコンがニュースに取り上げられた事例として、高級コンパクトカメラDLシリーズの発売の中止を決めたこと、希望退職者を募集した結果、1000人の予定に1143人が応じたことがある。前者は前にも発売延期をしているから、この製品の市場がそう大きくはないこと考慮すれば、経営判断として必然ではある。問題なのは、社内事情に明るい社員が辞めた方が良いと判断して、予定数より多いということである。ニコンのセグメント売上高と利益の推移を確認する。結果を下に示す。

■ ニコン3月期決算セグメント売上高推移 (単位:百万円)
   年      精機      映像   インストルメンツ メディカル
  2017予   248,000    380,000    76,000     19,000
  2016    182,416    520,484    77,242     18,311
  2015    170,757    586,019    72,381      ―
  2014    205,946    686,005    65,609      ―
  2013    179,962    752,034    54,978      ―
  2012    249,001    588,477    57,637      ―
  2011    209,362    597,426    59,253      ―
  2010    150,823    569,988    46,025      ―
  2009    221,375    597,413    46,415      ―
  2008    291,891    588,110    61,240      ―
  2007    292,562    449,790    61,170      ―

■ ニコン3月期決算セグメント利益推移 (単位:百万円)
   年      精機     映像   インストルメンツ メディカル
  2017予   48,000    25,000     1,000     -6,000
  2016     14,607    45,751     2,819     -4,675
  2015     8,355    56,698     1,199      ―
  2014    20,079    64,284    -2,156      ―
  2013    13,090    60,711    -4,977      ―
  2012    42,723    53,971    -3,166      ―
  2011     2,711    52,331    -5,247      ―
  2010    -58,557    52,116    -9,330      ―
  2009     8,041    40,039    -2,723      ―
  2008    43,348    83,973     4,081      ―
  2007    49,320    45,678     5,122      ―


2017年3月期予想は、映像を除いて前年と同等か良くなっている。液晶パネルや半導体の製造装置事業は、映像事業に比べて利益を出しそうだから、明るい未来が描けるのかなと思ったが、それは過去の知識による判断ということのようだ。台数が限定される市場特性であり、標準品とされれば安定受注が見込め利益も大きくなるが、その逆になると市場を失うというものである。過去にニコンが露光装置市場で優勢だった記憶が刷り込まれているので、現在もそして未来もそうなのだろうと思ってしまう。これはある種の思考停止スイッチと言える。ニコンが決算資料で公表している市場規模を下に引用する。


■ ニコン決算説明資料より市場規模見通し
                                 2016年    2017年    2017年
                                 実績    Q2時⾒通し Q3時⾒通し
半導体露光装置販売台数(新品/中古、台)
                     市場規模       220       210       210
                     ニコン        14/21     26/16     24/10
FPD露光装置販売台数(台)
                     市場規模       80       120       128
                     ニコン         46        92        92

レンズ交換式デジタルカメラ(万台)
                     市場規模      1,304     1,200      1,150
                     ニコン         404       325       310
交換レンズ(万本)
                     市場規模      2,134     2,000      2,000
                     ニコン         590       475       460
コンパクトデジタルカメラ(万台)
                     市場規模      2,079     1,350      1,300
                     ニコン         623       345       315


露光装置の受注見込みを製造している会社が公表しているのだから、この先期待できないということは確かな話である。半導体系の技術情報誌にもニコンの劣勢が記事になっている。それではと、映像事業のカメラ関係の市場見込みを確認すると、芳しい数字が示されていない。デジタルカメラの現状は、最新のスマートフォンに付いたカメラとの性能差を示し難くなっている。スマートフォンが苦手なのは暗い被写体であろうが、これとて昔ほど画像の乱れが大きくない。固定レンズと高い処理能力のプロセッサの組み合わせは、ソフトウェアによる画像補正を強力に行うことが可能となる。光学的な映像を結ぶという従来技術に対するアドバンテージである。レンズ交換型ではレンズ特性が決まっていないから、最適化が十分に行き届かないだろう。光学ズーム機能も、補正するには不利な要件になるのだろう。つまり、市場は縮小方向で、ニコンは更に競争力を落としている。
高級コンパクトカメラDLシリーズは、レンズ交換式の一眼レフとの部品共通化を達成する前に企画されたのだろう。画像処理用ICの不具合が延期の原因で、その後、問題が深刻化して市場規模と合わせると、商品性に乏しいと判断されて中止に至っている。このICはそのままではないにしても他のモデルで使用されることだろうが、大幅な見直しが成されていることからすると、すべて見直し対象になるのかもしれない。2016年4月に発売予定であったCOOLPIXシリーズが、最大で10月まで販売延期になった例があるから、ニコンのデジタルカメラ部門の開発のリソースは少々心許ない状況であるように見える。加えて、今回の希望退職者の数からすると、更に影響が出るかもしれない。
ニコンのカメラ部門は、組織の大幅な見直しと、製品ラインナップの整理縮小が求められる状況なのだろう。しかし、決算資料などでは成長産業に位置付けられるメディカル関係も思ったような数字を出していない。暫くは厳しいと見て良かろう。


日本のデジタルカメラ会社はもう一段減るのかもしれない。

2017年2月13日 (月)

清水富美加さん、事務所との契約解除意向 幸福の科学へ

女優の清水富美加さん(22)が所属事務所との契約を解除し、信仰する宗教団体「幸福の科学」の活動に専念する意向を持っていることがわかった。関係者によると、本人が弁護士とともに所属事務所に対し、出家することを伝えたという。
所属事務所の関係者は「慰留しているが本人と連絡が取れない状態が続いている。公開前や制作中の作品の今後については全くの白紙状態」と語った。一方、幸福の科学は取材に対し「清水さんが出家したことは事実」と回答。現在は体調を崩しているといい、「予定されていた映画等の仕事については全うできなくなった。回復後は宗教家としての活動に移る」としている。体調が戻った後に同会制作の映画などに出演する可能性があるとしている。(朝日新聞:2月12日)


宗教団体について考える。


幸福の科学は、新宗教に分類される。近年、幸福の科学の政治団体である幸福実現党として、国政選挙に候補者を立てるなど派手に活動している。伝統宗教が間違っていないとする根拠も持ち合わせていないが、組織が新しい分、問題発生の頻度が高い傾向は否めないと感じている。問題が発生するのは、強引に寄付金 (適切な言葉が思い付かない) を募ったという内容である。資金の流れの完成度が低く、布教として資金を要する広報活動を行うと資金がいくらあっても足りない状況になるのだろう。
幸福の科学は、信者の数を1,000万人レベルで公表している。幸福実現党の国政選挙の獲得得票数が10~40万票であることからすると、有権者で10万人程度と見て大きくは外れないだろう。幸福の科学は、1990年代から活発になったから、この頃に入信した信者の子供、所謂二世信者がいる状況になっている。清水の場合も両親が信者であったという。

清水が事務所の方針と意見が合わず、仕事で疲労したことが原因で、芸能界からの引退を考えたというストーリーは理解できる範囲にある。信仰があったから、その宗教団体に奉職しようと思ったのは、精神的な疲労が大きければ選択の有力な候補になる。そこまでは必然であったとしても、事務所経由で契約している仕事を放棄してしまえば違約金が発生する。CMスポンサーは状況について理解する度量の大きさを示してくれても、差し替えの為に大きな費用が生じたものを請求しない訳にはいかない。出家と称する宗教法人での布教業務を担うにしても、数カ月を急ぐことでもないだろう。三カ月先に延ばして、仕事の整理をする相談くらいはして貰いたいものだと、事務所や仕事を発注した立場に置き換えて考えてしまう。
清水の待遇が悪かったことや、意にそわない仕事を強要された、などという話が出てきている。そんな部分もあるのだろうが、違約金は待遇のレベルとは大きくかけ離れた大金である可能性があるし、迷惑を掛けたスポンサーや製作会社へのお詫び行脚は、事務所社員にとって、降ってわいたような嫌な仕事を強要することになる。どちらも原因は清水である。そこまでしなくても、何とか折り合いを付ける方法があったろうにと思う。加えて、宗教団体も、俗世に疎いということもあるまい。これらの事情について配慮しつつ、適当な妥協点を見出すことも、結果として信者である清水を守ることに繋がるだろう。

マスコミは、いささか問題のある宗教法人が関係しているといっても、信仰の自由を制限するような言葉は使えない。タレント事務所とも問題をおこしたくない気持ちがあるのか、緩い表現を選択する傾向があるようだ。あっちにも、こっちにも気を使って、内容が何もないことを口にして時間を潰すのなら、何も話せないとする方が正しい選択である。話すを書くに置き換えても同様である。
清水は引退ではなく、幸福の科学の制作する映画などに出演するというが、これも布教活動以上のものなら、事務所は契約違反だと主張する内容である。いろいろ問題が多く、両者ともに法律家の意見を求めているのに、この体たらくというのは酷い。ということは、清水の行動が世間の標準から離れたものだということか。


信仰の自由は優先するが、経済的な損害は補填して貰うで良かろう。

2017年2月10日 (金)

眼鏡店が「万引き犯」画像 「返却せねばモザイク外す」

眼鏡販売店「めがねお~」の運営会社(東京都台東区)が、同区の店舗で万引きをしたとして、防犯カメラに映った男性客とみられる人物の画像をホームページ上に公開していることがわかった。顔にはモザイクがかけられ、3月1日までに警察に出頭するか、返却や弁償をしなければモザイクを外すと警告している。
画像や説明によると、2月4日、この人物が来店後に眼鏡7本(時価約21万円相当)がなくなったという。警視庁上野署に被害届を出したとして出頭や返却を求め「3月1日よりモザイクナシの動画をここに公開します」と書いている。同店の店長は9日、取材に対して「詳しいことはわからない。社長に聞いてほしい」と話した。万引きをめぐっては、コンビニエンスストア大手「ファミリーマート」の千葉市の店舗が、客の顔が映った防犯カメラの画像に「万引き犯です」と書き添え、店内に約2週間貼り出していた。外部から指摘があり、7日に取り外した。「セブン―イレブン」の神戸市の店舗でも、防犯カメラに映った客の画像を「万引き犯」とみて一時、店内に貼り出していた。8日に撤去された。(朝日新聞:2月9日)


画像貼り出しについて考える。


記事の眼鏡販売店の場合は、警察に相談するという、今日求められる手順は踏んでいる。それでも、この国では推定無罪の原則というのがあるから、逆に眼鏡販売店が刑事犯として取り締まりを受ける可能性が出てしまう要件である。記事の最後にあるコンビニエンスストアで同様の事案があった。万引き被害にあったフランチャイズオーナーが、独断で行ったことで、チェーン本部が詫びることになった。
万引きは現行犯でしか逮捕できないような話があるが、犯人であることが推定される有力な証拠があれば、現行犯でなくても逮捕が可能である。現行犯のみと思われる理由は、盗まれたとされる商品を持っていても、どこでも同じ商品が販売されていることから、他から買った、あるいは、同じ店で別の時間に買ったという説明を容疑者がした場合に、それ以上何も出来ないからである。商品を持ち出したことが特定できる写真とか、転売した商品がその店のものであると特定されることなどがあれば、逮捕することも可能になる。しかしこれだと、一般的な万引きのイメージより、窃盗に近いということになる。万引きも窃盗も盗むことに違いはないのだから、区別する合理的な理由もないと思う。

眼鏡販売店の場合は、被害金額が大きく、万引きというより窃盗と呼ぶべき事案だろう。万引きが日常品で、自己使用を目的にしている印象を持つが、眼鏡7本の窃盗には自分で使うのではなく、転売を目的にしているものだろう。店側が警察に相談したのは妥当な判断である。警察の捜査力を使って、転売先を抑えれば犯人が特定されることが期待できる。逆に、個人を特定する画像の公開があったとしても、店に詫びに来る可能性は低いだろう。この部分でも、日常品を生活圏内で万引きするという図式とは別のものになっている。
世間では、悪いことをしたのだから、公開されても仕方ないという意見もある。もっともな話とも思えるが、おかしなことだとも感じる。これは、殺人犯を市中引き回しの上、磔獄門にしたがるのと同じことである。こちらは警察や司法が関係した上での話だが、万引きの件は、個人が警察や司法の役割をしてしまっている。これはいけない。現状の制度に不満があっても、長い時間を掛けて完成度を高めようと努めてきた結果である。小さな不備を論うのは自由だが、不備を総合的に小さくしてきたのが歴史である。感情に流され過ぎるきらいがある。


犯人はすぐに捕まる事案だろう。

2017年2月 9日 (木)

ハンドルない車も公道走行 国交省、自動運転車の実験推進へ

国土交通省は2月9日、ハンドルやブレーキペダルがない自動運転車が公道を走行できるよう道路運送車両法に基づく保安基準を改正した。年内にも速度制限や緊急停止ボタンなど使用者に求める安全対策の具体的な内容を詰め、実証実験を促す。
保安基準を満たさない車両が公道を走る場合、使用者が安全対策をとった上で地方運輸局長に届け出て、認可を得る必要がある。国交省はハンドルやブレーキペダル、アクセルがない自動運転車が公道を走る場合について、認可制を適用できるよう基準を改正。地方運輸局長が使用者の安全確保が十分と認めた場合は公道を走行できるようにした。今後、走行速度、走行ルートの距離や通行量など安全条件の詳細を詰める。自動運転車の実証実験では、昨年11月に国家戦略特区の秋田県仙北市と内閣府が共同でハンドルや運転席がない自動運転車を公道で走らせた。国交省によると、この実験時にはルートを限定した上、道路に他の車両や人が一切入らないようにした。同省は基準改正で、道路に人や車両が行き交う中で自動運転車の実証実験を促したい考えだ。(日本経済新聞:2月9日)


自動運転について考える。


自動運転をしたいのなら、ハンドルやブレーキペダルがない自動車ではなく、普通の形状の自動車に自動運転機能を付加したモデルを用意した方が良い。動かなくなったときの扱いが悪い。自動運転に特化したモデルの方が、汎用性を持たせる為の機能との整合性で、開発に負担が大きいとは想像されるが、路上に走っている自動運転車が例外的な存在である期間は、整合性を求めるよりない。整合性など求めても、技術革新を阻害するだけだという判断もあろう。それなら、自動運転車専用道路を設定するよりない。この方が実際的だと思う。

まあ、ハンドルやブレーキが無くてもよい。これに拘る理由はそれほどない。ただ、自動車メーカがこれみよがしに最先端を主張するのが不愉快なだけだ。自動運転を自動車側に求めているが、自動車運転ロボットに通常の自動車を運転させるという方法だってある。運転席にはダミー人形が座っているだけであっても、外部の人からすれば安心感がある。安全という観点では、本当は同じなのだろうが、人間が感じる安心の部分で差が大きい。
自動運転車の社会実験なら、交通の不便な過疎地域で行えば良い。つまり、タクシーの替りに利用するのである。走るルートは指定した道路のみで、自動運転中は外部から分かるように表示する。現実的な方法としては、青色の回転灯を屋根の上に付けるなどすれば良い。運転席にロボット風の人形を置き、音声認識機能でお客と会話すれば良かろう。当然、通信機能があって有事の際には管理本部に繋がるようにしておけば良い。タクシー事業が成立しないような地域であれば、既得権者との調整も必要でない。病院や役所を中心に設定し、地域の多くを走行可能道路に指定すれば良い。特区にするだろうから、道路での監視カメラの設置も許可し、走行時の録画データの使用を管理者に許可することにすれば技術の進展に効果がある。
自動車会社のダメなところは、都市部での利用をアピールし、高速走行も問題がないと主張することである。都市部でフェラーリを運転するのを自動化するイメージであるが、現在必要とする優先度の高い集団は、田舎暮らしの軽トラックを日常の足とする人達である。この人達は、時速40km程度しか出さないかもしれないが、段差を乗り越えたり、狭い角を曲がったりする。勾配のきつい坂も得意種目である。標識は少ないし、街頭も限られる。動物の飛び出しがたびたびある。簡単な問題を難しい問題のようにアピールしている。
自動走行で解決が難しいのは、自宅の駐車スペースに止めることだったりする。個別の特殊性があるから、自宅の個人データの設定をすることで解決出来ても、友人宅では使えないということも発生する。こんな難しいステージに挑戦するのではなく、駐車するのは適当なプールにすることとすれば良い。利用者を路上で乗り降りするのは、停車であるから、これはクリアー出来るだろう。
田舎の道で限定的に実施するのは、利用者にも利益がある。行先にスーパーを設定しても良い。実質村営のバスだから、一人100円/回程度にして、足らない部分は自動車会社の開発費で数年はまかなうことにする。その地域に駐在する技術者が必要だろう。これはどの地域でも同じである。かっこいい仕事ばかりしたがっていては、技術開発など出来ようもない。


特区を作り十台くらい走らせれば、一年で得ることも多くあろう。

2017年2月 8日 (水)

関西学院大の入試、「地理」で出題ミス 全員を正解に

関西学院大学(兵庫県西宮市)は2月8日、1日に実施した一般入試の地理(150点満点)の1問(3点)で出題ミスがあったと発表した。受験した163人全員を正解とし、合格発表は9日に予定通り行う。
大学によると、ミスがあった地理は文学、法学、商学、人間福祉の各学部の一般入試の選択科目。問題はアフリカなど五大陸に関する説明として、誤りを含むものを四つの選択肢から選ぶ内容で、正答が二つあった。(朝日新聞:2月8日)


大学入試について考える。


出題ミスというのは昔からあるものではある。関西学院大学の当該入試を確認すると以下のようになっている。

■ 関西学院大学の全学日程試験科目
   ・ 3教科 (550点満点)
     【国語】    国語総合・現代文B・古典B(漢文を除く) (200)
     【外国語】   コミュ英I・コミュ英II・コミュ英III・英語表現I・英語表現II (200)
     【選択科目:地歴・数学から1】 (150)
             《地歴》   世B・日B・地理Bから選択
             《数学》   数I・数A・数II・数B(数列・ベクトル)


確認した理由は、163人と該当者が少ないと感じたからである。150点の中から3点が不具合によりすべて正解ということである。学力が近い受験者での競争であるから、合否ラインは550点に対して10点程度の差で大きく変わるだろうと想像される。そう考えると、3点というのは無視できない数字である。そこで、当該学科の受験者数と合格者数を前年度の実績で確認したのが下である。

■ 関西学院大学の全学日程試験受験者合格者数 (2016年)
   学部     募集人数  受験者数 合格者数
  文学部      171     1,542     504
  法学部      145     1,386     495
  商学部      125     1,407     496
  人間福祉学部  40      559      176
  -----------------------------------------
   合計       481     4,894    1,671


4,894人が受験して、1,671人が合格している。前年と同様とすれば、地理選択者は受験者の一割程度と見積もられる。地理より、日本史や世界史が人気なのか、数学を積極的に選ぶ理由があるのか、過去問を確認しようとしたが、レベルが分からないから判断のしようがないことに気付き止めにした。文学部で数学を選択するとは思えないが、私立大学の社会の選択科目は、世界史、日本史が選択科目になっていて地理は選べる大学が少ないという事情もあるようだ。大学合格を目指し入試対策の勉強をするのだから、効率を重視するのは当然である。ここら辺りが理由と想像する。
この大学は合格最低点も発表しているので、抜粋する。

■ 関西学院大学の全学日程試験受験者合格最低点と受験者数 (2016年)
   学部              学科                    最低点   受験者数 合格者数
  文学部      文化歴史学科〈哲学倫理学専修〉          329.0      76       32
  文学部      文化歴史学科〈美学芸術学専修〉          364.0      95       37
  文学部      文化歴史学科〈地理学地域文化学専修〉     370.4      45       14
  文学部      文化歴史学科〈日本史学専修〉           400.1      98       26
  文学部      文化歴史学科〈アジア史学専修〉          365.0      50       19
  文学部      文化歴史学科〈西洋史学専修〉           401.6      108       26
  文学部      総合心理科学科                    368.0      234       88
  文学部      文学言語学科〈日本文学日本語学専修〉     386.8      194       77
  文学部      文学言語学科〈英米文学英語学専修〉       387.0      381      112
  文学部      文学言語学科〈フランス文学フランス語学専修〉 357.0      175       68
  文学部      文学言語学科〈ドイツ文学ドイツ語学専修〉    366.4       68       24
  法学部      法律学科                         365.9     1113      389
  法学部      政治学科                         373.0      337     122
  商学部       (学科組織なし)                    373.5     1414      492
  人間福祉学部  社会福祉学科                      350.0      316      93
  人間福祉学部  社会起業学科                      353.7       87      25
  人間福祉学部  人間科学科                       350.0      156      58


人気のあるなしがあって、329点から401.6点と開きがある。競争倍率との関連についても疑ったが、100人未満と1000人超を比較するのは難しい。受験者数が100人に満たない専攻は、統計的な判断に馴染まないところがありそうだ。
全体として550点の七割である385点取れば合格ラインに近いと言える。八割は440点であるから、これなら問題なく合格するということになる。合格点の高い入試では、小さな失点が合否を決めることになるから、3点といっても小さな問題ではない。どちらかというと、3点を得るか失うかより、この問題に答が見出せないと悩んだ受験者が最も不幸なのかもしれない。


難しいかろうと思うが、適切な出題に努力願いたいものである。

2017年2月 7日 (火)

裁判員候補名簿に死亡者記載 愛知、遺族が指摘

愛知県尾張旭市は2月7日、名古屋地裁に提出した裁判員候補者の予定者名簿に既に死亡した2人が含まれていたと発表した。古いデータを使ったミスで、通知を受けた遺族が地裁に指摘して分かった。
同市によると、2016年9月、市に選挙人として登録してある人の中から、無作為抽出で170人を選び、名古屋地裁に名簿を提出した。本来は最新の選挙人データを使う必要があった。誤って15年9月のものを使ったため、死亡者が含まれてしまったという。(共同:2月7日)


裁判員候補者について考える。


裁判員候補者の名簿は、選挙管理委員が持っている選挙人名簿と同じである。このリストの中から年に一回裁判員候補者を選ぶ。対象になるのが地方裁判所であるので、地方裁判所単位で作成されることになる。これは、くじによることとなっている。人数を地方裁判所が通知して、選挙管理委員が選ぶという作業手順である。煩雑な作業で、公平性を担保しなければならない事情があるので、最高裁から配布されたプログラムを利用していると言われる。別のソフトウェアでも可能だろうが、負担の掛る作業をわざわざする必要もない。
尾張旭市が選挙人名簿の中から、無作為抽出で170人を選んで、名古屋地裁に名簿を提出している。記事のミスは、一番最初の名簿が古かったという単純なものである。今回の指摘は、亡くなった人がいるという遺族の申し出で明らかになったが、引っ越した人が候補であったのなら、分からないままになってしまった、あるいは、そのまま放置されている可能性もある。余分に選んでいるから問題は出ないのだが、それで良いと言う話にもならない。


選挙人名簿の更新は緊張感を持っているだろう。ちょっと、他人事に感じてしまう。

2017年2月 3日 (金)

受刑者の手紙を無断廃棄、看守を停職処分 大阪刑務所

大阪刑務所(堺市)は2月3日、受刑者の手紙を無断で廃棄したなどとして、法務事務官の男性看守(37)を停職3カ月の懲戒処分にし、発表した。
大阪刑務所によると、男性看守は2015年6月ごろから16年3月にかけ、受刑者から頼まれた手紙11通や臨時福祉給付金申請書18通などを送らなかったり、受刑者のノート1冊などを無断で廃棄したりしたという。受刑者は20人に上り、男性看守は「事務手続きが面倒だった」と話しているという。渡辺昭太郎所長は「矯正行政への信頼を損ねるもので誠に遺憾であり、深くおわび申し上げます。再発防止に努めてまいります」との談話を出した。(朝日新聞:2月3日)


法務事務官について考える。


法務事務官というのは、法務省で働いている事務官のことを指す。刑務所で看守をしている職員は、刑務官ということになる。刑務官は、法務省矯正局の国家公務員で、当然のことながら7つの階級がある。看守とあるから、一般職員ということになる。この上に、主任看守という肩書があり、その上が看守部長となる。昇進は、それぞれ十年、十年というところだという。今回の看守は、高校を卒業して職に就いたとすれば二十年近くになる。主任の肩書が付いていなかったとすれば、勤務成績が良好ではなかったということになる。大阪刑務所は規模の大きな刑務所であるから、所長は刑務官の最高階級である矯正監となる。

大阪刑務所について確認する。刑事施設 (刑務所、少年刑務所、拘置所) には、収容分類級が設定されている。収容する受刑者を区分して、矯正の確実な実施を目指すということなのだろうが、主とした目的は、類似したグループを作って効率的に運用することになるのだろう。大阪刑務所は、B (犯罪傾向の進んでいる者)、F (日本人と異なる処遇が必要な外国人)、LB (執行刑期が10年以上である者で再犯受刑者) を対象にしている。外国人を扱う刑務所は少ないので別にすると、再犯者で刑期が長い受刑者、一般的には暴力団関係者などが収容される施設である。以前は、B、Fであったから、厳罰化の流れで、長期受刑者の増加があったということだろう。
刑務所の受刑者には当然のことながら制限がある。しかし、手紙の発受については、原則として誰とでもできることになっている。自由刑であるのだから、何も制限がないということもない。刑務所での制限について確認する。受刑者の優遇区分と関連付けられているので合わせて考える。下にまとめたものを示す。

■ 受刑者の優遇区分と制限
  分類    テレビの視聴         嗜好品(菓子)    集会     手紙の発信   面会
  1類      自由視聴         月2回自費購入可   出席可     10通/月    7回/月
  2類      自由視聴         月2回自費購入可   出席可     7通/月     5回/月
  3類    平日夜 休日朝・夜     月1回自費購入可   出席可     5通/月    3回/月
  4類    工場出役者のみ      購入できない     出席不可    4通/月    2回/月
  5類    工場出役者のみ      購入できない     出席不可    3通/月    2回/月
    ※  夜:18時~21時、朝: 8時~10時


優遇区分は、5段階ある。数字が小さい方が自由度が大きく、大きな方が制限が強い。受刑者は拘置所で刑が確定した時点で「暫定5類」となり、移送先施設での新入教育が終わると「暫定4類」になる。その後、半年ごとに実施される査定まで無事故・無違反だと3類になる。刑が確定したらすぐに移送されると思ったら、拘置所に半年以上いる場合もあるそうだ。刑務所に移って教育を受けると3類ということだから、基本は3類で懲罰を受けて下がるという理解で良いだろう。なお、3類から2類へ上がるには2年懲罰なしが求められるという。この手の話は、公式発表がないので、噂話以上の確からしさを求めようがないのだが、それ程間違った話でもなさそうだ。短期刑で懲役3年だとすれば、2類になるのと、仮釈放の検討がされる時期が同じくらいになる。つまり、2類というのは長期刑での話ということだ。噂話の続きとして、1類はほぼいないというのがあった。法務省では適切な運用を指導しているが、数値目標を設定している訳ではないし、受刑者の違いがあるから同一基準で語れない事情もある。保守的な運用がなされる機関であることも考慮すれば、1類がないというのは正しい気もしてくる。

大阪刑務所は外国人は横に置くとして、再犯者と長期刑の再犯者がいる刑務所である。受刑者の問題行動の頻度が高い可能性を否定はしないが、それで認められている手紙の発信が出来ないというのは問題である。臨時福祉給付金申請書は、税金を払っていない人に3千円が支給される制度に関係する。3千円に過ぎないと考えるのは間違いで、3千円あれば嗜好品の購入に充てられる。懲役で行われる作業の月給が千円に満たない場合があることからすれば大きなお金である。適切な作業を求めたい。


地裁での判決を不服として控訴する場合がある。刑事事件で八割は控訴棄却となる。控訴は無意味な作業、無駄なあがきに思えるのだが、意味がある部分があるという。地裁で判決が確定した場合に、刑務所はその地裁に近いエリアのものになる。一方、控訴すると高裁で審議され、確定したとなると、刑務所のエリアが異なる場合がある。待遇の違いが現実にはあるので、良い刑務所へ行けるように控訴するということである。有効になる場合は限られるようだが、藁にも縋るというのはこういうことを指す言葉ということだ。しかし、このような作業は無駄でしかない。刑務所の設備の新旧によるものは時間を要するにしても、刑務官の差による部分は努力しろがありそうだ。


厳罰化を求めても、刑務所の状況には無関心。それで良いのか。

2017年2月 2日 (木)

JASRAC、音楽教室から使用料徴収 反発も

日本音楽著作権協会(JASRAC)は2月2日、楽器を習う音楽教室から著作権の使用料を徴収すると明らかにした。楽器の練習や指導のために楽曲を演奏しており、音楽著作権管理における「演奏権」にあたると判断したという。使用料は受講料収入の2.5%とし、文化庁への届け出を経て2018年1月から徴収を始める考えだ。
JASRACはヤマハなどの音楽教室が全国に約1万1000カ所あると推計しており、まず大手が経営する教室から徴収を始める意向だ。これまでもダンス教室やカラオケ教室から使用料を徴収してきた。同様に音楽教室も徴収先に取り込む狙いだが、教室側は強く反発する見込みだ。「大学や専門学校は当面、徴収しない方針」(大橋健三常務理事)という。(日本経済新聞:2月2日)


著作権について考える。


日本音楽著作権協会の主張は、法律で認められている権利の行使ということになる。過去に、ジャズ喫茶やピアノバーを閉店させた実績がある団体だ。これも、適正な権利の行使によっている。CDの売上が減少し、放送局の売上も減って、それに連動して放送収入も減少するという図式がある。権利者の収入が減ることになれば、新たな創作意欲を削ぐことにつながり、芸術活動の停滞、ないしは衰退していくということになる。権利の範囲において、著作権使用料を求めるというのは、権利管理団体としては当然の行為という説明をするのだろう。日本音楽著作権協会の使用量徴収額の推移をホームページからの引用で確認する。結果を下に示す。

■ 使用料徴収額推移 (単位:百万円)
   年度      使用料徴収額
  2015       111,670
  2014       112,494
  2013       110,845
  2012       111,844
  2011       105,893
  2010       106,564
  2009       109,464
  2008       112,947
  2007       115,670
  2006       111,098


1,000億円規模ということで、伸びは認められない。CDが売れなくて、テレビの音楽番組が減って、BSでの音楽番組があっても、こちらは事業収入が少ないから徴収額が多い筈もなく、コンサートは活発であっても大きな伸びが期待されるものではない。最大の理由は、この国の人口が減る方向に動き出していることではある。何とかしなければならないと感じる気持ちは理解出来る。そこで、徴収額がどんな分野から来ているのかを確認する。これもソースは同じで結果を下に示す。

■ 2015年度の使用料等徴収額
  種目            徴収額(千円)
  演奏等           21,161,112
  放送等           31,512,963
  有線放送等         4,486,953
  映画上映            206,758
  BGM               503,326
  外国入金演奏         505,835
  -------------------------------

  演奏・合計         58,376,950
  -------------------------------
  オーディオディスク    12,815,605
  ビデオグラム        17,224,721
  外国入金録音         124,616
  録音・その他         2,010,370
  -------------------------------
  録音・合計         32,175,313
  -------------------------------
  出版               983,256
  -------------------------------
  貸与              3,248,766
  -------------------------------
  通信カラオケ         7,001,310
  インタラクティブ配信    9,844,330
  -------------------------------
  複合・合計          16,845,640
  -------------------------------
  使用料収入合計     111,629,928
  -------------------------------
  私的録音補償金        38,287
  私的録画補償金         1,825
  -------------------------------
  補償金・合計           40,113
  -------------------------------
  
総合計           111,670,041

放送等というのが、テレビやラジオで流されるもので、もっとも金額が大きく 315億円となっている。これに次ぐのが、演奏等でコンサートなどの音楽イベントが対象になり 211億円である。この後が、ビデオグラムというDVDやBlu-rayで動画を提供した場合に音楽を使用した場合で 172億円、オーディオディスクと総称しているCDやテープなどで音楽を販売する方式で 128億円となっている。外国入金録音という聞き慣れない項目は、外国団体との管理契約によるもので、海外で使用した場合に海外の団体を経由して入金されるという仕組みである。つまり、海外での音楽著作権使用料は1億円程度ということだ。これは今日の状況を考えると少ない気がするが、国により使用料の算出方式が異なるのかもしれない、と理解することにして先に進める。
営利目的で行われるイベントでは、著作権支払い義務が生じる。逆に、無料であれば徴収したくても出来ないが、無料イベントで使われた映像を有料配布すると、その時点で権利侵害が生じるというのが、この国の法律の解釈である。最初の方で書いたジャズ喫茶やピアノバーを閉店させたというのは、営利事業である喫茶店やバーで音楽を使用したから音楽使用料を払いなさいという話で、その金額が店を維持するのが不可能なくらい高くて閉店したという事例である。売上の何パーセントという計算式だから、零細企業である飲食店には負担が重いことだろう。大体、飲食を主な目的にしている事業と、音楽を鑑賞する目的のコンサートとで、算出方式が同等ではおかしいと多くの人は思うはずだ。飲食店なら計算式は同じであっても、支払額は1/100にするとかあってもよさそうに思う。ジャズ喫茶は実態として、音楽を聴く場所になっていると協会は主張するだろう。それなら、1/10でどうだとすれば、ドリンク付きのライブイベントは安くすべきかと訊かれることだろう。まあ、好きにして下さいという話である。売上額が小さいものから、大きな金額を徴収しようとする態度が正しくないと主張しているだけだから、心情的な方向に寄っているという誹りは避けようがないと自覚している。

記事の音楽教室の件は、学校での教育に用いるものには権利は生じない。学校教育が営利でないという建前であるから、必然的にそう解釈されることになる。学校法人はといえば、これも営利事業ではない。株式会社立の学校も同等と考えられている。大学や専門学校についても同様の解釈で成立している。音楽教室は学校法人ではなく、ヤマハのような音楽関係の大きな法人が、フランチャイズ契約をして個人事業主が運営しているというのが代表的な形になる。つまり、営利で音楽を使用しているというのが協会の主張である。事業所が1万あるというから、それぞれの売上高を1,000万円とすると、年間売上が1,000億円になる。受講料収入の2.5%だから、協会の徴収額は25億円となる。1,000億円規模の団体からしたら、新たな収入源が発生することが幸せな話である。

音楽教室で使用する楽譜は、正しく購入しているとされる。学校で使用する教科書や副教材でも有料であれば、楽譜などに権利が発生するのは同じである。これは妥当な判断で、まぎれが生じる問題でもない。
一方で、音楽教室で音楽を演奏するのは、外形的に必然の事実である。営利だから、権利が生じる。音楽を演奏して聴くという行為であるから、単純に売上高に係数を掛ける方式で問題なし、と言う判断である。
音楽教室側は、学校教育に準じたものだと主張するだろう。株式会社立の学校に権利が被せられ、専門学校や大学、私立高校へと拡大するのではないかという論理は、若干の飛躍はあるにせよ、心配される要件にはなる。協会の理事は正しく表明していて、当面、徴収しない方針、ということは、いずれは徴収することを検討するという話である。

音楽著作権協会は、音楽権利を守る団体ではあるが、音楽の普及を促さないことには、徴収額が増えないという事情も抱える団体でもある。その性格を理解すれば、教材への著作権支払いは必要だとしても、音楽教室の事業全体を徴収対象とするのは無理がある。そもそも、徴収されたお金は、手数料を引いて権利者に渡されるべきものなのだが、それが正しく実施されているかを検証する方法もない。放送関係や通信カラオケは、包括契約で処理される。通信カラオケの例では、通信カラオケの管理元にカラオケ装置の設置台数やカラオケ曲の曲目数を報告し、包括使用料を協会に支払う。支払われた金額から協会の手数料を引いて、通信カラオケ事業者から提供されたデータに基き権利者に支払われる (年4回)。
受講料収入の2.5%というのは、音楽教室が協会が管理している楽曲ですべてを使用している前提ということになる。ここで、著作権が切れている楽曲や、協会が管理されていない楽曲を用いた場合、もっと言えばそんな曲ばかり使用していても支払いを求めることになり、不当であるという主張が成立する。協会は98%をカバーしているから、という論理ですべて片付けるのは無理がある。発表会で用いる場合には、それが無料の会でも一定金額を支払う、ぐらいまでが妥協線であるように感じる。


優越的地位の濫用で、JASRACを叩くのが筋が良さそうだ。

2017年2月 1日 (水)

「森のくまさん」替え歌、訳詞者と販売元が「円満解決」

童謡「森のくまさん」に独自の歌詞や旋律を加え、無断でCDを販売するなどしたとして、販売元の「ユニバーサルミュージック」(UM、東京)とネタを作った芸人のパーマ大佐さん(23)に対し、抗議文を送っていた訳詞者の馬場祥弘さん(72)は2月1日、「円満解決した」と代理人を通じて明らかにした。
馬場さんは1月18日、「著作者人格権を侵害された」と主張し、販売差し止めと慰謝料300万円を求めていた。会見した代理人の三木秀夫弁護士は、UM社は日本音楽著作権協会(JASRAC)を通じて使用許諾を求めており、「双方の認識にずれがあった」と説明。「(UM社側が)誠意ある行動をしていたことがわかった」と理解を示し、詩を加えたと明記することを条件にCDやDVDの販売、ネット公開を容認することにしたという。金銭のやり取りの有無については「公表を控える」とした。馬場さんは米国民謡を訳し、「あるひ もりの なか くまさんに であった」の歌詞で親しまれている訳詞を1976年までに著作権登録。パーマ大佐さんは新たに「ひとりぼっちの私を 強く抱きしめた熊」などの歌詞や旋律を加え、昨年12月にUM社からCDとDVDを発売した。歌詞カードには馬場さんを訳詞者として記載し、改変したことは明示されていなかった。(朝日新聞:2月1日)


著作権について考える。


著作権問題が生じることは二つあり、一つは金銭の支払いに不満があるもの、もう一つは使われることを不快に思うものである。通常使用については、日本音楽著作権協会に管理を委託している場合なら、使用料の支払いを行う契約で済むものだろう。協会というのは、その手間を省く為に存在するのだから当然である。今回の件は、作詞 (実際には訳詞) に書き加えることで個性的な作品に仕上げたというものだから、後者の不快に思ったという側に属するだろう。オリジナルの歌詞を変えずに、付け加えている作品であるので、使用については通常のCD販売と同様と考えて作業したのではないかと想像する。
替え歌を生業にしている人は、変更について著作権者や歌っている人やその他関係者まで、承諾を得る作業をしているという。これに比べるとお気楽な作業であった印象は否めない。つまり、オリジナルは変更せず、書き加えただけだという認識があったうえで、歌詞に加筆する承諾を得たいという作業を念の為実施した (が、拒否された)。という想像である。CDの訳詞者が馬場のままになっていることが、UMの認識を示している。

結局のところ、加筆した事実を表記することに落ち着いたのだが (経済的な話は不明)、どちらかというと、裁判で争って貰いたかった事案である。日本の裁判所における著作権の考え方は、パロディの類にオリジナリティを一切認めないものになっている。これが権利関係を複雑にしている元凶になっている。とても、裁判所が判断できるものでもないのは承知しているが、海外の権利の状況と比較して日本が制限が強いのは事実だから、日本のまだ売れていない芸人の一人を人身御供にして争って貰いたかった。


UMの仕事はお粗末である。

2017年1月31日 (火)

女性正会員排除のゴルフ場、五輪相「男女平等を考えて」

2020年東京五輪のゴルフ会場となる霞ケ関CC(埼玉県川越市)が女性を正会員に認めていないことについて、丸川珠代五輪相は1月31日の閣議後の記者会見で、「オリンピック憲章に掲げる『男女平等原則』を五輪成功のために重要に考えるべきだ」と述べ、霞ケ関CC側に対応を促した。
霞ケ関CCは現在、女性は正会員になれず、原則、日曜日にはプレーできない。国際オリンピック委員会(IOC)は今月27日、大会組織委員会に対し「現状は差別を認めないIOCの精神に反している」とする見解を示し、改善を求めていた。丸川五輪相は「(霞ケ関CCが)前向きに検討していると聞いている。ぜひ、憲章にかなう形で結論が出ることを望んでいる」と指摘した。霞ケ関CCをめぐっては、東京都の小池百合子知事も13日の記者会見で「21世紀のこの時代、女性が普通にプレーできないのは非常に違和感を感じる」と述べていた。(日本経済新聞:1月31日)


ゴルフ場の会員権について考える。


ゴルフ場には会員権というのがある。会員制のゴルフ場では、会員でなければプレーできない。会員制でないゴルフ場もあり、パブリックコースと呼ぶ。パブリックコースの数を確認しようとしたが上手くいかなかった。日本パブリックゴルフ協会のサイトにあるコース数が83となっているので、これよりは多いのだと思う。ところで日本のゴルフ場というのは幾つあるのかという基本的な疑問に行き着いた。一季出版発行のゴルフ場企業グループ&系列-ゴルフ特信資料集 (2016)によると、1471コースとある。一方で、日本ゴルフ場経営者協会の資料によると、ゴルフ場の推移として2015年で2,317コースとなっている。この資料では、2002年の2,460コースが最大になっているから、若干の減少があるということになる。過去の推移を同じ資料から確認した。結果を下に示す。

■ 国内のゴルフ場、利用者推移
   年   ゴルフ場数  延利用者数(千人) 利用税額(百万円)
  1960     195        4,508         1,069
  1970     583       20,500        11,246
  1980    1,416       54,088        55,711
  1990    1,818       95,193        90,400
  2000    2,443       90,000        81,445
  2010    2,432       88,092        54,640
  2015    2,317       87,753        47,523


バブルの頃が利用者が最大であった。当然の如く利用税額も最大である。その後、ゴルフ場は増えたのに利用者は減少している。ゴルフ場の経営状況というのは、この数字に表れるような状況と思って良さそうだ。

ゴルフ場の会員権というのは、幾つかの形態がある。九割は預託金会員制と言われる。預託金証書を発行する方法である。会員権といえば、これだと思って良い。会員権の譲渡は予定されているので、後の株主会員制に比べれば寛容ということになる。
この他には、株主会員制というのがある。ゴルフ場が公益法人の認可を取れない事情が生じたことで広まったと言われる。非営利の公益法人がダメだから、営利目的の株式会社にするというのもおかしな話だが、世の中におかしなことなど幾らでもある。株式なら売買は自由に行えないと、他の法律との整合性で具合が悪い。そこで行き着いたのが、名義書換料なる高額なペナルティを設定するという方式である。気持ちとしては、会員権を譲渡して欲しくないということだ。
公益法人制度のゴルフ倶楽部は、会員が社団法人の社員として自主的にゴルフ倶楽部の施設の運営を行う形態のものである。ゴルフを愛好する目的で、愛好者が集まり、必要な費用は公平に会員が負担し、終身会員を貫くと言う精神で成り立っている。これによりゴルフクラブへの愛着、責任、貢献の精神が生まれるという考えである。スコットランドでの原理的な思想に従っていると言える。全国に40くらいあるそうだ。この方式では、予想される通り会員権には金銭的な価値はない。昭和30年頃までに認めれらた法人があるが、多くは戦前のものであるという。一部では、会員の資格の変更(相続・譲渡)を認めるようになったが、ほとんどは一代限りの終身会員制度である。

会員になるのも、会員権を買えば良いというだけではなく、様々な要件が加わる。代表的な例としては、現在の会員の推薦があること、ゴルフ場に近い地域に居住していること、というのがある。もう少し加えると、オフィシャルハンデキャップ証明を求めるところもあるし、他のゴルフ場の会員であることというのもある。この辺りまでは、資格審査でありそうな話であるが、国籍、性別、年齢というのが設定される場合もある。年齢は35歳以上というようなものが代表的である。性別は男性のみ、国籍は日本国籍ということになる。反社会勢力という呼称で差別される暴力団員は、プレーすると詐欺罪になるというスポーツなので、会員権を取得できる筈もない。暴力団組織が、法人会員になっていたら難解な話になるが、複雑な例外を考えても仕方のないことではある。(この先に、暴力団が公益法人としてゴルフ場を運営するという話が続くのである)
審査で落ちて会員になれない理由が、性別であるのは差別だという主張は合理性がある。ゴルフ側の論理としては、女性用の設備が十分でないと主張するのだが、それなら、ビジターの女性数を管理しているかと問われれば、十分に実施しているとは言えないだろう。過去からの慣習としてそうしているという理屈でしかない。恐らく、審査にオフィシャルハンデキャップ証明や居住地域で問題があっても、推薦者が大物であれば柔軟と言う名の二重基準を持ち出すだろうし、年齢が未達であっても、何年かすれば達すると解釈するだろう。そんなことは決してないというなら、推薦人を求める根拠はどこにあるのかと問いたい。さすがに、性別は決まっているから、解釈変更をするのは躊躇われることだろう。プレーの制限でないからと言い訳するのだろうか。

会員の制限が問題になるのは、所謂名門コースである。新しいゴルフ場は、集客重視であるから、制限を無暗に加えない。経営に貢献する会員以外のプレーを推奨するような方式を取っているゴルフ場もあるという。会員を含まずともプレー可能というのは、会員権というのは何の意味があるのかという問題にもなる。それだけ、ゴルフ場に客が来ないということである。
記事の霞ケ関CCは、公益法人である。女性のプレー制限 (日曜日は不可) はしていないから、正会員に女性がなれないというのは、そこまで厳しい差別でもない。だいたい、正会員になるには平日会員を三年以上経過して、という条件がある。他に家族会員もある。会員になるには百万円の単位の支払いが必要で、会員資格の譲渡や相続も不可の一代限りのものである。この鼻持ちならない制度が、伝統という名で尊敬されるのだから、平等、公正という名のもとに議論する性格の問題ではない。
丸川が五輪憲章をたてにして主張するなら、正会員についてではなく、日曜日のプレーの方だろう。それとも、文科省から公益法人の資格取り消しでもちらつかせて、脅すという方法でも取るのだろうか。そもそも、若い人がプレーするようなゴルフ場でもないし、形式的な議論をしているに過ぎないと感じる。


霞ケ関CCはオリンピックを辞退すれば良い。

2017年1月30日 (月)

「初乗り410円」きょうから 都心部のタクシー

東京都心部(23区と武蔵野市、三鷹市)のタクシーの初乗り運賃が1月30日から、「約1キロ410円」となる。現行の「2キロ730円」から大きく変わり、短距離の利用は値下げ、長距離は値上げとなる。
今回の運賃変更は、初乗り(1.052キロ)運賃を380円から410円まで、10円刻みの4種類から業者が選ぶ仕組みで、ほぼ全業者が410円を選択した。全国の都市部では最安値だ。初乗りの距離を超えると、走行237メートルごとに80円が加算され、時速10キロ以下のときは90秒ごとに80円かかる。計算上は、2キロ弱まではこれまでより安く、6.5キロ以上になると割高になる。2キロ弱~6.5キロは、ほぼ変わらない。30日午前0時以降に仕事を始める車両が新運賃の対象となる。料金メーターの設定変更が必要となるため、29日から継続的に営業している一部のタクシーは、30日も旧料金で営業することになるという。(朝日新聞:1月30日)


タクシー料金について考える。


都市部で、短い距離の利用を推進するように、料金の値下げを行ったというものである。田舎の老人の利用とかは無関係だし、値下げ競争の激化で問題になった京都などの例とも異なる話である。初乗りが安くなって利用する人が増える可能性はあるが、どの程度あるのだろうか。
今回、料金の見直し対象になった地域は、タクシー台数が全国に比べて減少している地域である。タクシー乗務員の待遇が悪い状況を改善するには、台数の制限を行うというのが、一つの方法なのであるが、規制緩和による競争原理の導入が料金を下げ、サービスを向上させるエンジンであると信じて、行政が監督するのは安全面などに限定するというのが近年の流れである。行政には価格を下げるには競争原理か、価格指定かのいずれかしかないと信じる集団であるから、後者が採用できなければ前者になるということになる。

役所が市場価格を安く誘導する必要はなく、売上高が増えて税金が増えるのならば、価格設定に関しては無関係であった。ただし、過当競争が安全性に影響する場合も懸念されるというお題目を掲げて、同業各社の談合を表面上隠した形で調整の指揮していた時代があった。今にしても思えば幸せな時代である。関税で守られた国から、開国するように諸外国、といっても米国なのであるがここには逆らえないから、関税の見直し、サービスに関する行政の支配の排除、という自由競争が加速した。マスコミは価格が安くなるとはやし立てたが、自由競争の導入だけで完成する筈もない。価格競争が労働環境の悪化に繋がり、結果は安全軽視による事故の誘発となるだけだ。別の事例に、銀行や損害保険業界がある。大蔵省監督下で仕事をしていたものが、外資の参入が容易になり競争市場になったように表面上はなっている。しかし、金融庁の免許業務として監督する必要性は高くある。それが理由ではないのだろうが、サービスの価格設定に調整を行うことは官製談合になるからしないにしても、実態はそれ以前の状態と変わらない。ATMの引き出し手数料がどこも同じ理由をどう説明しよう。損害保険には外資が多く参入したが、民族資本との関係を持たないと国内市場へのアクセスが悪いという状況もある。これと同時に、この国で市場の縮小が始まり、景気の低迷が続く状況では活躍する場所も見出せない。

東京でタクシー業務を行う労働環境が改善したかというと、良くない状況が続いている。価格競争が過剰になった京都の例に比べれば常識的なレベルであろうが、タクシー台数はもう一息減らす必要があるだろう。一方で、地方ではタクシーがなかったり、予約しなければならないという利便性の低さがある。これこそ自動運転を導入した方が良いところである。短い距離を利用するようになって、駅前にタクシーが溢れている状況が改善しなければ、売上は減少することになる。恐らく、横ばいにとどまると思うが、何もしない訳にもいかない事情に同情しなければならないということかもしれない。


得する人が見えてこない。

2017年1月27日 (金)

改ざんに計上ミス…揺らぐ政府統計

政府の統計が揺れている。経済産業省の繊維流通統計では改ざん、国土交通省の建築着工統計では計上ミスが相次いで発覚。政府内で統計の司令塔的な役割を担う総務省の統計委員会は1月27日、これらの事態を重くみて、両省が報告した原因と再発防止策を検証した。浮かび上がるのは各省で統計に基礎的な知識を持つ人材の不足と統計軽視の姿勢だ。
「はっきり言って捏造ですよ。犯罪に限りなく近い」。統計委員会の西村清彦委員長は怒りをあらわにした。出席した有識者からは「政府一丸となって統計改善に取り組む矢先の問題」「公的統計全体の信頼を揺るがす」などと危惧する声が相次いだ。「信頼性を損ないかねない、心からわびる」。経産省の糟谷敏秀製造産業局長が事態を報告して謝罪。統計法の研修、チェック機能の強化といった再発防止策を説明した。「局長が出るのは極めて異例。それだけ事態が重大ということだ」(統計委員会幹部)。会議は予定の終了時刻より30分長引いた。
事態は調査票の電子化などを請け負っていた業者が昨年11月に経産省を訪れ、集計結果と公表結果が違うと指摘して発覚した。調査対象は約730社としているが、うち315社は指定された名簿に載っていない業者を形式的に追加。実際に回答が得られたのは257社しかなかったため、担当者が過去の回答を流用して回答数を水増し。さらに6年間かけて水増しした分を徐々に減らそうとした。改ざんは12年からなされていたことが確認されたが、それ以前のデータは既に破棄され、改ざんの有無も把握できなかった。(日本経済新聞:1月27日)


政府統計について考える。


このブログの用いている数字の多くは、国がまとめて公表している数字によっている。企業の決算資料からの引用も多いが、適当な数字が無い場合には、民間の調査会社が発表している数字を継続的に引用してまとめているものもある。最後のは著作権上の問題があるかもしれないが、一般向けに公表しているものであるから良しとしている。国の発表している数字のありがたさは、通常の使用で著作権上の問題が生じないことにある。出典を明らかにする必要があるが、出典も記載しないで書くこともあるまい。
さて、政府の統計で改ざんがあったという話である。利用者の立場からすれば、間違えている数字なら、発表しない方がましということである。これ以外の結論はない。そして、国の政策を決定する、あるいは、過去の政策の有効性を検証する、客観的な数字である統計が恣意的に作られたのであれば、何をかいわんや、ということである。

今回の記事で、経産省の内部の調査によると、報告書では一連の処理が課長まで了解を得た上での組織ぐるみの対応であることが明らかになったという。組織ぐるみで不正をされるというのは、外部からすると分からない。内部調査が行われたのは、内部通報があったからだろう。こんなことではいけないと思ったのか、上司が気に入らないと感じたのか、動機はさて置くとして、行動した者には敬意を払うこととしよう。これらの統計が直接的に影響する部分は小さいだろうが、間接的な影響としては、GDP算出の基礎に用いられる数字にもなるから、金融市場への影響はないとは言えない。そして、金融市場というのは何かの切っ掛けで大きく動くものだから、とても大きく相場を上下する因子にもなる。それは間接的なもので、他の要素でも起こり得るという論理は、正しい仕事をしていることを前提にした上で主張できる論理である。仕事をしていると思っている善意の三者には、はた迷惑な行為によって損害が出たと言われても仕方ない。これを法廷に持ち込んでも弁済する判決は下りないだろうが、それで許される話にはならない。

結局、大きな変化のない産業の調査は、手間が掛る割に統計全体に影響しないからということが動機になるのだろう。繊維産業が大きな産業であったというのは、オイルショックより前の話である。ここ四半世紀についていえば、衰退傾向だが、企業の統廃合も進み、設備の圧縮も一定程度達成されたから、変化が乏しいという事情なのだろう。
建設関係も、公共事業投資が抑えられて長く、正しく調査した数字と、昨年の数字を見做しで使った場合とで、差が統計に表れないような状況もあったのだろう。この変化の少なさを正しく認識すれば、東日本大震災の復興や東京五輪向けの事業投資が、世の中の景気を引き上げるには力強さに欠けるという判断に至る筈なのに、由緒正しき和歌山の土建屋政治家の発言に見られるように、半世紀前の頭で、国土強靭化計画の実行が景気を良くすると信じている。国土強靭化を政治信条とするのは否定しないが、景気に貢献するのは否定する。景気回復に貢献し掛ければ、十年間の投資計画として公表するような行動が求められる。自分の息子に先行きのくらい仕事をさせたくないという親の気持ちをくむが良い。

国交省の場合には、公式には外部からの指摘としている。外部は日本銀行なのだが、実際は内部が関係しているだろう。内部といっても、外部に依頼する部分が多いし、これとて予算が削減されている。つまり、安い金額で大きな仕事をしなければならず、役所の内部で評価が低い統計職員が、志だけで仕事を正しく進められないということである。
これは、この国の抱える問題として、結構本質をついているのではないだろうか。


統計調査結果だけは信じるに足りるものにして下さい。

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