2017年10月12日 (木)

衆議院議員選挙情勢調査

衆議院議員選挙序盤の情勢調査をまとめる。


新聞各社の情勢調査結果をまとめる。朝日新聞もあったが、数字の表現が具体的でなかったので、三社を選んだ。小選挙区、比例区、全体をそれぞれまとめた。結果を下に示す。

■ 小選挙区調査結果 (定数:289)
              読売    日経     毎日
  自民         140+    200      221
  公明           9      9       8
  希望           7      3       21
  立憲民主        5     10+      12
  日本維新の会     1              6
  共産                           0
  社民           1              1
  日本のこころ      0       0       0
  無所属         11     30-      20
  -----------------------------------------
  未確定        115     30       7


■ 比例区調査結果 (定数:176)
              読売    日経     毎日
  自民          60     55      68
  公明           21+     25      22
  希望           30+     27      39
  立憲民主        35     30+      21
  日本維新の会    10             11
  共産                         14
  社民           0      0        1
  日本のこころ      0      0        0
  -----------------------------------------
  未確定         6     28       25


■ 選挙全体調査結果 (定数:465)
              読売    日経     毎日
  自民         260+    255      289
  公明          30+      34      30
  希望          37      30       60
  立憲民主       40+      40+      33
  日本維新の会    14-      10      17
  共産          20-      20      14
  社民          1       1        2
  日本のこころ     0       0        0
  無所属         11      30-      20
  -----------------------------------------
  未確定        52      45       0


未確定数が読売の小選挙区で大きいが、全体になると小さくなる。毎日は全体を振り分けして整理している。当たる外れるはともかく、不確定性を強調してしまえば調査の意味がない。何かを材料に判断した方が分かり易い。

ここでの結果は、野党の選挙体制が整わないうちにという安倍の目論見が当たったと言える。小池新党の動きによっては情勢が変化する余地があったが、小池は個人プレーしか出来ず、組織運営に関する能力がまったくないことが露呈してしまったことで、成果の限界が低くなった。致命的なのは民進党立候補予定者に踏み絵をさせたとされる報道で、リベラルと称される労組支援の厚い候補者を切り離した。この結果が、連合の支援が無くなった、つまり、地方での選挙活動の戦力を多いに失ったこと、放り出された民進党立候補予定者が立憲民主党をつくり、反自民の受け皿になったこと、共産、社民の間接的な支援も生じたこと、そして最大の誤算は、判官びいきで心情的に立憲民主党が優位にたったことである。
小池の戦術は、強い者に攻撃されて、それに対して正当な主張をする、か弱き存在を演出することから始まる。民進党に対する対応は、攻撃する側にまわってしまったので、根の腹黒さが前面に表れてしまった。こうなると、計算高いことばかりが強調されることになり、小池新党である希望の党で立候補した候補者も当てが外れたことだろう。

このままの状況で推移すれば、自民の圧勝という結果になる。しかし、不用意な失言があれば大きく崩れる。小選挙区制ではその効果が大きく出る。未確定になっている分など、容易に変化することがあるというのが、過去の選挙で示されている。


まあ、乱立すれば、自民に有利ではある。

2017年10月 2日 (月)

比例自民24%、希望14% 内閣不支持、支持を逆転

共同通信社は9月30日、10月1日の両日、衆院選に向けて有権者の支持動向などを探る全国電話世論調査(第2回トレンド調査)を実施した。小池百合子東京都知事が代表の新党「希望の党」が結成後、初の調査となる。比例代表の投票先政党は自民党が24.1%で、希望の党が14.8%となった。内閣支持率は40.6%、不支持率46.2%となり、前回調査(9月23、24日)から逆転した。
前回調査では、希望の党について「小池氏の側近らが結成する新党」と質問していた。自民、希望以外の比例代表投票先は、公明党が4.9%、共産党が4.9%、日本維新の会2.4%、自由党0.3%、社民党0.1%、日本のこころ0.4%となった。「まだ決めていない」は42.8%。衆院選後、衆参両院で指名される次期首相について、安倍晋三首相(自民党総裁)と小池氏のどちらが望ましいか尋ねたところ、安倍氏が45.9%、小池氏は33.0%だった。「分からない、無回答」は21.1%だった。(共同:10月1日)


支持率調査について考える。


選挙モードに入っているときに重要なのは、内閣支持率ではなく具体的な投票あ先であるとされる。まあ、そんなものなのだろう。ということで、解散が決まって以降の調査結果をまとめてみた。各社の発表値をそのまま転記しただけのものである。各社の質問形式の違いや、政党の並び方など、影響を与える要素はたくさんある。新聞社などの読者調査ではないから、会社の影響は受けないと思われるが、厳密に無関係とはならないだろう。少なくとも、各社を併記することで、N数を大きくして統計的な信頼性が高まるという可能性を信じることにして下の表を眺めてみる。

■ 各社調査「比例区ではどの政党に投票したいか」
   調査会社      共同     朝日     毎日      読売      NHK
  --------------------------------------------------------------------
  内閣支持率      40.6%     36%      36%       43%       37%
  不支持率       46.2%     39%      42%       46%       44%
  --------------------------------------------------------------------
  自民党         24.1%     32%    32%‐25%     34%      30.8%
  希望の党       14.8%     13%    17%‐19%     19%       5.4%
  公明党         4.9%      6%     5%‐5%      6%       3.8%
  民進           ―       8%     7%‐8%      ―       3.9%
  共産党         4.9%      5%     6%‐5%      5%       3.3%
  日本維新の会     2.4%      3%     4%‐2%      2%       1.0%
  自由党         0.3%      1%     1%‐1%      1%       0.3%
  社民党         0.1%      2%      1%       1%       0.6%
  日本のこころ      0.4%      0%      0%       0%       0.0%
  まだ決めていない  42.8%     29%    16%-17%    25%      40.4%
  答えない                                  7%      10.3%
     
  ※ NHKは支持政党/決めていないは支持政党なし

NHKは通例の調査になっているので、投票先ではなく支持政党になっている。これは参考にするとして、共同通信と新聞三社の結果は、傾向としては似ている。その調査も前回 (内閣改造後) 回復した内閣支持率が悪化し、不支持が増えている。最大与党が投票先になる割合が30%を切るようでは危険だと言われるようだが、共同、毎日ではこの水準に達している。安倍の解散判断が自民にとって良かったのかは、選挙結果で示されることになるが、現時点の評価が難しいのが、希望の党が不確定な部分が大きいことにある。民進をすべて飲み込むことを前提の調査と、両党が存在する調査になっていることが比較を難しくする。加えて、どちらにもなりそうでないから、結果は大きく変わりそうである。
小池は意味不明な政策を掲げて、意味不明は失礼か、両立不能な可能性のある言葉を吐いている。もう少し説明が必要だが、時間がないことも影響しているのだろう。小池が示しているのは、首相になりたいというギラギラした欲望である。これはくっきりと示されているから嘘はついていない。言葉など、欲望達成の為の手段に過ぎない。都知事選以降、小池が放つ言葉は、綺麗に聞こえるのだが、実行性はまったくなく、必ず先送りする、という特徴を有している。矛盾が方々にあっても、それだけのことと理解しているのだろう。批判しても始まらない。
少しは書かねばならないだろう。 寛容な改革保守政党を目指すという。希望の党に参加する元日本のこころの代表である中山恭子は、ガチガチの保守というより極右と呼んで外れてはいないと思う。明確なのは、寛容や改革が馴染まない存在である。参議院議員である中山恭子があわてて参加したのは、夫の中山成彬を当選させるのが目的である。中山成彬とは日教組批判以降の発言で、自民党を追われた身の上である。極右候補を連合が推すというのは、滑稽というか、時代が変わったと思うよりない。一方で小池は、憲法改正や安全保障関連法への態度で選別するとしている。この考えはあって良いと思うが、多様な人生を送ることのできる社会とは肌合いが違いそうだ。排除したいのは、自分より偉そうな人物という、しっかりとした小池基準があるようだが、きちんとした「しがらみ政治」を志向している様子が窺える。

小池が欲しいのは、民進党の持っている資金と、全国に広がる労組という支持母体ということだ。資金と組織が乏しい新党は、雰囲気でブームに乗るよりない。とはいっても、沢山の議員を当選させるには資金と組織が必須だ。小池は中山を迎え入れて、労組臭を薄めたかったのだろうが、複雑な臭いは腐敗臭により近付いたようだ。イメージ戦略としては失敗だ。まあ、若狭の不潔さと同じカテゴリーに分類されるだろう。
小池の目標は、自民公明を過半数割れに追い込み、希望の党の子分議員を一定数集めて自民との連立に流れ込むということが現実的なところだろう。この期に及んでは労組は不要だし、自民より過激な右翼は印象が悪い。もっとも嫌うのは、小池より偉そうにする人物なので、事前選別をするというのが、今回実施している踏み絵である。これで小池までダーティーなイメージになった。

ところで、安全保障が選挙の争点になっているようだ。具体的には、北朝鮮問題である。日本政府の立場は、朝鮮半島北部を占拠しているのが北朝鮮ということになる。国家として北朝鮮を認めている、つまり国交のある国は164カ国である。国連加盟国が192あって、国交がないのが26カ国ということになる。日本が認める韓国と国交があるのは188カ国でないのが4カ国となる。4カ国は北朝鮮の他に、シリア、キューバ、マケドニアである。どっちも国と認めるのが国際的に主流であるのに、日本は片側のみを認めている。
北朝鮮の軍事行動について確認する。北朝鮮が軍事独裁国家状態にあり、国の使える資金の多くを軍事に投じたとしても、国家予算が7500万ドルの国であるのだから知れたものである。米国の国防費は5000億ドルを超える。米国に戦争を仕掛ける国ではない。確実なのは戦争をしたら勝てない。国家が無くなってしまうほど規模が違う相手に、攻撃することを示唆している。この国への対応として、日本が防衛費を増やしても危険性に変化はないだろう。だから防衛費は不要だというのも違うが、防衛費だけで片付く問題でないことも明らかだ。
ということを踏まえて、と長いフリがあっての話である。朝鮮半島はひとつの国である。一つが韓国であるか、北朝鮮であるかは日本の知るところではない。つまり、朝鮮半島における、朝鮮民族の統治に関する問題、簡単に言えば内政問題である。韓国も北朝鮮も本音は別にあったにしても、一つの国であると主張している。ということは、内政不干渉の原則である。日本は韓国の政治体制の方が理解し易いし、受け入れ易いものである。しかし、朝鮮民族が主体思想を選ぶならそれは自由である。米国は内政不干渉の原則の例外規定である人道的介入を旗印に北朝鮮を追い詰めることだろう。しかし、日本がそれに付き合う理由もない。
北朝鮮が予告なしにミサイルを飛ばすのは問題であるが、人工衛星より高い高度で、日本上空を通過しただけのことだ。国防を大きな声で叫ぶ連中に、思惑が無かった例は過去にない。怪しげな主張をする政党に対して、朝鮮半島情勢は基本的に内政問題であるから、日本が積極的に関わる余地はないと宣言する政党があって良いのではないか。北朝鮮を無くすと過激な言葉を使っても、本当のところは、北朝鮮がそのままあった方が都合が良いという御都合主義が張り付いていそうだ。
かまってちゃん国家の北朝鮮も、国際ルール無視の子供国家の韓国も、あまり親しくなりたくない存在であるが、日本列島をカリフォルニア沖に移動できる訳でもない。北朝鮮の将来の面倒を誰が見るのが明らかにせよと、国連で発言したら叩かれるのだろうか。韓国は統一国家にするつもりがあるのか、中国が延辺朝鮮族自治州を拡大するのか、米国が信託統治するという時代でもあるまい (第二次大戦の結果、敗戦国から分離される地域と主張する論理は無理筋だろう)。ロシアが南下するというのも、極東地域の面倒を持て余し気味な状況を考えればテンポラリーな状態以外では可能性は乏しい。日本が介入すれば、大戦前に戻すつもりだと批判されるだけだ。何も出来ないなら、何もしませんと宣言するのも価値はある。小池並みのずうずうしさが必要だろうが、わあわあ騒いで何もしない政治家より優れた部分があると思うが如何だろうか。


枝野が代表になれば分裂すると言われたが、前原は投げ出しただけだった。

2017年9月28日 (木)

参院選、3.08倍差「合憲」 合区後の一票の格差 最高裁

合区が初めて導入され、「一票の格差」が最大3.08倍だった昨年7月の参院選について、最高裁大法廷(裁判長.寺田逸郎長官)は9月27日、「合憲」と判断した。合区による格差縮小を評価した。その上で、二つの弁護士グループが各地の選挙管理委員会に求めた選挙無効の訴えを退ける判決を言い渡した。
この日の判決は法改正に伴う格差縮小を評価しつつ、再び拡大することがないよう釘を刺した。自民党では、地元の不満が強い合区を改憲によって解消しようとする動きがある。格差が広がる懸念があり、国会の対応が問われる。最高裁が2010年と13年の参院選で連続して「違憲状態」と判断したことを受けて、国会は15年の公職選挙法改正で、鳥取と島根、徳島と高知の合区を含めた「10増10減」を実施。格差は13年の4.77倍から3.08倍に縮小した。この日の判決は「参議院の創設以来初の合区を行い、数十年間にもわたり、5倍前後で推移してきた格差が縮小した」と評価。15年改正の付則に「19年参院選に向けた抜本的な見直し」が明記され、さらなる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されたとして、「違憲の問題が生じるほどの著しい不平等状態とは言えない」と、合憲と結論づけた。一方で、判決は選挙制度の仕組みを決める上で、投票価値の平等の要請が後退してもよいとはいえないと指摘。ただ、唯一の基準ではないとも述べ、都道府県の意義や実態などを一つの要素として考慮しても、国会の裁量を超えるとはいえないとの考え方を示した。 裁判官15人のうち、11人の多数意見。鬼丸かおる、山本庸幸両裁判官は「違憲」、木内道祥、林景一両裁判官は「違憲状態」とする個別意見を示した。(朝日新聞:9月28日)


一票の格差について考える。


このブログの定番ネタになっている一票の格差問題である。真面目に調べているのを三つ挙げるとしたら、大学教育と犯罪者問題と一票の格差となる。この隙間を、企業決算に関する数字で埋めていたが、最近は政治の悪口になっている。無駄なことなら書かなければ良いが、少しは読んでくれる人もいる。読者の為に書くほどの仕事をしてはいないが、書いておけば何かの役に立ちはしないかと自分自身の備忘録程度の価値はあろうと信じる。

さて、一票の格差の話である。1946年に公職選挙法が制定された。当然、選挙権について等しくあるべきだとする考えはあった筈だ。しかし、1947年当時、衆議院は 1:1.51 の格差があり、参議院では、 1:2.62 の格差があった。つまり、原理原則と実務とはかけ離れたものになっていた。いや、むしろ、実務的な作業負担を考慮すれば、1947年当時の格差は今日においても許容されるべき水準との認識が、最高裁判所においてある可能性さえある。参議院は出発の 2.62倍が、前回 4.77倍であったものを 3.08倍まで近付けたのだから、合格点であるという判断である。国会議員が国民全体の代表であることを否定し、地域代表であることを宣言する行為である。裁判所は法律をつくりはしないが、法律の問題点を指摘し得る機関である。何度も指摘しているが、嫌いなことを二つ書く。

  ・ 最高裁が一票の格差を違憲としない一方で、統治行為論を持ち出す態度
  ・ 国会議員が議員定数や待遇を自分達で決定するお手盛り方式

最高裁が国会に係る問題について冷淡であるのは、政治家など不浄の者として見下しているのだろう。国会議員は最高裁など勉強だけしてきた浮世離れした存在と軽くみて、有権者に頭を下げる振りだけしてやり過ごし、自分は特別に選ばれた存在だと信じて、自信の懐は温かくすることに熱心になる。どいつもこいつも、真面目に仕事をしろと言いたが、真面目に自己保身に励んでいるとなれば、足す言葉も見当たらない。
一票の格差があることを前提に、予算関係の審議などの投票には、地域の代表であることを前面に出して、株式会社張りに議会での一票に格差を係数として乗じたらどうだろうか。自分の存在が半人前以下だと言われたらプライドも傷付くことだろう。それで修正しようと思うのなら価値はある。まあ、国民全体の代表だから許されないのだろうが。
今回の最高裁の判決は、一票の格差是正に努力したねとお褒めの言葉を国会が貰ったということである。国会議員は恥を知れ。勉強だけしてきたやつらに褒められなくて良い。褒めて貰うのなら、国民からだと、声を大にして叫べ。

衆議院議員選挙が行われるので、小選挙区の一票の格差を俎上に載せることとする。小選挙区単位で比べようと思ったが、資料が見つからず、都道府県の選挙区単位で集計するのは根気が要る作業となる。今回は諦めて、簡単に集計可能な資料がある都道府県単位で有権者数と定数をまとめて、都道府県の議員一人当たりの有権者数を計算した。2012年と2014年は選挙時の数字を用い、2017年の有権者数は発表された資料が無かったので、2016年9月の数字を用いて、今回の議員定数で計算した。都道府県単位で今回と前二回の選挙でのヒストグラムを下に示す。

■ 衆議院小選挙区都道府県単位
   議員一人当りの有権者数ヒストグラム推移 (単位:千人)
       2016年   2014年   2012年
  200     0      0      0
  220     0      0      3
  240     0      1      2
  260     1      0      1
  280     2      6      6
  300     7      10      9
  320     5      6      6
  340     11      9      7
  360     6      5      3
  380     4      4      3
  400     6      4      5
  420     3      1      1
  440     1      1      1
  460     1      0      0
  480     0      0      0
  500     0      0      0

議員定数が300、295、289と減っている。議員定数を減らして、なんとなく、小さい方が減っているように見えるから、格差是正に適切な仕事なのかなあ、とも思える。そこで、都道府県単位での統計値で比較してみる。

■ 衆議院小選挙区都道府県単位比較統計値
           2016年     2014年     2012年
 平均      368,023    352,416    346,533
 最大      448,955    434,024    428,835
 最小      241,393    238,477    210,185
 標準偏差    43,706     42,592     52,500
 総定数       289       295       300
 最大/最小     1.86      1.82       2.04


最大になっているのはいずれも東京で、最小は2012年が高知、残りは鳥取である。
今回選挙で更に改善されたかと思ったら、最大と最小の比も、標準偏差も悪くなっている。平均値±σ (標準偏差) の間に68% が収まるというのが、正規分布の示すところである。2σくらいまで行けば良いのだが、95% 入るということは格差が大幅に是正されたということであるから、ここまでいくとは思えない。
選挙区単位で分析しなければ意味がないという意見もあるだろう。実際、東京都の小選挙区数は25あり、鳥取は2である。これを統計的に同じ重みとして扱うのは不適当だと考えるのは合理性が高い。少なくとも、小池百合子の記者への返答より、高度な論理性があると認識する。それでもこんな数字の比較をしたのには訳がある。選挙制度が都道府県を管理単位に実施しているという事実があるからである。
小選挙区の区割り変更を実施するとき、市が複数に分割される場合はままあるが、県を跨いだ選挙区はない。記事の選挙区例で、複数の県がいっしょになった合区が扱われているが、これは分割ではなく統合である。小選挙区で格差を是正しようとすると、都道府県の境界を守ることが大きな障害になっている。都道府県など行政上の便利の為にある仕組みに過ぎず、国家の在り方とは別の種類の問題に過ぎない。しかし、過去の習慣から逸脱することを極端に恐れる行政実務家は、こんな乱暴な考え方を採用することは決してない。

一票の格差を衆議院の小選挙区で解決するには、都道府県の枠を超えなければならない。もし、都道府県に意義を持たせたいのなら、参議院は有権者数に選挙区の面積を乗じたもので格差をなくすとでもすれば良い。扱う面積の大小に根拠の一部を求めるのは意味もあろう。ただしそれは参議院に限られる。そんなこんなはまた何れ。


政党など壊れても良いが、壊れた者しか議員にならないのは問題だ。

2017年9月25日 (月)

衆院28日解散へ 首相が正式表明

安倍晋三首相は9月25日夕の記者会見で、28日召集の臨時国会冒頭で衆院を解散すると正式に表明した。衆院選は10月10日公示、同22日投開票となる。(日本経済新聞:9月25日)


衆議院議員選挙について考える。


先日予想した学校関係の問題で、議員を辞職し解散することを、安倍晋三が表明するというには見事に外れた。このブログを読んで、本気で聴き取り取材をした記者がいたのなら頭を下げるよりない。まあ、いないと思う。しかし、安倍は懲りもせず、過半数を切ったら下野するなどと口にしている。ドイツのメルケルなど、第一党であれば首相を続ける気満々である。メルケルはお腹が痛くなったりはしなさそうではある。安倍の問題は、言葉が軽いことに尽きる。
安倍の解散理由は問題隠しなのだが、これは表向きに使えないから、消費税の使い方なる珍妙な理由を持ち出した。その一つが高等教育の無償化である。過去に何度かこのブログで大学教育を扱った。その過程でシラバスを確認してきた。所謂Fランク大学では、日本橋学館大学のようにアルファベットから教えると公表していた大学も、開智国際大学に名称が変更、別の学校法人に吸収されたようだ、されてからは詳細を明示していない。それでも、短大のシラバスにはビジネスマナーのような講義で単位取得可能であるから、話題になった2011年頃と大きく変わった訳ではないだろう。高等教育の無償化を目指すなら、それに見合った人材についてのみ適用されるべきだ。となると、適用不可の人についてどう処理すべきかとなれば、それ以前の教育を充実させることが大切になる。大学になってアルファベットを覚えたり、分数の足し算を習わなければならない事情は、小学校の学習環境に問題があるからである。この状況の改善こそが、高等教育無償化以前に重要な課題である。
社会人が再度大学に行くことは良いことだと考える。そこに投資することで、確実なリターンが期待されれば、企業でなくても投資する。つまり、無償化する必要性は乏しい。逆に、リターンに乏しいのなら、無償化しても何も生み出さない。政府として、社会人の大学教育を推奨したいのなら、所得税の軽減などで充分なインセンティブは設けられる。

首相の都合で解散するのに、それを言い訳するから見苦しくなる。政党の為の手段に過ぎない。しかし、国会議員など選挙命で生きる身の上である。政党より優先すべきは、選挙に勝つこととなる。議員の行動を幾つか確認する。


■ 小池百合子(65歳)
希望の党の代表になった都知事である。自分の価値を最大化することが、すべての価値判断の中心と信じる政治家である。首相になるのが願望であるのだが、自民党で首相になるというのが正しい。新党をつくって政権を奪還するなどというのは、日本新党の経験で、手間ばかり掛る割にリターンが小さいと思っているのだろう。若狭や細野の話し合いは、見ていてまどろっこしいし、そもそも二人には世間へのアピールが弱いと判断しているようだ。その部分は正しい。しかし、この政治家は口からいろいろ賑やかな言葉が飛び出るが、都知事としての実務に何を貢献したのは分からないし、この先も不透明である。もしかしたら、これを機会に都知事を辞めるのが都民への最大の貢献になるのかもしれない。

■ 若狭勝(60歳)
参議院で落選して、衆議院の比例で当選したと思ったら、都知事選で自民党の推す候補ではなく小池を応援して、厳重注意処分を受けたと思ったら、小選挙区の補欠選挙には自民党公認で当選した。2016年の話である。そして、都議会議員選挙で、都民ファーストの会を応援する為に離党した。国政政党の準備に奔走しているが、若狭は世間で人気が出るタイプではない。本人は別の自己分析をしているかもしれないが、検察官出身というのも、明るい印象は感じないし、人相風体にうさん臭さは溢れていても、清涼感、普通には清潔感に欠ける。だから、小池からはいくらすり寄っても、利用するだけ利用されて、切られることになるのだろう。

■ 細野豪志(46歳)
当選6回の元民主党衆議院議員である。民主党時代には、民主党幹事長、民主党政策調査会長、民進党代表代行などを歴任している。つまり、民主党の幹部であったという訳だ。2017年8月に民進党を離党している。保守系の議員で、共産党との選挙協力に否定的な立場をとる。これはこれで自由なのだが、民進党はかくあらねばならぬ、そうでないから離党するという言葉を幹部が吐くようでは終わりである。終わりなのは、政党ではなく政治家の方だ。選挙区である静岡を中心に、民進党の中から引き抜きを掛けていると噂される。これだと、政治家としてより、人間として終わっている。

■ 長島昭久(55歳)
細野の仲間たちである。衆議院当選5回。民進党を2017年に離党しているのは、保守政治家として譲れない一線があるということだ。民進党の保守系の政治家というのは、自民党に入れて貰えない頭でっかちのお坊ちゃんにしか見えない。違うと大きな声で否定することだろうが、大きな声が真実を示しているようにさえ感じてしまうのである。

■ 松原仁(61歳)
衆議院当選6回で、民進党東京都連会長として、小池百合子率いる都民ファーストの会に都議会議員選挙で惨敗した責任をとり辞任した。小池百合子に負けたので、小池の引きいる政党に入るという政治家である。

■ 福田峰之(53歳)
衆議院当選3回の自民党議員で、内閣府副大臣であるが、副大臣を辞任し、自民党も離党する。最大の特徴は選挙に弱いことである。当選はすべて重複立候補している比例での復活である。選挙区に江田憲司がいるから仕方ないという面はあるが、この状態を自民党が許す筈もない。このままではダメだと判断し、希望を見出せるのは小池しかないと思ったのだろう。この部分は極めて理性的である。議員であることが、価値のすべてだと臆面もなく言い切れるところに、潔さを感じる。しかし、決して投票したくない人物ではある。

■ 平沼赳夫(78歳)
12期当選という保守系の政治家が引退を決めた。2015年に日本のこころから離党し、自民党に復党していている。次の選挙では、次男が立候補することを計画している。

■ 高村正彦(75歳)
自民党副総裁であり、当選12回を数える。引退を決めた。病気をしたようで、体力に問題があるという。安倍晋三を支援する立場で、歴代最長の副総裁であった。次の選挙には、長男が立候補することが計画されている。

■ 谷垣禎一(72歳)
自民党前幹事長で、当選12回である。2016年に自転車事故で怪我をし、幹事長を辞職した。一時、重体説も流れたが、回復はしているという情報もあった。しかし、選挙に立候補するまでの回復ではないと判断したのだろう。引退を発表した。

平沼が自民党に復党したのは、子供を国会議員にする為である。高村の場合も、体調に問題はあってにせよ、家業を継いでもらうということだ。福田は副大臣の職を投げ出しても、次の選挙に生き残ることを選んだ。ある意味、潔ささえ感じる。きっと民進党の当落線上の議員は、希望の党に光を見出すのだろう。細野はそこそこ選挙に強いのだろうが、他はどうか分からない。そんな思いの議員も沢山いるのだろう。小池に頭を下げて当選してもそれまでの話だろう。小池にとって国会議員は、使えるうちは使うが、使え無くなれば捨て去るだけの存在に過ぎない。


議員であることに価値はあるが、変節漢になっても議員であることに価値があるのか。

2017年9月21日 (木)

野田聖子の夫は「元暴力団員」報道 ネットでは賛否両論

野田聖子総務相の夫・野田文信氏(旧姓・木村)が「元暴力団組員」だと週刊文春が報じた。
ここ最近スキャンダルが報じられた議員は、離党や辞職など何らかの「けじめ」をつけるケースが多い。野田氏にも「辞職論」が出ている。一方で「『元』だからどうでもいいだろ」として問題視しない声もあがる。(J-CASTニュース:9月21日)


文春砲について考える。


相も変わらず制裁を加える週刊誌の報道である。目立った者を叩くことを読者が望むから、商業出版を行っている者がそれに応じるのは当然であるという論理だろう。社会的な存在、公器として存在するというのは、どんな企業でも社会の中の存在として公器ではあるのだが、それを自社存在の正義として主張すれば、行き過ぎが指摘されるものである。
読者が望むからと主張しても、これは商業出版であるということを示しているに過ぎない。売れれば良いのかの自問自答を繰り返しているのが、出版会社の歴史であろう。芸能人や有名人のスキャンダルをスクープするのが文春砲の定義のようだ。当然、週刊文春に掲載されなければならないのだが。なんだか、週刊文春の編集部は、何かスキャンダルを暴かなければならないと、過剰に負担を感じて仕事をしているように想像してしまう。スクープと称して報道される内容が、出し抜いた記事ではあるにしても、社会的な関心が乏しい、あるいは価値が無いものになっていると感じるからである。例えば、隣の奥さんが野良猫に餌を与えるのは、社会の迷惑になる行為であるが、隣の奥さんは有名人ではないから報道に適さない。逆に、有名人であれば、酔って道路にしゃがみこんだ写真も価値があるとなりそうだ。
今回の報道で、野田聖子は有名人であるが、その夫は有名人ではない。野田が総理大臣になれば、安倍昭恵程度の価値はあるが、安倍昭恵は自らの行動により問題を生じせしめて報道の対象になっている。野田の夫が現在も暴力団関係者であれば、反社会的勢力だと報道する価値も出てくるのだろうが、元となるとそういう訳にもいかない。夫は文信といい、かつて京都の指定暴力団会津小鉄会傘下の昌山組に、幹事として所属していたという。夫は1999年と2005年に逮捕歴があり、それぞれ刑罰を受けたという。前科があるのは自慢にならないが、前科をもって必要以上の差別を加えることは、社会的に許されない行為となる。百歩譲っても、本人に向かって言うならともかく、その配偶者に矛先を向けるのは行き過ぎとなる。この手の話の先にあるのが、出自や地域に対する差別ということになる。

このブログで犯罪者や暴力団に関する事柄を扱っている。そのどちらも嫌いだ。特別な人権派を名乗る気持ちもない。それでも、差別を許すとロクなことが無い。過去に書いたが、差別と区別の違いは、自分自身で決定可能な結果に係る事柄によるのは区別、それ以外は差別である。野田は自分で夫を選んだのだから、夫の過去も背負う必要があるという論理もあろうが、それは行き過ぎだろう。結婚した後については連帯して責任を負うというのも分かるが、以前はその限りではあるまい。政治家として相応しくないと言う論理も変だ。政治家など国民の代表に過ぎない。これに特別な才能を要求するから歪な世界になる。平凡な国民の一人が、代表として選ばれたとする。選ばれた代表は、選ばれる前も後も、沢山勉強してひとつの仕事を任期中に成せば良い。それが代表を選ぶというものだろう。
不倫問題を指摘される議員があるが、それは家庭内の問題に過ぎない。法律に倫理を求める世の人からすれば、不貞行為は犯罪ではない (離婚の理由にはなる)。離婚したことが議員の適正に欠くとする意見もあろうが、そうでない意見もあるだろう。政治家は宗教家ではない。普通の国民の代表に過ぎない。代表というのは、資質として優れていることを表さない。それだけの話である。

暴力団員が行動を制限される世の中である。しかもこの前に元が付く私人が、メディアを通して公表される理由もない。妻が政治家で、国務大臣で、将来の首相候補であるとしても、公表する社会的な理由に足りない。


前科者に冷たい週刊文春を宣言するのをお勧めする。

2017年9月19日 (火)

二階氏、森友・加計は「小さな問題」=石破氏「国民は納得せず」

自民党の二階俊博幹事長は9月19日の記者会見で、学校法人「森友学園」と「加計学園」をめぐる疑惑について「小さな問題」との認識を示した。
衆院解散が断行されれば、野党側は国会で追及する機会が奪われるだけに、強く反発しそうだ。安倍晋三首相が衆院解散の意向を固めたことに対し、民進党など主要野党は「森友・加計の疑惑隠しだ」と批判している。これに関して二階氏は会見で見解を問われ、「野党がおっしゃるのは自由だ。われわれはそんな小さなというか、そういう問題を隠したりすることは考えていない」と反論した。一方、自民党の石破茂元幹事長は19日の読売テレビの番組で、疑惑から「逃げ切れるかどうかは分からない」と語った。石破氏は「まだ納得していない国民が多い。きちんとした説明ができるかだ」と指摘した。(時事通信:9月19日)


議会解散について考える。


解散は首相の専権事項だという考え方が永田町では主流のようだ。そうは言っても、首相である安倍晋三が、丁寧に説明責任を果たすとした、森友学園問題、加計学園問題を取り扱わない手段として、国会を解散して良い理由もない。ましてや、少々耄碌しているのではとさえ思える口調で、二階が小さな問題と言ったところで、何が解決する訳でもないし、野党の反発は必至となる。耄碌したようには老獪なと同義であるのが永田町のようだ。つまらない小競り合いを起こすのも、与党にとって悪くないという判断があるのかもしれない。

自民党の中でも、二階は解散が自民党に利があると判断し、内心でそれは肯定しつつも、石破はその先のことを睨んで、問題がある行動ではないかと指摘する。つまり、自民党内でも揺れる部分が残っていると言える。
安倍が解散する理由として、最大の言訳が残っていることにマスコミは気付いていない。自民党内でも考えが及んでいないようだ。それは、安倍が解散理由として、森友学園問題、加計学園問題で国民に政治不信を招いたことをお詫びし、議員を引退すると説明することである。議会解散の必要性は、政治不信を一掃する為であるから説明が付く。この方法であれば、自民党を気の毒に思う、というか、安倍を批判し過ぎたと感じる国民が増えるから、与党議員の減る数は小さくなる。

国会議員を気軽に辞める訳がないと思う筋もあろうが、政権を投げ出した実績のある御仁だ。今回は、本人の他に、ものを考える習慣の欠ける妻も関わっている。粘り強く行動するというのから最も遠い位置で暮らしてきた。根気のいる作業など続けるつもりもあるまい。
おじいちゃんの悲願を掛けた憲法改正が遠のくなら、自分がする仕事などそこにはもうないということである。そんな説明をされたら、解散を止める理由はないだろう。


七条解散は制限されて良かろう。最高裁が判断することはないだろうが。

2017年9月17日 (日)

あやかり新党:目玉政策に「一院制」

小池百合子東京都知事の側近、若狭勝衆院議員は9月14日、年内の結成をめざす国政新党について、いまの衆参二院制を一院制に変えるための憲法改正を目玉政策に掲げる方針を発表した。新党結成に向けて協議している細野豪志元環境相や小池氏も賛同しているという。若狭氏は国会内で記者会見し「一院制に反対する人は新党のメンバーにはなることはない」と表明した。
若狭氏は一院制の導入が議員定数削減や国会運営費の削減につながると主張。「衆参で同じようなことを繰り返し審議することは、スピーディーな国会運営の観点で極めて問題がある」と述べた。「国会議員は自分の議席があるので一院制の導入に消極的だ。『しがらみ政治』脱却の象徴として取り組んでいく」と強調した。(日本経済新聞:9月14日)


あやかり新党について考える。


国会議員は選挙命である。基本的な考え方や、理念を共有する政党と、選挙協力するなどと口にするが、そんな条件を満たすのなら同じ政党になれば良い。それでも一緒にならないのは、選挙に有利な条件を考えての判断である。国民の為に、有権者の意見に耳を傾けなどというのは、選挙に勝つ方法として身に付けた処世訓の類に過ぎない。
民進党が日本共産党との選挙協力に積極的になれないのは、共産党の組織力で得られる票数と、共産党アレルギーのある労組などの逃げる票数との天秤判断が出し切れないからである。過去に自民党と公明党だって同じことがあった。自民党を支持する宗教団体票と、公明党を支援する創価学会票の比較である。一般には前者の方が多いと想像されるが、選挙に命を賭ける数は後者が優る。結果、実際に投票される票数で見れば後者が大きいというのが今日の判断である。そして、政権を獲得できれば、他の宗教団体の票も逃げないということを学んだ。つまり、勝って政権を獲得することに正義であるということだ。民進党にはこの経験が決定的に不足している。

若狭が目指す政党は、小池人気にあやかるという、あやかり新党に過ぎない。小池がこの行動に冷淡とも見える行動に留まっているのは、小池の今後が、自民党の軒を借りて母屋を乗っ取る計画であるからで、新党は手段に過ぎない。若狭は小池あやかりで活動しても、若狭の放つうさん臭さが強烈で、小池人気を抑えてしまう。小池はこのマイナスを知った上での利用であるが、若狭に自覚はないだろう。検察出身者だから信頼されると思ったら大間違いで、マイナス評価しかつかないものである。難しい試験を通ったことと、社会的な信頼は等しくない。
若狭もまるで分っていない訳ではなく、小池人気だけでは何もないと言われそうだから、あやかり新党の目玉政策に一院制を入れたという訳だ。一院制にするとなれば憲法改正の必要も出るし、いろいろと面倒なことが多い。そもそも、存在する参議院を廃止する法案を、参議院に通すのだから、簡単な訳もない。出来もしないことを一つ入れて置けば、努力していますと言訳できるので都合が良いという考えなのだろう。

小池としては、小池人気で走れる期間は一年程度と思っているだろう。つまり、党の綱領や基本政策などというものは、準備できない状態が好ましく、その期間に選挙になった方が好ましい結果を得られる。とはいっても、都知事のままで国政選挙に身を乗り出し過ぎれば批判されるのは必定である。自民党が選挙で負けて、小池に協力を求めてくるというのが最善の結果であるのだろう。



あやかり新党だから、小池以外にあやかる日が来るかもしれない。

2017年9月14日 (木)

五輪、24年パリ・28年ロス IOC、2大会同時決定 冷え込む招致熱に危機感

国際オリンピック委員会(IOC)は13日、ペルー・リマで開いた第131次総会で、2024年夏季五輪の開催地をパリ、28年大会はロサンゼルス(米)とすることを正式に決めた。パリでの開催は1900年、24年以来。ロスは32年、84年以来となり、ともにロンドンと並び最多3度目の開催となる。
総会にはIOC委員94人のうち85人が出席し、投票ではなく挙手で採決をして満場一致で決まった。2大会の開催都市が同時に決まるのは96年ぶりで、IOCのバッハ会長は「歴史的でとてもうれしい一日になった」と満足げに話した。2024年大会には当初、5都市が立候補していたが、巨額の費用負担に対する住民の反発などを理由に、ローマ、ハンブルク(ドイツ)、ブダペスト(ハンガリー)が撤退し、パリとロスだけが残った。大会開催の7年前に開催地を選ぶ従来通りの手続きで進めた場合、敗れた方の都市が28年大会に挑戦しない可能性もあった。近年の招致熱の冷え込みに危機感を募らせたIOCは2都市を振り分け、28年大会の開催都市も同時に決める異例の方針に切り替えた。7月、スイス・ローザンヌでの臨時総会で2大会を同時に選ぶ案を承認。24年を過ぎると選手村予定地の確保が難しくなるパリにロスが譲る形で、開催順についても7月末に決着していた。狙い通りの正式決定に、バッハ会長は「考えられる最高の開催都市二つだ」と喜んだ。(朝日新聞:9月14日)


オリンピックについて考える。


商業主義オリンピックへ移行したのは、1984年のロサンゼルス大会からとされる。1976年のモントリオール大会からと10億ドルの赤字とされている。この大会とて、3500万ドルという当時としては多額のテレビ放映料収入があった。これが焼け石に水になってしまっては、大会運営について根本的に見直さなければならないということだ。支出が大きくなってしまうのが根本的な問題である。前の大会のミュンヘンで、過激派による史上最悪のテロ事件が起たことで、警備コストが大きく跳ね上がったという事情はあっても、従来の延長線上での仕事の仕方が否定されたのは間違いない。ロサンゼルス大会の前に1976年米国開催予定であった、冬季オリンピック大会、コロラド州デンバーを住民投票の結果返上している過去がある。しかし、ロサンゼルス大会には他に立候補国がなかったから、返上の心配があってもない袖は振れぬということだ。なお、1980年のモスクワ大会は、社会主義国での開催であるから、赤字だからという事情が出てくることもない。国家の面子という問題に留まる。まあ、アフガニスタンの問題で西側がボイコットすることになったのだが。
そんな状況でのロサンゼルス大会であったが、以前からスポーツイベントが盛んであった地域でもあり、オリンピック使用に耐えうる既存のスポーツ施設が多かった。このことで、極力既存の施設を使うことが可能となり、支出削減に貢献した。また、選手村として大学の寮を使うなどのコスト抑制を行っている。ボランティアも徹底的に活用した。結果として、モントリオール大会で14億ドル以上もかかった運営費は5億ドル強に抑制された。もう一方の作業である。収入増の施策として大きかったのは、テレビの放映料であった。2億8700万ドルの放映料を得たとされる。このうちアメリカABCが2億2500万ドルで、これが、最低入札価格付きの入札制度による成果である。

以降のオリンピックはこの大会の経験が活かされている、というより、この方式以外の方法は採用できなくなっている。米国の大手テレビネットワークの都合により、開催時期は7月15日~8月31日までの間という縛りが掛る。東京オリンピックが10月10日に開幕したというのは、非常に牧歌的な時代を示していることになる。暑い盛りにスポーツイベントでもないだろう、などと常識的な発想を持ってはいけない。イベント主催者の都合が優先される。商業主義により、種目数と選手数は増加する傾向になるから、制限を加えることになったが、それも解除されたりと抑制が効かなくなっている。最も有効な手法として、陸上競技をオリンピック種目から外すというのを提案しているのだが、こんな僻地にあるブログ (アクセスに不便はないのだが) の端に書いていることなど、IOC関係者が知ることもない。ボルダリングや空手やサーフィンを加えるなら、陸上競技と体操と水泳を外せば良い。サッカーを外して、蹴鞠を入れる案もあるだろう。マイナーな種目の競技者を増やすという発想は、メジャーな種目の競技者を減らすのと大きな違いはない。競技の分散など、オリンピックなどという大会が支配する事柄ではない。いっそのこと、陸上競技など性別規定も外して、100mだけにしたらどうか。そもそも100mに身長区分も体重規定もない。格闘技のように何階級も分離されることもない。性別もなくして、さあ何と潔いことか。差別はない。確実にあるのは区別という、敬意しかない。似非科学による区別など無意味だと宣言すれば良い。格闘技で体重分けする理由を安全上の配慮とするのは、一定の合理性はあるのだろうが、一定に過ぎない。それで危険がすべて回避される訳もなく、それなら階級を100g刻みにするかという発想しか出てこない。スポーツなど不自由を楽しむ、つまり不合理を受け入れることで成立するものであるのだから、安全性は運営側で工夫するとすれば済む問題である。

2020年の東京大会は、商業主義オリンピック最後の大会になるだろう。それ以降が商業主義ではないが、商業的に成立し得ないことが認識された大会へと変貌する。すると、既存競技施設の充実した先進国の都市部でしか開催されないことになる。それがスポーツの普及に馴染むものかと考えれば答えは決まっている。IOCは途上国で開催可能なオリンピックを目指す時代に入っているようだ。それには複数拠点での同時開催も検討しなければならないのだろう。


IOC貴族も大変な時代になったものだ。

2017年9月11日 (月)

桐生祥秀が9秒98 日本選手で初の9秒台 男子100

陸上男子100メートルで、21歳の桐生祥秀(よしひで、東洋大4年)が9日、9秒98(追い風1.8メートル)をマークし、日本選手で初めて10秒を切った。福井市であった日本学生対校選手権の決勝で記録した。人類が初めて電気計時で9秒台に突入したのは、1968年にジム.ハインズ(米)が記録した9秒95で、それに遅れること49年。ようやく日本選手が9秒台に突入した。
これまでの桐生の自己最高は10秒01。従来の日本記録は、日本陸上競技連盟強化委員長の伊東浩司氏(当時富士通)が98年のバンコク.アジア大会でマークした10秒00だった。世界記録は2009年にウサイン.ボルト(ジャマイカ)が記録した9秒58。
滋賀県出身の桐生は、京都.洛南高3年だった2013年、当時の日本歴代2位となる10秒01で走り、注目を浴びた。一昨年3月には米テキサス州であった競技会で追い風3.3メートルの参考記録ながら9秒87を記録した。昨夏のリオデジャネイロ五輪では400メートルリレーの第3走者として銀メダルを獲得した。(朝日新聞:9月9日)


陸上競技について考える。


100メートルで公認記録になるには、秒速2メートルの追い風を超えないこととなっている。トラックの直線部分に平行な方向のみの計測ということになる。風速に関する規定がある該当種目は、100メートル、200メートル、100メートルハードル、110メートルハードル、走幅跳、三段跳が世界選手権、オリンピック種目となる。風速測定は、風速の平均値と規定されている。
記事の大会では、追い風参考になるレースが多かった。つまり、秒速2メートルを超えない状態でのレースを成立させるのに、スターターを担った審判は気を使ったことだろう。参考の為に、同大会の男子100Mの風速と1位の結果を下にまとめた。敬意を表して決勝は3位まで示した。

■ 第86回日本学生陸上競技対校選手権大会 男子100M各レース風速と1位記録
   レース     風    記録       氏名      所属
  予選1組    +4.0  10.19     竹田一平  中央大
  予選2組    +4.9  10.20     西村顕志  富山大
  予選3組    +2.4  10.30     田中佑典  日本ウェルネス大
  予選4組    +3.5  10.28     小池祐貴  慶應義塾大
  予選5組    +3.3  10.26     宮﨑幸辰  東北大
  予選6組    +3.1  10.24     川上拓也  中央大
  予選7組    +4.7  10.18     桐生祥秀  東洋大
  予選8組    +2.8  10.17     多田修平  関西学院大
  準決勝1組  +2.9  10.20     多田修平  関西学院大
  準決勝2組  +2.4  10.14     桐生祥秀  東洋大
  準決勝3組  +2.8  10.21     竹田一平  中央大
  決勝      +1.8    9.98     桐生祥秀  東洋大
                10.07 (2)   多田修平  関西学院大
                10.31 (3)   竹田一平  中央大


追風参考にならなかったレースは決勝のみである。桐生の他に、多田修平が9秒台が期待される選手であり、なんとか参考記録にならずにレースを成立させたいとの願いがあったことだろう。二人の他には中央大学の竹田一平が名前が知られている選手だろうか。サニブラウンに勝ったことが話題になった。その程度ではすぐ忘れられるものだが。西村顕志は富山大学、ということは国立で、学部を確認したら人間発達科学部とある。この手の学部名を嫌悪する性質なのだが、教育学部で教員になるのが少数という状況になれば、学部名変更も致し方無いというところなのだろう。実習終わったばかりとTwitterにあるのは、教育実習ということなのだろうか。
大学だと10.20を切れるとトップクラスということで、国の代表を目指すなら10.10を切る必要があるというのが現在の状況のようだ。桐生が10.00を切ったことでもう少しレベルが上がることになるのだろう。結構な話である。


日本ウェルネススポーツ大学というのは、新らしい大学のようだ。凄い大学ができたものだ。

2017年9月 8日 (金)

前橋育英の剣道部でいじめ、加害側3人に自主退学求める

前橋育英高校(前橋市)の剣道部で、1年生の男子部員2人がいじめに遭い、学校側がいじめた側の1、2年生の男子部員3人に自主退学を求めたことが分かった。9月8日を期限に退学届の提出を求め、3人とも了承しているという。
同校によると、いじめられた2人は6月下旬から1カ月間、練習中に必要以上に竹刀でたたかれたり、無料通信アプリ「LINE」で悪口を言われたりした。学校側は7月下旬にこの事実を把握し、3人に話を聴いたところ、いずれも認めて反省しているという。今回の措置について、神山義幸教頭は取材に対し、2011年に大津市の中学生がいじめで自殺したことに触れ、「被害者保護を第一に、時代の流れなどを総合的に考えた」と説明。いじめられた2人は登校しているという。同部は現在、活動を自粛している。(朝日新聞:9月7日)


スポーツ高校について考える。


前橋育英高校には、男子は陸上競技、柔道、剣道、サッカー、バスケットボール、硬式野球、女子は陸上競技、サッカー、ソフトボール、バレーボール、柔道が強化指定クラブになっている。強化指定クラブというのは、学校の宣伝活動に供するクラブとして公認されているという理解で良いだろう。
前橋育英高校のホームページを見ると、高校サッカー界で国内有数の指導者として著名な山田耕介監督をはじめ、豊富な実績をもつ専任教諭を揃えている。加えて外部からコーチ等も招き、各競技において高いレベルの指導を実現しているという。宣伝活動には適切な資源を投じているという説明である。
続いて、前橋育英高校で身につけた技術や競技理論は、さまざまな分野への可能性を広げ、それらは選手としてだけではなく、教師や指導者などのスポーツに関連した職業に就く場合にも役立つとある。推薦入試やAO入試にもプラスとなるというが、スポーツを宣伝活動と位置付ける大学に進学可能という話で、学業との両立ということではない。誤解を招きかねない表現ではあるが、そんな学生が進学するとしたら、誤解の発生のしようもないと言われればそれまでのことではある。
更に、専門学校の先生方が外傷の処置(アイシング・テーピング)やマッサージ・リハビリなどについて連携講義を定期的に行うという。医師やスポーツトレーナーによる栄養学や生理学の特別講義も専門的知識の追求に役立つとある。また、鍼灸の先生による治療が無料で受けられるそうだ。 外傷の処置の話は、高校のレベルで聞きかじるのは間違いのもとになりかねない。節度のある指導が必要となる。栄養学や生理学については知っておく必要があることが沢山あるだろう。この時期の学生に大切なことは、後で学んでも自分自身には役立たない。鍼灸治療については、治療の必要性が日常的に高いのなら、栄養学や生理学的に予防する方法を検討した方が良いのではないかと思うが、競技特性によるものと理解することとしよう。

剣道部は強化指定クラブである。強化指定クラブに在籍するということは、学校に在籍する意義のほとんどがクラブ活動にあるということだ。クラブで問題を起こしたのならば、学校にはいられないという不文律があるのだろう。これを正しくないと指摘するのは容易であるが、強化指定クラブを是とするなら、受け入れなければならない。高校の教育の放棄だとする主張は、批評家の戯言である。それは一般入試で入った学生に適用される。強化指定クラブに入っているから上記の外部からの支援を受けられるのであろう。他のクラブでこれらを利用するには、高度な成績を上げていることが認められなければならないだろう。
剣道部は、強化指定クラブから外れるかもしれない。いじめられた二人も学校に居辛くなることだろう。いじめられた二人には教育上の配慮が必要だろうが、いじめた三人が退学するのは、剣道部の活動中止をどうしてくれるという学校側の都合を考えれば当然に思える。


学校が正しいとは思わない。スポーツだけする高校生は応分のリスクを負うものだと考える。

2017年9月 6日 (水)

AKB総選挙の沖縄誘致に交付金 外相批判・沖縄相容認

沖縄県がアイドルグループ「AKB48」の選抜総選挙の誘致活動などに国の「沖縄振興一括交付金」を使うことの是非をめぐり、閣僚の意見が割れている。河野太郎外相は就任前に、自身のブログで「次にどうつながるかはっきりした見通しもない」「補助金をもらってイベントをやるだけならば持続的ではない」と批判。江崎鉄磨沖縄北方相は9月6日の報道各社のインタビューで「県の判断に委ねるべきだ」として容認する考えを示した。
沖縄県は「沖縄観光の持続的発展に資する」として、6月17日に県内で開催された選抜総選挙の誘致に関わった地元企業に対し、3千万円の助成を決定。このうち2400万円が、県が使い道を自由に決められる沖縄振興一括交付金だった。地元企業が今後3年間、AKB関連イベントを実施することが前提だったが、結局、地元企業が8月に事業撤退を申し出たため、県は助成を取りやめるという。(朝日新聞:9月6日)

沖縄振興一括交付金について考える。


沖縄振興一括交付金は、沖縄の実情に即してより的確かつ効果的に施策を展開する為、沖縄振興に資する事業を県が自主的な選択に基づいて実施できる一括交付金が2012年度に創設されたとされる。「沖縄振興特別推進交付金」と「沖縄振興公共投資交付金」に区分され、前者がソフト交付金、後者がハード交付金とされる。内閣府の公表資料から、該当部分の説明をそれぞれ示す。

■ ソフト交付金
沖縄振興に資するソフト事業などを対象とし、移し替えせずに原則内閣府で執行する沖縄独自の制度。
  <主な対象事業>
   沖縄の自立的・戦略的発展に資するものなど、沖縄の特殊性に基因する事業
     ・ 観光の振興
     ・ 情報通信産業の振興
     ・ 農林水産業の振興
     ・ 雇用促進
     ・ 人材育成


■ ハード交付金
各府省の地方公共団体向け投資補助金等のうち、沖縄振興に資するハード事業に係る補助金等の一部を一括交付金化。原則各省に移し替えて執行。
   <主な対象事業>
     ・ 学校施設環境改善 (文部科学省)
     ・ 水道施設整備 (厚生労働省)
     ・ 農山漁村地域整備 (農林水産省)
     ・ 社会資本整備 (国土交通省)


AKB48の催しを交付金の対象とするなら、ソフト交付金の観光振興ということになる。これ以外を目的にすれば、方々から批判が巻き起こることは必定である。まあ、ハード交付金の方は、扱う省との協議が加わるから審査が厳密になしそうではある。建物を造ったりすれば、当然のことではあろう。ソフト交付金の方はといえば、単発の催しでも構わないという解釈は可能であるが、現実的には数年程度、この手の法律の想定としては五年くらい継続することが審査事項として求められるだろう。記事には三年を予定したとあるが、もう少し長くやる見込みというか構想であったと想像する。
AKB48選抜総選挙をこのブログでは何度も扱ってきている。これはこの商法の姿が醜く思えるからで、商売としては妥当でも、商人が手を出す仕事でないと感じるからである。もっと端的な表現をすれば、堅気の仕事ではない。芸能関係の商売が堅気の世界から遠いという意味ではない。博打打ちの領域に近く、なんだかマルチ商法にしか思えないのだ。まあ、子や孫からのリターンが期待できるものではないのだが。これが商売になるのは、社会環境と関連するのではないかという素朴な発想である。
もどす。AKB48の場所は、同じ場所で行う訳がない。常に刺激するのに、同じところではこの条件を満たさないからである。沖縄で開催するのは突飛であると感じたが、交付金があったということで納得した。これで算盤が合ったということなのだろう。人数が無暗に多い団体は移動費が嵩む。来年以降の沖縄開催を止めたのは、他への影響で採算が悪いと判断したということだろう。不手際が目立つ気がするが、妥当な判断ということではある。


沖縄県はお金の使い方に少々ルーズである。

2017年9月 5日 (火)

山尾氏の起用見送り 民進新執行部が発足

民進党は9月5日の両院議員総会で主要な役員人事を承認し、前原誠司代表率いる新執行部が発足した。幹事長には大島敦元総務副大臣を充て、代表代行に代表選を争った枝野幸男元幹事長を起用した。当初、幹事長や代表代行で起用する方針だった山尾志桜里元政調会長の人事案の提示は党内の反発を受け断念した。目玉人事の撤回で前原氏は出だしからつまずいた格好だ。
政調会長には衆院当選4回で50歳の階猛元総務政務官を起用。選挙対策委員長には枝野氏を支持した長妻昭元厚生労働相が就任した。国会対策委員長には旧維新の党出身の松野頼久元官房副長官が就いた。前原氏を支持したグループの議員に加え枝野氏を支持した陣営からも起用し、挙党態勢づくりをめざす。前原氏は当初、衆院当選2回で若手のホープとされる山尾氏を幹事長に抜てきし、清新さをアピールする考えだった。だが山尾氏の実務面での経験不足への懸念が広がり、衆院当選6回で代表代行に内定していた大島氏を充てる方針に転じた。前原氏はその後も山尾氏を代表代行で処遇する意向を固めたが、党内の反対論が強く主要ポストでの起用自体を断念した。前原氏は両院議員総会の冒頭で「人事のことでご心配をおかけしていることをおわびしたい」と陳謝した。党の要である幹事長人事の変更で、前原新執行部は出足から混乱を印象付けた。党内からは「1度固まった人事を覆すのは、党への打撃が計り知れない」との懸念が広がっている。(日本経済新聞:9月5日)


政党の人事について考える。


与党の場合には政府系の椅子もあり数が多いから、党の代表選挙後の人事に工夫のしようもあるが、野党の場合には党務に限定されて椅子が少なくなる。これがやっかみを生む要因で、露骨な功労人事をすれば批判される。鳩山が代表になった際には、露骨な功労人事と批判されたことがある。そうはいっても、選挙に骨を折った人に、何も報いるものがないというのも人情的には無理がある。この国のしっとりとした体質が拒むだろう。結局、良い按排を見出すよりないということになる。
今回の民進党の場合には、人気浮上を狙っている。前原の民主党時代のイメージを引きずる部分を排除して、新しい党であることをアピールするには、メディアへの露出が大きい山尾を幹事長に据えるという考えが出たのだろう。ちょっと待て、それには既視感がある。蓮舫が代表になったときと同じだ。そして、野田佳彦が幹事長になって、寄ってたかって叩いた。椅子取りゲームに敗れると、大きな声で不満を叫ぶのが党是になっているようだ。
当選回数2回の山尾が経験不足だという指摘のようだが、6回当選していれば大丈夫というのではなく、適性があるか否かの判断に、取って付けたように当選回数を理由に当てているだけに過ぎない。2回でも適正と能力があれば、少しの混乱はあっても成果は上がる。6回で適正の能力に欠ければ、混乱することは必至で、回数の言訳分だけ被害の拡大が生じる。

話を戻す。山尾が幹事長に適するのか否かについて何も知らない。しかし、新しい代表の前原が良しとしたのであれば足を引っ張ることは許されない。この党の最もだらしない部分である。これだから駄目なんだと言いきって良い。党の理念に合致するだの、妙な原理主義的な主張より重要なのは、党という集団で決まったことには従うという単純な行動原理が優先されるということだ。前原を選んだ、そして、幹事長を決めた。それに従うのは当然である。内定した人事に不満があるというのを拾っていったら、いつまでたっても何も決まりはしない。
この愚かな原理主義集団では、綱領や基本的な理念が違う政党とは組めないなどと主張する。これを口にすれば、民進党の党内の意見の不一致が問題になる。そもそも、自民と公明で一致しているかと問えば多くの疑問が湧くし、自民の中ならどうだと言えば、それはそれで問題がある。党内の一致が重要なのは、与党の場合には一定水準で確保されないと、国民は不安に感じるだろうから、党是はともかく、当面の方向性について位、明確にして貰いたいものだとは思う。少なくとも、民進党が直ちに政権を担うこともあるまい。ないことを前提にしてしまえば身も蓋もないが、政策実現は与党だけのものとするのは危険だ。少数者側の意見を汲む仕事も大切である。野党のままであることを前提にする必要もないが、与党の仕事に問題があることを明らかにして、代替案を提示するくらいのことは担って貰いたいものだ。
民進党と共産党との選挙協力で、民進党の支持母体である労働組合から不満が出て、反対する議員がある。民進党の保守系の議員には、そもそも共産党アレルギーがあって受け入れられないというのもある。労働組合でも、民進党を支持するのはブルジョア労組で、共産党を支持するのは貧乏労組と決まっている。ブルジョアというのは、組合員が安定した大企業や団体で労働している正社員であり、貧乏労組というのは、非正規や大企業でもはみ出してしまった組合員ということになる。労組と一括りには出来ないが、民進党は労働組合の力だけで与党になれることがないことも分かっている。原発廃止を掲げると、電力総連の都合が悪いとする意見が出てまとまらない。しかし、電力総連で何人国会に議員を送り出せるのかい。
政党協力を考える上で、綱領や基本的な理念で一致するのなら、同じ政党である。これが違っても、協力する利益があると確信するから一緒に行動するのである。この原理主義者は幼い。そもそも、一人一人の考えに違いがあり、部分で一致をみるから政党に属しているのだろう。完全な一致を求めるなら、入党時の資格試験に思想チェックでも設けるのだろうか。

愚かな民進党の話を終える。山尾の話である。幹事長を諦めたのは、山尾に不倫疑惑が生じたからだという。人気のキーワードである不倫である。昭和の政治家のように、妾が何人もいるというのは、今日の国会議員にいないだろうが、まったくいないということとなると少々怪しい。法律を最上の行動規範と考える連中からすれば、不倫に刑事罰がある訳ではないから不問であろう。不貞行為は離婚理由になるから、離婚訴訟にでもなれば不適切と判断しても良いかもしれない。山尾の件が不倫であったとしても、それはそれだけの話に過ぎない。夫や子供がどう思うかは、他人が口出しする問題でもない。文春は私的制裁機関の役割を担っているようだが、むしろこっちの行動原理を知りたい。

いっそのこと、民進党は議員候補になる人物に、過去に前科、逮捕歴、違法薬物の使用経験、不倫経験、非合法カジノ・違法風俗への立ち入り、ガールズバーに立ち入ってお小遣いをあげた経験について公表することを求めたらどうだろうか。もしかしたら、合法の風俗店への経験も明らかにした方が良いかもしれない。


政治家として、公平公正であることを疑われる行為以外に縛りが必要か。

2017年9月 4日 (月)

北朝鮮、6度目の核実験 人工地震とみられる揺れ観測

韓国気象庁と韓国軍合同参謀本部は9月3日午後0時29分に、北朝鮮北東部.咸鏡北道吉州郡(ハムギョンブクトキルジュグン)を震源とするマグニチュード(M)5.7の人工地震とみられる揺れを観測したと明らかにした。日本政府は、北朝鮮が2016年9月9日以来、6度目となる核実験を行ったと断定した。
日本の気象庁は揺れの強さをM6.1、米地質調査所はM6.3と発表した。核実験だとすれば、国際社会が強く反発するのは必至だ。トランプ米大統領は「すべての選択肢はテーブルの上にある」として、北朝鮮への軍事力行使も辞さない構えをみせており、対応が注目される。米国などの単独制裁に反対するなど、北朝鮮に対する圧力強化に慎重姿勢を続けてきた中国の対応も焦点だ。
吉州郡の豊渓里(プンゲリ)には核実験場がある。北朝鮮が「水爆実験に成功した」とする16年9月の前回実験では、M5.0が観測された。韓国国家情報院は8月28日の国会報告で、2本の坑道で実験準備が完了したと説明。いつでも実験が可能な状態だと報告していた。北朝鮮は今月3日付の労働新聞(電子版)で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)に水爆を搭載できると主張。水爆とみられる装置を視察する金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の写真を掲載した。北朝鮮はプルトニウム型と濃縮ウラン型の両方で核実験が可能とされる。日米韓は北朝鮮がすでに十数個の核爆弾を保有していると分析している。ヘッカー米スタンフォード大教授によれば、20年までに計50個の核爆弾を保有する可能性もある。
日米韓は、北朝鮮が水爆を保有しているとはみていないが、通常の原爆より大きさを4分の1程度にできるブースト型核分裂爆弾(強化原爆)の開発に成功した可能性も否定できないとしている。(朝日新聞:9月3日)


北朝鮮について考える。


国際的なかまってちゃん国家である北朝鮮は、米国と交渉相手にした貰いたいという願望を持っている。米国は金王朝を倒したい気持ちがあるのだが、韓国が北朝鮮を引き受けてくれないから、無理が効かない事情がある。この見方は西側に属する者の考え方で、中国からすれば、北朝鮮が自由主義側に属して、親米国である国と国境を接するというのは避けたい、というよりあってはならない事態である。中国が国境を接する国には、社会主義を1992年に放棄したモンゴルもあるが、面積は大きくても、貿易相手として中国に大きく依存しており、GDPも比較にならないくらい小さい。西側に位置する旧ソ連の国は、遠い国であり、国力も小さい。南側は高い山脈で囲まれているから心配は小さく、唯一問題なのはインドとの国境になるが、これは半世紀以上もめているところなので、すぐに片付く問題でもないし、この地域に限定すれば問題の程度は低い。つまり、都市部に近い東側で、自由主義国と国境を接するというのは中国の悪夢である。

核実験に戻す。核実験の成果を、地震測定技術を応用した手法で評価するのは一般的なようだ。しかし、事前にどこの場所で行うか、どのような種類の実験かを知っていて、最適な測定を行うのなら、その評価は蓋然性の高いものになるだろうが、恐らく、この辺りで実験を行うと言う程度の情報しか持たずに、測定場所も都合で決めている状態では、自ずと精度は上がらないということになる。
地震のエネルギーとしてマグネチュードが用いられる。地震という大きなエネルギーを扱う都合上、エネルギーの対数を取った単位である。マグネチュードが2増えると、エネルギーは1000倍になる。大きな違いがある比較ではこれで問題はないのだが、核実験の結果を外部から推定するのに少々不都合が生じる。今回の核実験に対して、日本と米国の発表ではマグネチュードで0.2の差がある。0.2というのは、エネルギーが2倍違うことになる。つまり、原爆か、強化原爆か、水爆かの判断をするのに、これだけでは情報が不足するか、確かな判断を下せないかが生じることになる。困った問題であるが、もともと西側の国に公開して実験している訳でもない。覗き見るのに限度があるのは当然とも言える。もう少しの時間を与えれば、精度の高い検討結果が発表されることと思う。

かまってちゃんに経済制裁を加えるのに、もう手がない状況になっている。中国、ロシアの協力があれば可能だが、こちらは別の思惑もある。石油輸出の停止はもっとも効果的であるが、これをやれば第二次大戦前の日本のような状況になりそうだ。中国と接続している石油のパイプラインは、石油の質が悪いこともあり、停止すれば詰まって使えなくなるという代物である。再開不能に近いとなれば、中国が引き鉄を引くのを躊躇う気持ちは分かる。ロシアは極東地域での低賃金の労働力として期待しているようだ。ロシア人がどれ程働かないのかという疑問も湧くが、横道にそれ過ぎると止める。
結局のところ、韓国が面倒を見ると言いださないのだから、金王朝を倒した後の図式を描け切れないというのが問題なのである。中国やロシアの都合を尊重しなければまとまらないのだから、米国や韓国の都合は後にする。最も血を流さない方式は、中国人民解放軍が平壌を制圧する方法になるだろう。北朝鮮と中国が戦争をする訳がないという意見はもっともだが、米国に朝鮮半島全体を支配させないのなら、米国から北朝鮮を守るという名目で侵攻し、現在の体制を倒してしまい、軍事政権を打ち立てるというのが実際的な作業になろう。軍のトップになり得る者がいるかどうかの問題があるが、なんとなれば、中国の傀儡国家にしてしまえば良い。国際世論の批判を防ぐには、ロシアと米国に事前に合意を取り付けて置けば済む話だ。こんな方法で検討していると想像するが、どうだろうか。


お坊ちゃんに、火遊びするとおねしょするよ、とスミダのお姉さんが教えなければいけない。

2017年8月31日 (木)

日野皓正さん、中学生をビンタ

ジャズトランペット奏者の日野皓正さん(74)が、東京都世田谷区で8月20日にあったジャズコンサートの最中、ドラムを演奏していた男子中学生の髪をつかんでビンタしていたことが8月31日、区教育委員会への取材で分かった。生徒にけがはなかった。
区教委は「生徒がソロパートでなかなか演奏を止めなかったため、進行に支障が出ると日野氏が判断し、中断させた」と説明。「日野氏の行為は行き過ぎた指導だったと捉えている」としている。一方、生徒は保護者に、自分の行動を反省しており今後も演奏活動に参加したいと話しているという。区教委によると、コンサートは区教委主催の体験学習で、日野さんらプロ演奏家の指導を受けた中学生約40人が約4カ月練習した成果を披露する場だった。区教委は「今後も事業を実施するため、日野氏側と話し合っていきたい」としている。(共同:8月31日)


少年の関係する案件の報道について考える。


日野皓正の指導について問題があるか否かの議論に流れている。それについては触れない。理由は簡単で、公表されている情報が乏しいからである。無論、暴力が問題だとするのは当然であるが、それだけで済む話でもあるまい。
報道されたことで、男子中学生やその両親は追い詰められたことだろう。そもそも、ジャズ演奏の世界など非常に狭いから、有名な日野皓正の指導に逆らったとなれば、ジャズドラムを続けていくのに差し障りが出てくる筈である。つまり、会陰総終了後に、少年の気持ちとは別に、日野に詫びを入れないことには仕方ない状況にあったと想像が付く。そうしなければ、この先演奏できなくなる可能性を考慮しなければならないのだから。
ドラムソロが任されることは事前に決まったことである。少年が想定された時間を超えて演奏するのは、少年の主張であり、これはそれまでの練習との関係があると思われる。スティックを取り上げられた後に、素手でドラムを演奏しようとする行為に、強い意志を感じる。しかし、少年の主張など報道されることもなく、そもそも少年の個人的な事情などオープンにする理由もない。つまり、少年の事情は感心の対象には成り得ないのに、報道の矢印は少年の内面を想像することに集中する。
少年の髪をつかんでビンタしたのが、日野ではない街の音楽愛好家であったのなら、その場で問題になり、当然のことながら大きく報道されることはなかった。つまり、ニュース性は日野皓正にあるのに、事情を理解しようとすると感心は少年に向かうという微妙なずれがここに生じる。そして少年とその家族は、体験学習の将来や、日野の世間からの批難や、もちろん、自身の近い未来の音楽との関わり合いについて、短時間に最良の結論を出すことを強いられる。少年の体験学習として最適なものかに大いに疑問がある。考えるまでもなく、日野と少年の力の差は大き過ぎる。日野が大きな力により強引な仕事をしたとしても、この活動が実質的にボランティアであることが言訳になる。一方少年は何も持たないなら、ただ叩かれるだけに終始する。

少年は自らの自由意志により参加していることだろう。それなら、結果に責任を負うのは、大人と何ら変わらないと考える。自由意志がない部分においては少年は保護されねばならない。この思想は、子供に寛容でないと指摘する人がいるが、寛容であることを拡大し、ある日突然、許容されなくなるのは悲劇である。
今回の少年、男子中学生は、ソロ演奏を暴走したことは咎められねばならないが、報道により社会から批判の中心に置かれるのは許されない。なぜ守らないのか。日野を攻める振りをして、男子中学生を晒し者にするだけのリンチを行っているのが報道である。


週刊新潮は、私的制裁機関として社会に認められているようだ。

2017年8月30日 (水)

麻生氏、ヒトラー巡る発言を撤回 「誤解招き遺憾」

麻生太郎副総理兼財務相は8月30日、派閥の研修会の講演で「ヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメ」と発言したことについて、「ヒトラーを例示としてあげたことは不適切であり撤回したい」とのコメントを出した。
麻生氏は「私の発言が、私の真意と異なり誤解を招いたことは遺憾」とした上で、「政治家にとって結果を出すことがすべてであることを強調する趣旨で、悪しき政治家の例としてヒトラーをあげた」と釈明。「私がヒトラーについて、極めて否定的にとらえていることは、発言の全体から明らかであり、ヒトラーは動機においても誤っていたことも明らかである」としている。麻生氏は29日に横浜市で開いた研修会で、「少なくとも(政治家になる)動機は問わない。結果が大事だ。何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメなんだ」と述べていた。(朝日新聞:8月30日)


麻生の発言について考える。


毎度おなじみ、身内の会合でウケを狙うという麻生体質が如実に出た発言である。ネット上に存在するライトな右翼思想 (軽薄なという意味で使ってはいない) の見解は、文章を正しく読めばヒトラー賛美でないのは容易に理解でき、言葉を恣意的に切り取るマスコミの操作だと指摘する。まあ、このような場合には、恣意的ではなく意図的が妥当だと思う。
こちら側の都合で解釈してはならない事柄が世の中には多く存在する。第二次世界大戦中のナチス党率いるナチス・ドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺はホロコーストと呼ばれる。ヒトラーが忌み嫌われるのは、ホロコーストによるところが大きい。麻生がヒトラーを悪い例示として用いたとしても、当時の大日本帝国は、ヒトラーのドイツと、ムッソリーニのイタリアと枢軸国 (Axis Powers) を構成していたことを忘れてはならない。このグループが戦った相手は、United Nations つまり連合国である。日本語では区別があるが、要するに現在の国連である。
昔、枢軸国であった国の副総理が、ヒトラーを意識した発言をしたことを、United Nations 各国のカウンターパートがどう思うかという程度の想像力を求めるのは、特別に配慮するというレベルではなく、一般常識の枠の中に確実に収まる礼節と言って良いだろう。具体的には、米国の副大統領はマイク・ペンスである。共和党の保守派であり、ティーパーティー運動に参加しているキリスト教右派である。キリスト教右派というのは、キリスト教シオニストと近似的に等しいと思って良い。つまり、ユダヤ教徒と同じ方向に視線を置いている。大統領のドナルド・トランプは、娘婿がユダヤ教徒で、娘もユダヤ教に改宗している。
外交は厳密なプロトコルに従って行われるが、日本と米国の力の差は明らかである。麻生が、財務大臣として米国との交渉となれば、米国財務長官であるスティーヴン・マヌーチンがカウンターパートとなる。ユダヤ教徒である。副総裁としても、財務大臣としても、米国との交渉に不都合が生じることが約束された。事実は、たったこれだけの話である。

麻生は過去にヒトラーを例示した発言をして撤回している。当然、これはUnited Nations の国にも伝わったことだろう。迂闊にも、これを繰り返した。交渉のテーブルについた米国が、麻生が相手なら交渉しないと言うことが、いつでも可能な状態を麻生が作ってしまったということである。安倍が麻生を切れば任命責任が問われることだろう。これは稲田朋美の比ではない。切れば安倍も終わるということだ。安倍は切れない。ということは、安倍の政権を人質に取ったに等しいのである。よって、米国は表向き抗議しないことだろう。交渉の札は大事にしなければならない。
麻生の愚かさは、たかが身内の勉強会なるゴミ集会で笑いを取る行為で、日本国の国益を損なうことになったということである。麻生が、将来ドイツと組んで、米国を攻撃することを考えているのなら、そんなことは少しでも漏れてはならない機密情報である。そっちが本心であっても迂闊である。米国を攻撃するのは現実的でないから、北朝鮮と組んで韓国を攻撃するくらいが、フィクションの限度ではあろう。

麻生の自慢は、血統の良さとオリンピック出場である。血統は良くても、育ちは悪いとして、べらんめえ調で得意に話す。多くの時間を東京で過ごしているが、福岡県の出身である。自慢できる学歴はない。以前は、海外留学の記載があったようだが、自身のホームページで削除されている。学歴を自慢しないのは正しい判断のようだ。その理性を身内の会合にも活かして貰いたいものである。


ゴルゴ13に書いてなかったということなのだろう。

2017年8月29日 (火)

茨城知事に自公系新顔 安倍政権が全面支援 現職7選阻む

茨城県知事選は8月27日に投開票され、自民、公明が推薦する新顔の大井川和彦氏(53)が、7選をめざした現職の橋本昌氏(71)、新顔の鶴田真子美氏(52)を破り、初当選を決めた。内閣改造後初の知事選で、安倍政権は10月の衆院3補選の前哨戦と位置づけて大井川氏を全面支援した。惨敗した7月の東京都議選で対立ログイン前の続きした公明党との選挙協力も奏功し、政権運営は一息つく形になる。投票率は43.48%(前回31.74%)。
大井川氏は、現職では全国最多となる7選をめざした橋本氏について「継続ではこれからの茨城の発展はない」と多選を批判。経済産業省官僚やIT企業役員としての実績を訴え、支持を広げた。菅義偉官房長官を始め、閣僚や自民党幹部が次々と応援に駆けつけ、県議も全面的に支えた。現職の橋本氏は日本原子力発電・東海第二原発の再稼働反対を明確に訴えて選挙戦に臨んだ。原発が立地する自治体の現職知事としては異例の対応だ。無党派層の支持拡大を狙ったが、多選批判の影響は大きく、原子力政策についても急な方針転換への不信感などから支持は広まらなかった。原発の「廃炉」を掲げた鶴田氏も届かなかった。

  当 大井川和彦 (1)  無新 〈自〉〈公〉      497,361
     橋本昌       無現             427,743
     鶴田真子美    無新 〈共〉〈ネ〉〈新社〉  122,013
 

 ※〈 〉内政党は推薦・支持                   (朝日新聞:8月28日)


知事選挙について考える。

自民党幹部が大量導入された知事選挙である。森友学園問題、加計学園問題と叩かれる問題に事欠かない状態が長く続いている。自民党というより、安倍晋三の問題に近いが、これが伝統的な自民党の体質だと過去のことを思い返す人もあるかもしれない。そうなると、連鎖が続くという、続くではなく拡大してしまうから、何としてでも止めなければならないという位置付けの選挙となった。とはいっても、自民党の党員が関東で東京都に次いで多い県である茨城県だ。普通に勝利という流れなのだが、7選を目指して現職が自民を離れて立候補し、自民は公明もまとめて新人の大井川を推すということになった。つまり、保守分裂である。大量動員には意味がある。ついでに、内閣支持率の推移を下に示す。つい最近使ったばかりの使いまわしである。

■ 内閣支持率
    年・月    日経    読売    TV朝日  NHK
  2017年8月    46     42      38     39
  2017年7月    39     36      29     35
  2017年6月    49     49      38     48
  2017年5月    56     61      46     51
  2017年4月    60     60      50     53
  2017年3月    62     56      51     51
  2017年2月    60     66      55     58
  2017年1月    66     61      55     55
  2016年12月    64     59      52     50
  2016年11月    58     58      50     55
  2016年10月    60     57      50     50
  2016年9月    58     62      49     57
  2016年8月    58     54      47     53
  2016年7月    58     53      42     48


8月になって少し持ち直したが、十分に回復したとは言い難い。安倍不信が最大の要因であるから、地方選挙に自民党総裁は応援に行かないなどと言い訳しつつ、内閣と自民党とは違う雰囲気を醸して、支持層を固めるということになる。
現実的な分析としては、自民支持層は割れたので、公明の支持層とその周辺にあるF票が、大井川を勝たせたというのが正しいだろう。自民党が強い地域でこの程度であるということは、実質自民党である小池新党が争えば、公明党抜きでは負ける可能性が高くなる状況と思わねばならない。大井川の勝因としては、橋本が東海第二原発の再稼働について、「安全性と避難体制の実効性が確保されない限り原発の再稼働は認められない」などと、唐突に方針転換したこともマイナスに働いただろう。多選批判を受けても、これまでと変わらず安定した茨城県を続けると主張するのが、保守的な地域での正攻法である筈だ。方針転換して、保守層に不安を覚えさせてしまえば、多選による腐敗、これは安倍晋三とお友達の癒着の図式を思い起こさせる、を懸念させてしまって、マイナスが大きくなるばかりである。失敗である。


共産党、結構頑張ったと思う。安倍嫌いはここに流れたということか。

2017年8月24日 (木)

民進代表選、離党者対応で溝 前原・枝野氏

9月1日投開票の民進党代表選に向け、前原誠司元外相と枝野幸男前幹事長の両候補者は8月22日、日本記者クラブの記者会見に臨んだ。枝野氏は細野豪志前代表代行や長島昭久元防衛副大臣らの離党者を念頭に「しっかりと対抗馬を擁立する」と明言。前原氏は「総合的に判断する」と今後の連携に含みをもたせた。野党再編への姿勢でも温度差が目立った。
前原氏は東京都の小池百合子知事が実質的に率いる地域政党「都民ファーストの会」について「わかりやすい政治をしたことが都議選での躍進につながった」と分析。「大都市でこれからも地域政党ができるかもしれない。いろんな連携を取りながら力を最大化していく」と述べた。一方、枝野氏は「単独で政権を取る覚悟と努力が必要だ」と強調。「全国で本格政党として活動できる基盤は持っている。今ある地域基盤を強化することに全力を挙げる」と述べた。(日本経済新聞:8月22日)


民進党について考える。


民進党が忌み嫌う、というより、国民から見放された政権であった民主党のイメージを切り離したいというのが、この民進党の最初の課題だと認識しているようだ。よって、前回の代表選は蓮舫と玉木雄一郎が争ったのは目的に適っていた。しかし、今回は、前原と枝野で民主党色が強い代表選になっている。何をやっているんだか。
民進党のこの状況を打開する為に、議員個人として離党を考える者が出ている。通常ならこんな行動にはでないのだが、つい最近の東京都議会議員選挙で小池新党 (都民ファーストの会と称する) が旋風を巻き起こしたから、これにあやかろうと思う信者が増殖しているようだ。実際、都議会議員選挙でも選挙前に民主党系会派から都民ファースト系に宗旨替えして当選したという、御利益の恩恵を受けた都議会議員もいるようだ。
とはいっても、宗旨替えができるのは、民進党の右側に位置する人達に限られる。左側に構える議員には可能な御宗旨候補は、消滅の危機にある社民党か、さすがにこれは無理だという日本共産党となる。つまり、小池新党に流れ込んで地位を守ろうとする保守系の議員が、離党する可能性のある候補ということになる。
都知事である小池百合子の考え方は、新党によって首相になろうなぞとは思っていない。小池は過去に新党ブームに乗って国会議員になったものの、大臣になれたのは自民党であったときである。新党をチラつかせて自民党を揺さぶり、自分の価値を最大化した上で自民党に合流するのが現在描いている青写真だろう。小池が民主党の悪いイメージを引きずる民進党の議員を引き連れて自民党に合流するというのは、自民党内での地位向上にマイナス要因にしかならない。そもそも小池頼みの子分など、色の付いていない議員の方が都合が良いに決まっている。それからすれば、若狭だっていつ切られないとも限らない。

枝野が自民党に行くことはないだろうが、前原なら自民党であっても不思議はない。細野や長島と一緒に自民党に入党すれば良いだろう。自民党の古い体質を嫌ったこともあるのだろうが、"の"党の類で、継続して存在したものがない。一時のブームでは仕事は出来ないだろう。自民党に行かない理由は、究極的には埋没してしまうからに過ぎない。政治理念の一致などとほざている者があるが、同じ政党だから皆一致しているというのは、日本共産党か公明党くらいのものだろう。そもそも、野党で政治理念の一致もないものだ。野合と言われようとも、選挙で過半数を確保するのが、選挙命の国会議員の矜持というものだろう。


原理主義的な頭の固さが、国民の利益に通じるとは思えない。

2017年8月 8日 (火)

「日本ファースト」立ち上げ 小池氏側近が政治団体

東京都の小池百合子知事の側近、若狭勝衆院議員は8月7日、国会内で記者会見し、政治団体「日本ファーストの会」を立ち上げたことを明らかにした。設立日は7月13日。次期衆院選の候補者を発掘するため、政治塾を発足させることも表明した。9月16日の初回の講師には小池氏を招く。若狭氏は「有権者は自民でも民進でもない政党の存在を求めている」と語った。
7月の東京都議選で地域政党「都民ファーストの会」を率いて圧勝した小池氏の国政進出をにらんだ布石とみられる。野党第1党の民進党では、細野豪志前代表代行ら複数の現職議員が離党を表明。若狭氏らとの連携を模索しているとの見方もある。今後の野党再編のほか、安倍晋三首相が踏み切る衆院解散時期にも影響を与えそうだ。若狭氏は7月の東京都議選で都民フを支援。自民党を離党し、小池氏と行動をともにすることを明言している。今月6日のテレビ番組では、細野氏らと今後の連携に向けて協議する意向を示したほか、参加が見込まれる現職の国会議員についても、「(政党となるのに必要な)5人以上はいる」と述べていた。


政党名について考える。


都民ファーストの会であるから、国政政党となると、国民ファーストの会となりそうである。ところが、国民ファーストの会公認を掲げ、東京都選管の選挙公報でもそう記載された都議選候補がいる。後藤輝樹であるが、千代田区(定数1人)で立候補している。とはいっても、小池新党が国民ファーストの会を名乗ることは可能であるようだ。ややこしい状況が生じるから、好ましいことではない。共存して状態で、国政選挙となれば、衆参議員選挙比例選出議員選挙でどうするかということになる。後藤の会が、国政政党の要件を満たす可能性は低いから、比例区では小池新党が独占的に名称使用が認められたとしても、たとえば衆院小選挙区になれば、政党の名称保護の規定はないから後藤の会と競合することになる。マスコミ報道では、保護されない政党は、諸派扱いするのが通例であるが、選挙公報やポスターでは使用可能である。
後藤の会が、小池新党が国民ファーストの会の名称を使用した国政進出を睨んで、既得権を主張する為に名称を先に登録したという考えは成立するが、後藤がその通りですと言う筈もない。名称を売買するというのも、政党名であれば馴染まないところだろう。結論としては、国民ファーストの会の名称は使えないということになる。

若狭が、国民ファーストの会が使えないならと、日本ファーストの会なる名称を使うことにしたと仮定しよう。随分と国粋主義的な名称である。英語にすると、Japan First Party ということになろうか。おやおや、これだと、桜井誠が党首を務める日本第一党と同じである。桜井は、元在日特権を許さない市民の会の活動で知られる人物である。こちらは、国粋主義が似合いそうな団体ではある。
「の党 (会) 」、や「新党」という名称を用いる政党は、長く続くことはない。テンポラリーな使用であるのだが、本人たちは人気になりそうな名前と気に入るようだ。小池の経歴を確認すると、日本新党→新進党→自由党→保守党→保守クラブ→自民党→都民ファーストの会 と変わっている。保守クラブは、保守党所属の政治家が、自民党に加わる為の手続き上の存在に過ぎないから無視して良いが、非自民の保守政党の流行に乗って、自民党に行き着いたものの、そこでの存在感が薄くなったので他に動いたという様子に見える。このテンポラリーな政党を使って、自民党総裁を目指すと読めるのだが、穿った見方と言われるだろうか。


いっそのこと、Great Japan Patriotic Party の政党名を使って貰いたい。

2017年8月 4日 (金)

NECが小動き リチウムイオン電池から撤退

リチウムイオン電池事業から撤退する。電極を生産する子会社を中国の投資ファンド、GSRグループに売却することで最終調整に入った。投資負担の意味が薄らいでいると判断した。(日本経済新聞:8月3日)


NECについて考える。


NECの決算推移を確認する。下に示す。

■ NEC決算推移 (単位:億円)
  決算期       売上高       営業利益      純利益
  2017/03         26,650          418           273
  2016/03         28,248          914           759
  2015/03         29,355         1,121           573
  2014/03         30,431          691           337
  2013/03         30,716          920           304
  2012/03         30,368          420        -1,102
  2011/03         31,154           0           -125
  2010/03         35,831          494          114
  2009/03         42,156          -931         -2,966
  2008/03         46,171         1,122          226
  2007/03         46,526          163           91
  2006/03         49,299          149          -100
  2005/03         48,017          220           772
  2004/03         48,605          162           100
  2003/03         46,631          248          -123
  2002/03         50,842          -778         -3,079
  2001/03         54,097          930          566

1990年代にPCが失速し、2000年代にはDRAM事業が分社化し、半導体事業も分社化、2010年には携帯電話事業を分社化している。記事の自動車用電池の日産との共同開発は2007年に合弁会社が設立され、2010年に量産が始まった。日産とNECの組み合わせも、時代が時代なら不思議な組み合わせだが、そんな話を持ち出すご時世でもない。しかし、自動車搭載用には専用設計する必要があるのが専門家の認識であるから、電気自動車を開発する自動車会社は、電池会社と提携するのが必要ということになる。つまり、当時の日産、適当な天地会社がもうなかった、からすれば、NECしか候補がないという状態であった。電池が性能を決定する最大の要因であるのに、消去法で選ばざるを得なかったというところが日産の不幸である。
NECの事業売却は他にもある。オフィスコンピュータと称される製品がある。オフコンと呼ぶのが普通のようだが、略語は好まない。その昔、秋葉原で2F ミニコン売り場と看板があり、ミニコンピュータがあると喜んで2階に行ったらオーディオ機器しか見当たらなかった。ミニコンが、ミニコンポ (mini compo=和製英語だ) 、つまり小型のコンポーネントステレオを意味していた。オーディオ機器の展示があっても、DECのVAX-11が展示されている必要性もない。勘違いする方がどうかしているというものだが、ミニコンポと表示されていれば間違えることもない。
そのオフィスコンピュータであるが、この日本独自のアーキテクチャーである小型コンピュータは、1960年代から1990年代に全国の中堅中小企業や工場の情報化を後押しした。 しかし、1990年代、Windowsサーバーの登場で市場は一変し、年間出荷位台数は2000年の1万台から、2015年は1000台にまで落ち込んだ。 終わっているように見える商品だが、1万台以上がまだ現役で稼働中という。NEC、日本IBM、富士通が3強とされたが、NECが撤退を決めた。 2013年12月に新規出荷は停止しているが、既存顧客がある状況ではある。困った企業も沢山あることだろう。小さな事業所向けに最適化することが進むと、結果的にデータの汎用性に乏しくなるという傾向が出る。データの処理能力、容量が拡大している現在だと、データの汎用性を重視するが、どちらも不足していた時代の設計は、ベクトルが反対側に向いている。

上記期間で、売上高が半分になっているが、営業利益は似た水準で推移している。日本の巨大企業は贅肉が多いということになるのだろうが、贅肉と筋肉の区別など、ある瞬間の都合で決まるものに過ぎない。どっちも有効に使うのが経営者の手腕である。無能な経営者は使わずに壊死させると決まっている。腐ってから切り離しても仕方ない。腐る前に売ったとNECの幹部は説明するだろうが、このままで進めば十年後にはまた半分に売上高が減るかもしれない。何をするか、何をしたいかを明確に示すのが、緊急的に行わなければならない仕事であると感じる。


NECには半減期があるのだろうか。

2017年7月31日 (月)

昔の上司の思い出

古い特許の検索をしていて、社会人になって最初に配属された部署の上司の名前を見付けた。ファーストネームが珍しい人なので、フルネームで検索してみた。こんな仕事の動機など、単なる特許調査に厭きた気まぐれの悪戯に過ぎない。すると、歴史上の人物に混ざって、牧師のブログに登場している。何だか不快になったので、フルネームをダブルクォーテーションで括って検索する。歴史上の人物は霧散したが、牧師濃度が著しく高くなった。そして、5年前に亡くなったとあった。

入社するとすぐに米国進出が決定された。そして、半年ほどで上司というより、取締役から上司までのラインと、古い (と言っても入社5年前後である) 先輩たちが米国行きのメンバーに指名された。入社1,2年目の社員など予備役にもなれない存在である。当時の米国は、日本企業の進出を警戒し、就労ビザの発行審査がとても厳しくなっていた。これをパスする理由など見当たらない。実際、入社年次を経過している社員でも、審査に手間取っていた。その中でも、博士号を有する上司は別格で、ビザが下りるのが早く、半年したら先発隊として米国の子会社で勤務していた。つまり、上司であったのはこの半年間に過ぎない。
米国法人の設立は、当時でも現在でも、時代に無関係に無謀であった。製品の完成度が低いし、市場の要求が明確になっていなかった。特殊な限定された市場へアプローチするというような話を聞いたが、そんな市場などいつの時代にもありはしない。これに最も類似した市場は、とてつもなく高性能な製品を高価格で提供するというものである。しかし、これが成立するには、その先に高価格でも受け入れてくれる需要が確実であることが前提条件になる。つまりこのような市場は軍需である。しかし、軍事用の部品でもなかった。

日本と米国に分かれたまま開発作業は進展し、二年ほどで市場に受け入れられる程度にはなった。日本側には試作さえもままならない設備しかなかったので、量産工場である米国での生産という役割分担は必然的に決まった。この頃に、米国進出の上から二番目は、事業方針が合わずにいなくなった。四番目であった上司も立場は微妙であったと後で知る。一番上は、赤字会社を作ってしまったのだから、風当りは強かったことだろうが、この立場はその為にある。二年でここまで来たのだと胸を張るのが、このポジションというものである。

量産開始から暫くして、この元上司は米国で研究開発をすることになった。そんな時、日本に分析の依頼があった。どう考えても、米国の分析会社に依頼するのが正当な方法で、同じ会社であっても、日本に依頼すれば輸送費はかかるし、そもそも分析が専門でない部署への依頼である。結果の不安は、無駄銭の心配がある。そんな心配より、出銭を避けなければらない事情もあったのだろう。つまり、難しい立場であったということだ。
分析結果を報告してから幾カ月かしたら、元上司が日本に出張に来た。そのとき、ボールペンを貰った。通常の仕事を行って、何かを貰うという行為を好まない。しかし、免税店でほどほどの値段で買えるものと思えたから、有難く頂くことにした。
元上司はそれからほどなく退職した。米国資本の同業者に転職したという。十年近くが経過しただろうが、他所の取引先との打ち合わせで噂話に出た。そこでの立場も微妙であるのを窺わせた。何より、それから数カ月後には、その会社は会社更生法の申請をしてしまった。

元上司の奥様がブログを公開している。そこに、元上司がなくなる数カ月前に記したものがある。それによると、会社が倒産した際に、技術者をやめて、宗教家になることを決めたという。そして、それから日本の神学校で3年間訓練を受け、米国に戻った。牧会 (プロテスタントであるようで、神のみことばの説教と理解する以上の知識はない) を始めて4年で肺癌が見つかり、適当な治療法は乏しい状況であったという。亡くなったのはそれから2年後である。

誰かに連絡しようにも、5年の時間が経過している。元上司の家族には、米国出張時に1回家にお邪魔しただけのつながりしかない。それでも、もやもやした不快感を処理する為に、別のブログで亡くなったことを報告していた日本人牧師を知り、そこへメールをすることにした。失礼は百も承知の行為であるが、メールの文面を考えていて止まってしまった。同じ宗派であるのは当然だが、宗派は分かっても、キリスト教への理解が決定的に不足している。人の死に対する考え方は、宗教の違いにより決定的に異なる。普段意識することはないが、日本人であり、死生観については仏教の影響の元にあることを自覚することになった。
宗教的なニュアンスを極力排除するよう注意し、結果として、寂しいとか悲しいとかいう小学生の作文のような表現を用いることを受け入れメールした。その後、日本人牧師様から届いた返事も、クリスチャンではない者への配慮が行き届いたものであった。要らぬ気を使わせてしまった。
長い時間を経過してから人の死を知るというのは、まぬけな話だと思っている。恐らく日本人に対しても、この表現は誤解を生むだろうことを自覚する。知りようもない仕方のない出来事について、残念であることをまぬけと称している。それだけの話である。


ボールペンの先の金色は発色を失った。角も地の色が見えている。それに十分な時間である。

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