2017年12月 4日 (月)

15歳で知的障害理由に不妊手術強制 「違憲」と提訴へ

旧優生保護法のもと、知的障害を理由に同意なく不妊手術を強制され、憲法の保障する幸福追求権を侵害されたとして、宮城県の60代女性が来年1月にも、国に謝罪と賠償を求める訴訟を仙台地裁に起こす。原告側によると、同法による不妊手術の違憲性を問う訴訟は全国で初めて。
原告側によると、女性は幼い頃の麻酔治療の後遺症で重い知的障害が残り、不妊手術を受けさせられた。情報公開請求で7月に宮城県が開示した手術台帳には、「遺伝性精神薄弱」を理由に、15歳で県内の病院で卵管を縛る処置を施された記録があった。女性が事前に国や県から説明を受けた記録はないという。12月3日、東京都内であった障害者のシンポジウムで女性の60代の義姉が経緯を説明した。親族に障害のある人はおらず、「手術するために『遺伝性』という病名をつけたのではないか。納得できない」と訴えた。(朝日新聞:12月3日)


インターネットの書き込みについて考える。


記事の内容について記述する能力は有していない。しかし、この記事をニュースとして流すヤフーニュースのコメント欄に強い違和感を覚えたので扱うことにする。

コメントの代表例を示して進める。当時有効であった法律があるのだから悪くないという論理があった。この手の無理解は厭きれるよりない。原告が訴えている相手は国である。手術した医師や、手術に同意した親を訴えているのではない。これなら違法性はないで済む話だ。しかし、旧優生保護法が人権侵害を引き起こす欠陥のある法律で、それを放置したまま運用を許した国は、原告の幸福追求権を侵害したという論理で構成されている。重要なのは、旧優生保護法の目的として考えられていた、遺伝性の障害の拡散がないのに、それが懸念されることにしたと推定されるから訴訟を起こしたという事実である。それほど難しい問題ではない。この短い引用で充分表現されている。不足しているのは、一般法規と憲法を同列に理解するという拙さである。

障害があっては、子供を育てられないから、不妊手術は当然行われるべきことだというのも目に付いた。子供養育に国家資格が必要と考えているようだ。確かにコメントを読んでいると、そんな人物が沢山いる様な気になってくる。しかし、子供養育条件を満たす者などどこに居ようか。子供が生まれてから親になる。その前に何が分かるというのか。健康そうで、経済力もあって、それで子供を虐待する親を選別する手段でもあるのだろうか。
同様のコメントで、障害者が子供を産めば、税金で面倒を見るだけだから、社会全体として経済負担が増えるだけのお荷物だというのがある。今日、障害者の補助など、過去の手厚く扱われた時代に比べれば慎ましやかになったようだ。慎ましやかが妥当かどうかを知りたければ調べれば良い。実際のところ、苦労の多い生活を送ることを知るのはそれほど難しくもない。コメントは障害者の家族は、貧しい前提になっているようだ。平均より豊かな家庭もある。そちらの方が行政の支援は届き難くなる問題もあるのだが、まあ、ここまで複雑なことを考える者なら、不用意なコメントなんぞを書く筈もあるまい。

知的障害はあっても性欲はあり、本能のままに周囲を対象として、犯罪に繋がることがある、というのもあった。そのような事例もあるだろう。犯罪は処罰されねばならない。しかし、しそうだからと処罰する危険性について考えなければらない。準備罪とか予備罪とかいう呼び名の罪名がこれにあたる。先ごろ国会で話題になった、テロ等準備罪というのが代表的である。既にあるものに殺人予備罪がある。2年以下の懲役刑となっている。死刑または無期もしくは5年以上の懲役になる殺人罪との落差を感じよう。思想良心の自由に踏み込むことに慎重なのは、憲法に抵触する恐れも考慮されてのことだろうが、社会秩序からみて当然というのが今日の人権意識というものだろう。少数の例外で全体を代表させるという、大胆な論理展開である。


以前からこのブログで書いている様に、差別を嫌う立場を取っている。差別というのは、自分で決定不能な事実に因るものと理解する。学歴や職歴は自分の責任なので合理的な区別の範囲である。出身地や性別、年齢は自分で決めようもないから差別である。障害の有無も差別である。だから、心神耗弱や心神喪失で刑事罰を減じたり免れたりすることを許さない。少年犯罪の扱いも大人と同列で良いと考えている。障害や年齢は自己決定不能であるから、これを減刑の理由に用いれば差別に合理性を与える。少年犯罪を更生の機会を与えるなどというのは、子供を見下した主張と考えるのである。更生の機会を与えるのに反n対はしない。しかし、それは大人も子供も同列である。

分からないという事実に謙虚に向き合う姿勢がないのが、ネット空間でのコメントである。刹那的な思い付きで、他人を傷付けるのが好みの様だ。それで一向に構わないのだが、何かを考えるきっかけになるのならそれでも良い。それにしても、書き込み文章が似ているのはどういう訳なのだろうか。IDを取り換えて沢山投稿する者もあると聞くがご苦労なことだ。内容に乏しい者ほど激しく主張するというのは、国会で良く見られる光景ではある。国会議員が国民の代表である、つまり、ネットの民と同質であることを示している。ネットの民は、自分たちの代表が国会にいることに誇りを持つと良かろう。


障害者が何も出来ないという主張は、障害者を何も分かっていないという事実と驕りを示す。

2017年11月 7日 (火)

トランプ氏歓迎の夕食会、元慰安婦招待 「独島エビ」も

韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が11月7日夜、トランプ米大統領らを歓迎するために青瓦台(大統領府)で催した夕食会に、日韓が領有権を主張する島根県の竹島の韓国名を冠した「独島(トクト)エビ」を使ったメニューが出された。夕食会には元慰安婦の女性も招待された。
大統領府の報道資料によると、「独島エビ」は春雨の炒め物の材料に使われた。竹島がある日本海で捕れたとされる。大統領府はねらいを説明していないが、米国側に竹島の領有権をアピールした可能性もある。夕食会に招かれた元慰安婦は、慰安婦問題をめぐる日韓合意の破棄を主張している李容洙(イヨンス)さん(88)。米国でも積極的に証言活動を行っている。夕食会でトランプ氏は李氏とあいさつを交わし、抱擁した。(朝日新聞:11月7日)


トランプ大統領のアジア歴訪について考える。


5日の午前10時過ぎに上空に大きな音がするので見上げると、そこにはいつもの軍用貨物機である C-130 の姿はなく、プロペラではなくジェットエンジンで、グレーの塗装ではなく、白地に青の塗装であった。トランプ号だ、と思ったが、それでない方であったかもしれない。羽田空港に降りることも交渉可能だろうが、米国のコントロール下にある飛行場である横田基地に着けるというのが米国の流儀である。東京周辺の上空の管制権はいまだ連合国軍最高司令官総司令部が担う状況にある。それでも少し日本に返還されたのではあるが。支配される国の国民は、空の上を行く支配国の飛行機をただ見上げるのである。念の為に記すと、連合国軍最高司令官総司令部は1952年に廃止され、現在では在日米軍になっている。
武器商人としてアジア各国に向けてセールスを行うトランプは、日本では北朝鮮の脅威を強調し、今回の韓国では北朝鮮と中国の脅威を理由に、もしかしたら日本の軍備強化への対応も含めたかもしれない、それで武器のセールスをしていく。この後の、中国では商機は乏しいかもしれないが、ベトナムやフィリピンなら中国の脅威が使える。武器が売れるなら、日本と韓国で違う話をするくらいなんとも思わない。そんなものだろう。

日本政府は随分とトランプにご機嫌伺いをしたようだが、韓国も負けてはいない。それでも、日本と彼の国とは習慣に差があり、主張の強さに差が大きくある。まあ、彼の国からすれば、この国の方が主張が激しいと批判される可能性もある。独島エビなる種類が存在するのを寡聞にして知らないが、報道によるとその場所で獲れたもの程度の意味ということだ。緩い定義であるが、過去から習慣化された言葉でなければ、間抜けな用法と笑われそうだ。この国ならと注釈を付けねばならないか。
元慰安婦を出すのは常習化している。人権問題として扱うべき事柄であるが、政治の道具として重宝している様子が見て取れる。日本軍の連行が事実でなく、朝鮮人が騙したという事実があったにしても、日本軍が横暴であったとする"事実"を動かすことはないから、韓国が歴史的な事実を調査することは今後も現れないだろう。歴史的な事実と異なるとする主張は、意味がない話である。朝日新聞の責任だというのも、局所的には正しくても、全体としてはさしたる意味など無い。韓国の都合に合った事実が重要で、朝日新聞の報道など傍証の一つに過ぎない。それなら何もしないでいるのかと主張する者もあるだろうが、声高に否定すれば悪さをした事実を隠そうとしていると主張するだけのことだ。静かに事実を調べ、公表する活動を継続するだけのことである。一般に、朝鮮語を操る日本人が少数しかおらず、軍人にそんな人物がどれほどいたか、いたとしたらどんな仕事に従事したかを想像すれば、朝鮮人の徴用など日本軍人が使いやすい朝鮮人に依ったものだと想像が付く。しかし、中曽根康弘が、「土人女を集め慰安所開設」と『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)と寄稿しているのだから、軍が何もしなかった訳でもあるまい。歴史調査というのは、自分にとって有利か不利かで取捨選択を行う種類の仕事とは決定的に異なるものである。


アメリカ人は随分と下品な振る舞いをする者を大統領に選んだものだ。この程度でも大統領になれると言う事実が、彼の国において大きな希望になっているのだら、よその国が批判する筋合いでもないが。

2017年10月27日 (金)

落選の希望・若狭氏、政界引退を表明 「年齢もある」

希望の党の小池百合子代表の側近で、今回の衆院選で落選した同党の若狭勝前衆院議員(60)は10月26日、BSフジの番組で「政治活動はいったんここで退く」と述べ、政界引退を表明した。
若狭氏は、小池氏が地盤としていた衆院東京10区を引き継いだが、自民党前職に敗れ、比例復活も逃した。若狭氏は「希望の党の後方支援をしていくが、年齢もある。元気でも65歳を過ぎたら若い人や女性に譲るべきだと考えてきた。(選挙がすぐにないことを考えると)自分は例外ですよとは、なかなか言いづらい」と述べた。若狭氏は検事出身。2014年の衆院選で自民から比例東京ブロックに立候補して当選。16年10月の衆院東京10区補欠選挙で当選し、今年7月の東京都議選で小池氏が率いる地域政党「都民ファーストの会」を支援することを理由に自民を離党した。(朝日新聞:10月26日)


希望の党について考える。


小池百合子の欲望の視線にあるのは、民進党の金と地方組織であった。そして、それは無残にも失敗した。若狭は小池の腰巾着であるのに、何を思ったか自発的な発言をして混乱を引き起こしている。小池は腰巾着以下にしか思っていない様子があったが、若狭はそれ以上と自認していたということだろう。この手の相互理解の乖離というのは珍しくない。そして、立場の弱い者は消え去ることと決まっている。

若狭が髭を剃ったのは、小池に叱られたのか、選挙戦略だったのか忘れたが、髭を剃ったらその前の顏は忘れたし、髭の無い御面相が貧乏臭かったのは覚えている。しかし、髭があってもうさん臭くはあった。どっちがというより、どっちもというレベルの話ではある。
古いところでは後藤田正晴が内務官僚上がりの政治家であり、亀井静香が警察庁出身である。若狭は司法試験に合格して検察庁を選んでいる。前の二人より頭が悪そうに見えてしまうのは残念だし、重みも感じられないというのも致命的である。若狭には亀井が見せる愛嬌も感じさせない。手ぬぐいを鉢巻にして頭に巻いて、「これでいいのだ」と叫ぶ器量があれば世間に見方も変わるのだろうが、私は頭が良いと主張している様は、ひどく滑稽である。そして何より、この滑稽さを指摘する友人がいないということが致命的である。

自分の時々の都合で、自民にくっついたり離れたりしていては、その先に明るい展望など描きようもない。弁護士活動をするより、テレビのコメンテータになりそうだが、それもすぐにネタ切れになりそうで残念な人である。


頭の良さに確信があれば、バカになれそうなものだが……。

2017年10月24日 (火)

最高裁裁判官国民審査の結果

最高裁裁判官国民審査について考える。


今回国民審査を受けた裁判官名と結果を下に示す。

  裁判官名    罷免を「可」     罷免を「不可」
  小池 裕     4,688,017      50,083,865
  戸倉三郎     4,303,842      50,468,175
  山口 厚     4,348,553      50,423,434
  菅野博之     4,394,903      50,377,132
  大谷直人     4,358,118      50,413,894
  木沢克之     4,395,199      50,376,858
  林 景一     4,089,702      50,682,354


毎度の結果である。罷免に関心を持つ有権者が少ないので、無記入で投票する人が多いと言われている。投票所管理者に何も書かなくて良いのかと質問する人もいるという。実際、そういう人を目撃した。管理者は、書かなくても良いですと答えていたから、誘導したようになっていた。最高裁判所裁判官国民審査法での違反規定を確認したが、禁止事項にはなっていないようだ。ようだというのは、この手の法律の常で、明確に示されていない場合の判断は危険だという理性による。公職選挙法は極限的に「べからず集」になっているのと比べれば、リラックスした内容になっている。国民からの審査を受けるつもりなどなく、形式的な三権分立を維持する為だけの仕事と、司法も立法も、行政府は権力の中心は自身にあると信じるから、司法のことなど気にはしていまい。
背景の勝手な想像はひとまず置くとして、5,000万人の人は何も書かずに投票し、400万人の人がすべてを罷免するとしている。両方の極に正解があったにしても、検討して何かを見出すのに役にはたたない。もしこれらに正解があるのなら、国民審査は不要で、これ以外の実際的な方法で審査するか、何もしないでも良いのいずれかになる。司法がそれほどまでに不信感を持たれていては国の状況としては危険な水準で、大丈夫だと全面的に信任するというのも、無知と怠惰が組み合わさったと言う意味で、権力者の下に存在する豊かな奴隷になり下がったということになる。
最も罷免票を集めた小池が68万票で、最も少ない林が8万票である。(偏った審査投票を当然したことを前提にしている、念の為) 国民審査で右端の人に罷免マークが付けられる傾向があるとする都市伝説があるが、都市伝説以上のものではない。実際、林は反対側の端であるが少なく、二番目の戸倉は三番目の山口より少ない。百歩譲って小池に端なるが故に罷免マークが付いたにせよ、それ以降は同水準であり、林がその集団より少ない理由にはならない。
戸倉から大沢までの35万人程度が考えて罷免にマークをし、小池はこれと同水準だが、33万人の人が白紙はまずいと思っただけだとしよう。しかし、林が8万票に留まる理由にはならない。考えて投票したのならば、林だけの事情があると考えるのが合理的である。その理由は、先の参議院選挙に対する一票の格差裁判で、唯一違憲状態と反対意見を提示したのが林である。この国の有権者の中で25万人の人が、一票の格差に合憲とした裁判官を罷免すべしと考え、違憲状態とした裁判官を罷免する理由なしと判断して審査投票をしたという推定は外れているだろうか。

全国でたった25万人と思えば大したことはない。しかし、衆議院選挙で、たかだか10万人の投票を獲得した程度でも当選する。無視して良い数字ではないし、何となく自民党に投票したというような気分の問題ではなく、一票の格差について考えて、合理的な判決を下さない、つまり、国民の権利を重視しない裁判官は罷免して当然と行動したとすれば、この意見は少数意見として捨てて良いものではなくなる。


多数意見で押し通すのは悪い習慣である。

2017年10月18日 (水)

名残り火 藤原伊織

選挙中なので、離れた話にする。


藤原伊織は、1948年生まれの小説家で、東京大学文学部を卒業後、電通に勤務しているときに作家デビューしている。1995年に賞金1000万円を目当てに、『テロリストのパラソル』を江戸川乱歩賞に応募して受賞する。翌年、同作で直木三十五賞も受賞した。賞金でギャンブルでかさんだ借金を返済する為であるというのは、この手の小説家のイメージ作りである可能性もあるし、事実であるということもあるだろう。つまり、どうでも良い話である。本を手に取って貰う仕事をしている人には重要なことなのだろうが、手にした人間には無関係な話である。しかし、本を置いた後に誰かに話すときに役に立つかもしれない。それがどうしたではある。
電通を退社してから数年でガンになり、2007年に亡くなっている。多くの作品を残している作家ではない。そして、表題の作品が完成した作品としては最後のものになっている。正確に題名を記せば、『名残り火 てのひらの闇II』となる。1999年に発行された『てのひらの闇』の続編となっている。基本となる登場人物が一致するのは当然のことである。最後の完成作品としているが、月刊誌に連載されてものの全38章中第8章までは著者が加筆、改稿作業を完了していたという。つまり、改稿作業が済んでいない作品ではある。

この先は、内容に触れる部分があることを予め書いておく。
主人公の堀江の友人の不審死を明らかにしていくという物語である。女性は、死亡した友人の妻の奈穂子と、堀江の元部下である大原、飲み屋のナミちゃんというところである。藤原の作品で女性が魅力的に描かれているという批評を見掛けるが、女性の描き方としては下手な方だと感じている。藤原が描いているのは男だけで、そのコントラストで女が浮かび上がるという図式である。作品は違っても、多くの作品で男はいつも同じスタイルだから、この安定感が周辺を浮かび上がらせる。いつも同じと物語全体を括るのも可能だが、作家の描き切れる世界など幾つもあるものでもあるまい。
この作品では、大原がとても薄くなっている。主人公の近くにいる存在として女を浮かび上がらせるというのは、主人公の周囲も念入りに書き込まれなければならず、病気療養が続いたであろう藤原の体力の問題もあったのではないかと想像してしまう。命の長さを変えられないのなら、数カ月、一週間でもよい、藤原の体調が優れる時間があったのなら、もう少し完成度が高まったことだろうと、無い物ねだりをしてしまうのである。主人公の書き込みでなくても、大原に言い寄る軽い男たちをもう少しクリアーにすることで、大原の内面も浮かび上がったのかもしれない。少なくとも、女性のファッションで何かを語る作家ではない。

校閲でも気になることがある。ナミちゃんはサクソフォンを演奏する。サクソフォン、普通にはサックスだが、木管楽器であるから、所謂ラッパに括られることはない。少なくともサックス奏者が、ラッパと呼ぶことはない。また、経営者として成功した礼節を知る大人である三上が、各式の高い店の表現に、敷居が高いを使うことに違和感を覚える。堀江も同じ用法をしているが、こちらならギリギリ受け入れられる。堀江より一回りは上であり、世間で注目される経営者が台無しである。作家の問題でもあるが、別冊文春に連載されたことを考慮すれば、編集側にも責任がある。書いたものを活字に置き換える、現在では電子データであろうからレイアウトするかもしれない、だけで本ができる訳でもあるまい。


人はいつか死ぬという話に至ってしまう。

2017年10月17日 (火)

校長「トラブルない」発言、遺族の抗議で撤回 中2自殺

福井県池田町立池田中学校(生徒数40人)で今年3月に2年の男子生徒(当時14)が自殺した問題で、自殺直後に開いた保護者説明会で校長が「トラブルはなかった」と説明し、遺族の抗議を受けて改めて開いた説明会で不適切な指導を認めていたことがわかった。
学校や遺族によると、生徒の自殺を受けた3月の説明会で、堀口修一校長は「学校でのトラブルはなかった」という内容の説明をしたという。だが、男子生徒は家族に副担任から叱責を受けていたことなどを打ち明け、母親も学校側に副担任の交代を申し入れていた。母親は、別の保護者からその発言を聞き、「息子は副担任のことを嫌だと言っていたのに」と不信感を抱いたという。その後、有識者らによる調査委員会の立ち上げが決まった際、遺族側は町教委などに「校長の発言を訂正してからでないと、(調査委の設置は)『はい』とは言えない」と抗議。その後の職員の聞き取りなどの調査の結果を踏まえ、学校は5月に改めて説明会を開き、堀口校長は3月の発言を撤回。学校の体制や指導に問題があったことを認めたという。母親は取材に、「学校は責任について本当に分かっているのか」と批判した。堀口校長は10月17日、朝日新聞の取材に対し、「初期対応でご遺族の気持ちを思いやった対応をすべきだったと反省している」と話した。(朝日新聞:10月17日)


中学校について考える。


池田町は福井県の中央部に位置する周囲を山に囲まれた町である。谷間に人口は集中し、面積の九割は山であるという。面積は194km2あるが、総人口は2,677人、世帯数は958世帯(2017年8月末)に留まる。この人口である。小学校は町立池田小学校、中学校は町立池田中学校があるのみだ。高校については、福井県立武生高等学校池田分校があるが2017年度をもって募集停止し、2019年度の廃校が決定している。この町を走る鉄道はない。
周囲の都市 (といっても、特段大きな街ではない) との接続も悪いから、ここ町で中学まで過ごすと、将来の為の判断をしなければならない状況になる。池田町役場から県立武生高等学校までの距離は約20kmである。町役場に近く、JA付近にある池田町稲荷バス停からJR武生駅への平日のバス時刻表を抜き出すと下のようになる。

■ バス時刻表
   池田町稲荷    JR武生駅
     6:40    →   7:35
     8:40    →   9:35

   JR武生駅     池田町稲荷
     16:56   →   17:56
     18:56   →   19:53


県立武生高校や県立武生東高は、JRの駅より手前ではあるが、駅から遠く離れている訳ではない。池田町の西に位置する越前市にある。北東側にある大野市や北西側にある福井市の高校に通学するのは、山深い道路を使っての30kmであるから現実的ではないだろう。勉強する気があれば、福井市に下宿するという選択肢が現実的なものになる。なんといっても、池田町は特別豪雪地帯に指定されている場所である。

さて、事故の確認である。学級担任と副担任が生徒を執拗に虐めたことで、男子生徒が自殺したと報道されている事件である。校長がトラブルがなかったと説明したのは、心情的には理解するにしても正しい行為ではなかった。しかし、東京の大新聞社である朝日新聞が校長を責めるのも、少々行き過ぎを感じてしまうのである。なぜそう感じるかと言えば、学年の生徒数が1ダースを超える程度で、教員の数も最小限である限られた世界で構成されている。生徒が副担任を嫌だと主張しても、別のクラスがある訳でもない。そもそも教員もそれほどいない。これを我が儘でないとするなら、こんな雪の多い山奥の町など嫌だと主張するのも我が儘ではなくなる。特段の解決策も提示できない課題であれば、我が儘とするのは妥当な気もするが、生徒を思いやる立場の人は、解決できないから我が儘で片付けるのは配慮が不足すると言うだろう。解決できなくとの話は聞くものということだ。
生徒が越前市への通学に難儀するのと同じく、教員や職員も町外から通勤するのは大変な場所である。つまり、学校の教職員はこの小さな町の構成員である可能性が高い。校長が教員の問題行動を強調すると、替りの教員の手配は困難であると想像して頭を抱えた可能性は排除出来ないだろう。そして、自殺した生徒に問題があったとすれば、他の生徒に問題が波及する可能性があり、情報は実質的にオープンな状況で扱われることも予想される。耳を塞ぎたい気分だろう。
1ダースの同学年の生徒も、小学校の入学から一緒であった者が多くいるだろう。産業のある土地ではない。外部から流入は極めて限定的である。生徒が自殺したという事実から目を逸らしてはならないが、マスコミが報道するのに慎重であることを求められる案件である。なぜなら当事者すべてが実質的に大きな家族のような関係であるからである。家庭の中の出来事に外部の者が土足で上がりかき混ぜる様は美しくない。校長は隠蔽しようとしたと批判するのはもっともな主張である。隠蔽でないと、フルオープンになるとなれば、新聞記者でも少しは考えを巡らせることだろう。有識者らによる調査委員会とは誰なのか。町立学校での問題発生であるから、町の教育委員会が指名するのだろうか。これとて、大きな家族の中の誰かに過ぎないのではないか。

誰が悪いとする犯人探しをしてはならないというのが教育の現場のルールだと思う。しかし、限定的な領域での作業は犯人探し以外にはならないだろう。校長の責任を問い、担任や副担任を処分し、皆いなくなったが替りの教員はやってこないという結論に全力で向かうことにならないか。報道にこの臭いを感じるし、自殺した生徒の親に感情というのは、こんな町など滅んでしまえと思うものだろう。


「学校は責任について本当に分かっているのか」、その先の責任も負っているのが校長である。

2017年10月16日 (月)

楽天が「下克上」、西武を下し最終Sへ パ・リーグCS

プロ野球のクライマックスシリーズ(CS)は10月16日、メットライフドームでパ・リーグ第1ステージ(S、3回戦制)第3戦があり、3楽天が2位西武を5―2で下した。楽天は1位ソフトバンクと対戦する最終S(18日・第1戦)への進出が決まった。
楽天は一回にウィーラーの適時内野安打で先制し、四回は相手の暴投で加点。五回に1点差とされたが、八回にウィーラーのソロ、枡田の2ランで突き放した。五回途中から八回まで無失点でつないだ中継ぎ陣も光った。(朝日新聞:10月16日)


プロ野球について考える。


テレビを見たらプロ野球の試合を中継していた。クライマックスシリーズという興行のようだ。野球は概してだらだらと長い。国際大会など、4時間を超えていた。試合だけではなくリーグ戦においても、だらだらとゲームを続けるようだ。現在の試合数は、リーグ内対戦が25回戦総当たりで125試合、別リーグの各球団との交流戦が18試合で、合計143試合を1チームが行う。4月には始まって、10月に入ったくらいに終わる。つまり半年間ということだ。これの後に、クライマックスシリーズが2週間、日本シリーズが1週間続く。10月末に終わるということになる。プロ野球の契約期間は2月1日から11月30日だから、2月、3月が春の準備期間としてキャンプを行い、11月 (ポストシーズンの試合に無関係なら10月から) に秋季の準備期間があるということになる。放送コンテンツとしての価値のあるのは、リーグ戦とポストシーズンのシリーズ戦だけになる。マニア相手は有料放送で対応するだろうが、商業的に成立するのかは疑問がある。年間契約の付録といったところか。
さて、ゲームに感じた疑問である。どちらも同じ様なユニフォームを着用している。公認野球規則に規定されていた筈と確認する。その前に野球の規則は、アメリカの野球規則委員会  (The Offical Playing Rules Commttee) の行う "Official Baseball Rules" の改正を参考にしつつ日本で行われる。つまり、日本は独自のルールで、アメリカのルールは、改定に他国の意見を聴くなどということはないから、こっちも独自のものである。つまり、野球というか、Baseboll に国際規則はない。World Baseball Classic などという一見格式のある様な大会があるのに、ルールの統一ができないというのは嘆かわしい。国際野球連盟 (International Baseball Federation =IBAF) なる組織があり、その上には世界野球ソフトボール連盟 (WBSC) がある。世界で広く普及しているソフトボールの組織と統合され、WBSCの下部組織に野球とソフトボールがあるという図式になっている。ソフトボールと一緒になったのは、オリンピック競技への復帰を目指したものである。ソフトボールの方で世界の140の国と地域が加盟している。
話を戻す。日本のプロ野球が使っている公認野球規則は、国内の野球すべてに適用されている。この規則の中にユニフォームの項があるのは3章の用具・ユニフォームである。ユニフォーム規定がa項と、プロ野球に適用されるd項を下に示す。

(a)  同一チームの各プレーヤーは、同色、同形、同意匠のユニフォームを着用し、そのユニフォームには6インチ
   (15.2センチ)以上の大きさの背番号をつけなければならない。


(d)  リーグは次のことを規定する。
      (2)  各チームは、ホームゲーム用として白色、ロードゲーム用として色物の生地を用いて作った2組の
         ユニフォームを用意しなければならない。

      [注] アマチュア野球では、必ずしもホームチームのときは白色、ビジティングチームのときは
         
色物のユニフォームを着なくてもよい。


プロ野球ではホーム用が白で、ロードゲーム用が色物とある。記事の試合では、ロード用を用いるべき楽天が、ホーム用を用いたことにより、両チームが類似したユニフォームという混乱を招いた。胸のマークは違うから同じではないという解釈はあろうが、ユニフォームをホームとロードで区別しているのは、接触プレーなどでの区別を明確にする為のものである。ユニフォームの規定はアマチュアを含め、リーグに委ねられている。日本のプロ野球では、ユニフォームのデザインなどに変更が有る場合には、事前にコミッショナーの許可を取る必要があるとされている。CSはパシフィックリーグの承認を得て、西武が事前登録されている第三ユニフォームを使用することを希望し、楽天がCSシリーズを勝った場合に、福岡で同じくロード用ユニフォームを使用する都合からホーム用を希望したことによって生じた問題である。福岡でホーム用を用いれば問題はないのだが、そうはしなかったのは、両者の意地の張り合いということだろうか。

ホーム用であっても、ロード用であっても、似通ってユニフォームは使用しないようにするのがコミッショナーの役目である。西武の炎獅子ユニホームと称する第三ユニフォームを、楽天に類似するから許可しないとコミッショナーが判定すれば混乱はそもそも生じなかった。コミッショナーの力の無さが示されている。復刻版など多数のユニフォームが使用されている状況も、制限を掛けるべきことだろう。日本プロ野球はアメリカに倣ってフランチャイズを決めてきた。これを拡大して、緩やかにチームカラーを固定化する方向に進めるのが興行として重要になるだろう。ころころ色を変えるのは、金持ちのお坊ちゃんの我が儘にしか見えない。験を担ぐ気持ちは理解しても、職業野球である。許されないことがあって当然だ。


公認規則で、昔はホームが白、ロードがグレーと表記された気がするが、確認出来なかった。

2017年10月12日 (木)

衆議院議員選挙情勢調査

衆議院議員選挙序盤の情勢調査をまとめる。


新聞各社の情勢調査結果をまとめる。朝日新聞もあったが、数字の表現が具体的でなかったので、三社を選んだ。小選挙区、比例区、全体をそれぞれまとめた。結果を下に示す。

■ 小選挙区調査結果 (定数:289)
              読売    日経     毎日
  自民         140+    200      221
  公明           9      9       8
  希望           7      3       21
  立憲民主        5     10+      12
  日本維新の会     1              6
  共産                           0
  社民           1              1
  日本のこころ      0       0       0
  無所属         11     30-      20
  -----------------------------------------
  未確定        115     30       7


■ 比例区調査結果 (定数:176)
              読売    日経     毎日
  自民          60     55      68
  公明           21+     25      22
  希望           30+     27      39
  立憲民主        35     30+      21
  日本維新の会    10             11
  共産                         14
  社民           0      0        1
  日本のこころ      0      0        0
  -----------------------------------------
  未確定         6     28       25


■ 選挙全体調査結果 (定数:465)
              読売    日経     毎日
  自民         260+    255      289
  公明          30+      34      30
  希望          37      30       60
  立憲民主       40+      40+      33
  日本維新の会    14-      10      17
  共産          20-      20      14
  社民          1       1        2
  日本のこころ     0       0        0
  無所属         11      30-      20
  -----------------------------------------
  未確定        52      45       0


未確定数が読売の小選挙区で大きいが、全体になると小さくなる。毎日は全体を振り分けして整理している。当たる外れるはともかく、不確定性を強調してしまえば調査の意味がない。何かを材料に判断した方が分かり易い。

ここでの結果は、野党の選挙体制が整わないうちにという安倍の目論見が当たったと言える。小池新党の動きによっては情勢が変化する余地があったが、小池は個人プレーしか出来ず、組織運営に関する能力がまったくないことが露呈してしまったことで、成果の限界が低くなった。致命的なのは民進党立候補予定者に踏み絵をさせたとされる報道で、リベラルと称される労組支援の厚い候補者を切り離した。この結果が、連合の支援が無くなった、つまり、地方での選挙活動の戦力を多いに失ったこと、放り出された民進党立候補予定者が立憲民主党をつくり、反自民の受け皿になったこと、共産、社民の間接的な支援も生じたこと、そして最大の誤算は、判官びいきで心情的に立憲民主党が優位にたったことである。
小池の戦術は、強い者に攻撃されて、それに対して正当な主張をする、か弱き存在を演出することから始まる。民進党に対する対応は、攻撃する側にまわってしまったので、根の腹黒さが前面に表れてしまった。こうなると、計算高いことばかりが強調されることになり、小池新党である希望の党で立候補した候補者も当てが外れたことだろう。

このままの状況で推移すれば、自民の圧勝という結果になる。しかし、不用意な失言があれば大きく崩れる。小選挙区制ではその効果が大きく出る。未確定になっている分など、容易に変化することがあるというのが、過去の選挙で示されている。


まあ、乱立すれば、自民に有利ではある。

2017年10月10日 (火)

森友学園、再生計画案を提出 負債97%免除で分割返済

民事再生法による経営再建を目指す学校法人森友学園(大阪市)は10月10日、再生計画案を大阪地裁に提出した。負債総額約30億円のうち約97%を債権者に免除してもらい、残りの約9千万円を2021年度から10年間で分割返済するとの内容。12月にも債権者集会を開き、賛否を仰ぐという。
同日、籠池町浪理事長と管財人の疋田淳弁護士が大阪市内で会見し、明らかにした。幼稚園の再生に努め、現在65人の園児を21年度には約150人超とし、収益を弁済にあてたい考え。22年をメドに保育所の機能も持つ「認定こども園」に移行し、園児数の安定確保を目指すという。債権者集会の決議には投票者の過半数の賛成と、賛成者の債権額が過半数という二つの条件を満たす必要がある。再生計画案には盛り込まなかったが、学園は国に対し、大阪府豊中市の国有地に建つ校舎の第三者への売却を要請中。売却で負債を半減できる見込みで、疋田氏は「取り壊しは10億円かかる。売るという解決方法しかない」と強調した。一方、学園は園児や保護者らが起こした3件の訴訟で、和解したことも明らかにした。籠池泰典・前理事長=詐欺罪などで起訴=について、町浪理事長は「連絡していない。私が引き継ぐと決意してから、一線を引いている」と述べた。小学校舎の建設を請け負い、最大の債権者である藤原工業(大阪府吹田市)の代理人は「再生計画案への賛否は、校舎の転売について管財人や国との交渉を進めた上で判断する」と話している。(朝日新聞:10月10日)


学校法人の民事再生について考える。


民事再生で97%を債権者に免除してもらうというのは破格の条件だろう。前理事長が刑事被告人になっている状況を考慮すれば、債権者は 3%返して貰うより潰してしまって良いと判断する可能性が高い。再建計画にいろいろと仮定が多い状況であるのは致し方無いのだが、そもそも政治家と癒着して甘い汁を吸おうと思ったことが、方々でほころびが生じたという事実と重ね合わせれば、検討不足というより、後ろ暗い仕事の結果と覚えたならない。
国から入手した土地の処理と、その上に建設した校舎の扱いが債権処理の中心課題である。これなら、民事再生ではなく、破産処理でも何も変わらない。従業員の雇用の維持や、取引先の商売の継続も、この学校法人ではあまり重要視される事情に乏しい。つまり、資金の回収のみとなると、経営能力に難がある学校法人は精算し、建物等を類似した学校法人に引き取って貰うというのが、回収額を最大化するのに有効な方法になるだろう。そんなことは債権者は百も承知であろうから、校舎の転売を行うことの重要性を主張する材料として、成立し得ない民事再生の話を表にしているように映る。これが有効な手段だとも思えないが、他に手段もないだろうし、安倍昭恵の名前に乗っかって美味い話に乗っかろうとしたことを隠すには、このような手続きが欠かせない事情があるのではないかと想像してしまう。


籠池泰典が被害者ぶっては、債権者が可愛そうではある。

2017年10月 2日 (月)

比例自民24%、希望14% 内閣不支持、支持を逆転

共同通信社は9月30日、10月1日の両日、衆院選に向けて有権者の支持動向などを探る全国電話世論調査(第2回トレンド調査)を実施した。小池百合子東京都知事が代表の新党「希望の党」が結成後、初の調査となる。比例代表の投票先政党は自民党が24.1%で、希望の党が14.8%となった。内閣支持率は40.6%、不支持率46.2%となり、前回調査(9月23、24日)から逆転した。
前回調査では、希望の党について「小池氏の側近らが結成する新党」と質問していた。自民、希望以外の比例代表投票先は、公明党が4.9%、共産党が4.9%、日本維新の会2.4%、自由党0.3%、社民党0.1%、日本のこころ0.4%となった。「まだ決めていない」は42.8%。衆院選後、衆参両院で指名される次期首相について、安倍晋三首相(自民党総裁)と小池氏のどちらが望ましいか尋ねたところ、安倍氏が45.9%、小池氏は33.0%だった。「分からない、無回答」は21.1%だった。(共同:10月1日)


支持率調査について考える。


選挙モードに入っているときに重要なのは、内閣支持率ではなく具体的な投票あ先であるとされる。まあ、そんなものなのだろう。ということで、解散が決まって以降の調査結果をまとめてみた。各社の発表値をそのまま転記しただけのものである。各社の質問形式の違いや、政党の並び方など、影響を与える要素はたくさんある。新聞社などの読者調査ではないから、会社の影響は受けないと思われるが、厳密に無関係とはならないだろう。少なくとも、各社を併記することで、N数を大きくして統計的な信頼性が高まるという可能性を信じることにして下の表を眺めてみる。

■ 各社調査「比例区ではどの政党に投票したいか」
   調査会社      共同     朝日     毎日      読売      NHK
  --------------------------------------------------------------------
  内閣支持率      40.6%     36%      36%       43%       37%
  不支持率       46.2%     39%      42%       46%       44%
  --------------------------------------------------------------------
  自民党         24.1%     32%    32%‐25%     34%      30.8%
  希望の党       14.8%     13%    17%‐19%     19%       5.4%
  公明党         4.9%      6%     5%‐5%      6%       3.8%
  民進           ―       8%     7%‐8%      ―       3.9%
  共産党         4.9%      5%     6%‐5%      5%       3.3%
  日本維新の会     2.4%      3%     4%‐2%      2%       1.0%
  自由党         0.3%      1%     1%‐1%      1%       0.3%
  社民党         0.1%      2%      1%       1%       0.6%
  日本のこころ      0.4%      0%      0%       0%       0.0%
  まだ決めていない  42.8%     29%    16%-17%    25%      40.4%
  答えない                                  7%      10.3%
     
  ※ NHKは支持政党/決めていないは支持政党なし

NHKは通例の調査になっているので、投票先ではなく支持政党になっている。これは参考にするとして、共同通信と新聞三社の結果は、傾向としては似ている。その調査も前回 (内閣改造後) 回復した内閣支持率が悪化し、不支持が増えている。最大与党が投票先になる割合が30%を切るようでは危険だと言われるようだが、共同、毎日ではこの水準に達している。安倍の解散判断が自民にとって良かったのかは、選挙結果で示されることになるが、現時点の評価が難しいのが、希望の党が不確定な部分が大きいことにある。民進をすべて飲み込むことを前提の調査と、両党が存在する調査になっていることが比較を難しくする。加えて、どちらにもなりそうでないから、結果は大きく変わりそうである。
小池は意味不明な政策を掲げて、意味不明は失礼か、両立不能な可能性のある言葉を吐いている。もう少し説明が必要だが、時間がないことも影響しているのだろう。小池が示しているのは、首相になりたいというギラギラした欲望である。これはくっきりと示されているから嘘はついていない。言葉など、欲望達成の為の手段に過ぎない。都知事選以降、小池が放つ言葉は、綺麗に聞こえるのだが、実行性はまったくなく、必ず先送りする、という特徴を有している。矛盾が方々にあっても、それだけのことと理解しているのだろう。批判しても始まらない。
少しは書かねばならないだろう。 寛容な改革保守政党を目指すという。希望の党に参加する元日本のこころの代表である中山恭子は、ガチガチの保守というより極右と呼んで外れてはいないと思う。明確なのは、寛容や改革が馴染まない存在である。参議院議員である中山恭子があわてて参加したのは、夫の中山成彬を当選させるのが目的である。中山成彬とは日教組批判以降の発言で、自民党を追われた身の上である。極右候補を連合が推すというのは、滑稽というか、時代が変わったと思うよりない。一方で小池は、憲法改正や安全保障関連法への態度で選別するとしている。この考えはあって良いと思うが、多様な人生を送ることのできる社会とは肌合いが違いそうだ。排除したいのは、自分より偉そうな人物という、しっかりとした小池基準があるようだが、きちんとした「しがらみ政治」を志向している様子が窺える。

小池が欲しいのは、民進党の持っている資金と、全国に広がる労組という支持母体ということだ。資金と組織が乏しい新党は、雰囲気でブームに乗るよりない。とはいっても、沢山の議員を当選させるには資金と組織が必須だ。小池は中山を迎え入れて、労組臭を薄めたかったのだろうが、複雑な臭いは腐敗臭により近付いたようだ。イメージ戦略としては失敗だ。まあ、若狭の不潔さと同じカテゴリーに分類されるだろう。
小池の目標は、自民公明を過半数割れに追い込み、希望の党の子分議員を一定数集めて自民との連立に流れ込むということが現実的なところだろう。この期に及んでは労組は不要だし、自民より過激な右翼は印象が悪い。もっとも嫌うのは、小池より偉そうにする人物なので、事前選別をするというのが、今回実施している踏み絵である。これで小池までダーティーなイメージになった。

ところで、安全保障が選挙の争点になっているようだ。具体的には、北朝鮮問題である。日本政府の立場は、朝鮮半島北部を占拠しているのが北朝鮮ということになる。国家として北朝鮮を認めている、つまり国交のある国は164カ国である。国連加盟国が192あって、国交がないのが26カ国ということになる。日本が認める韓国と国交があるのは188カ国でないのが4カ国となる。4カ国は北朝鮮の他に、シリア、キューバ、マケドニアである。どっちも国と認めるのが国際的に主流であるのに、日本は片側のみを認めている。
北朝鮮の軍事行動について確認する。北朝鮮が軍事独裁国家状態にあり、国の使える資金の多くを軍事に投じたとしても、国家予算が7500万ドルの国であるのだから知れたものである。米国の国防費は5000億ドルを超える。米国に戦争を仕掛ける国ではない。確実なのは戦争をしたら勝てない。国家が無くなってしまうほど規模が違う相手に、攻撃することを示唆している。この国への対応として、日本が防衛費を増やしても危険性に変化はないだろう。だから防衛費は不要だというのも違うが、防衛費だけで片付く問題でないことも明らかだ。
ということを踏まえて、と長いフリがあっての話である。朝鮮半島はひとつの国である。一つが韓国であるか、北朝鮮であるかは日本の知るところではない。つまり、朝鮮半島における、朝鮮民族の統治に関する問題、簡単に言えば内政問題である。韓国も北朝鮮も本音は別にあったにしても、一つの国であると主張している。ということは、内政不干渉の原則である。日本は韓国の政治体制の方が理解し易いし、受け入れ易いものである。しかし、朝鮮民族が主体思想を選ぶならそれは自由である。米国は内政不干渉の原則の例外規定である人道的介入を旗印に北朝鮮を追い詰めることだろう。しかし、日本がそれに付き合う理由もない。
北朝鮮が予告なしにミサイルを飛ばすのは問題であるが、人工衛星より高い高度で、日本上空を通過しただけのことだ。国防を大きな声で叫ぶ連中に、思惑が無かった例は過去にない。怪しげな主張をする政党に対して、朝鮮半島情勢は基本的に内政問題であるから、日本が積極的に関わる余地はないと宣言する政党があって良いのではないか。北朝鮮を無くすと過激な言葉を使っても、本当のところは、北朝鮮がそのままあった方が都合が良いという御都合主義が張り付いていそうだ。
かまってちゃん国家の北朝鮮も、国際ルール無視の子供国家の韓国も、あまり親しくなりたくない存在であるが、日本列島をカリフォルニア沖に移動できる訳でもない。北朝鮮の将来の面倒を誰が見るのが明らかにせよと、国連で発言したら叩かれるのだろうか。韓国は統一国家にするつもりがあるのか、中国が延辺朝鮮族自治州を拡大するのか、米国が信託統治するという時代でもあるまい (第二次大戦の結果、敗戦国から分離される地域と主張する論理は無理筋だろう)。ロシアが南下するというのも、極東地域の面倒を持て余し気味な状況を考えればテンポラリーな状態以外では可能性は乏しい。日本が介入すれば、大戦前に戻すつもりだと批判されるだけだ。何も出来ないなら、何もしませんと宣言するのも価値はある。小池並みのずうずうしさが必要だろうが、わあわあ騒いで何もしない政治家より優れた部分があると思うが如何だろうか。


枝野が代表になれば分裂すると言われたが、前原は投げ出しただけだった。

2017年9月28日 (木)

参院選、3.08倍差「合憲」 合区後の一票の格差 最高裁

合区が初めて導入され、「一票の格差」が最大3.08倍だった昨年7月の参院選について、最高裁大法廷(裁判長.寺田逸郎長官)は9月27日、「合憲」と判断した。合区による格差縮小を評価した。その上で、二つの弁護士グループが各地の選挙管理委員会に求めた選挙無効の訴えを退ける判決を言い渡した。
この日の判決は法改正に伴う格差縮小を評価しつつ、再び拡大することがないよう釘を刺した。自民党では、地元の不満が強い合区を改憲によって解消しようとする動きがある。格差が広がる懸念があり、国会の対応が問われる。最高裁が2010年と13年の参院選で連続して「違憲状態」と判断したことを受けて、国会は15年の公職選挙法改正で、鳥取と島根、徳島と高知の合区を含めた「10増10減」を実施。格差は13年の4.77倍から3.08倍に縮小した。この日の判決は「参議院の創設以来初の合区を行い、数十年間にもわたり、5倍前後で推移してきた格差が縮小した」と評価。15年改正の付則に「19年参院選に向けた抜本的な見直し」が明記され、さらなる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されたとして、「違憲の問題が生じるほどの著しい不平等状態とは言えない」と、合憲と結論づけた。一方で、判決は選挙制度の仕組みを決める上で、投票価値の平等の要請が後退してもよいとはいえないと指摘。ただ、唯一の基準ではないとも述べ、都道府県の意義や実態などを一つの要素として考慮しても、国会の裁量を超えるとはいえないとの考え方を示した。 裁判官15人のうち、11人の多数意見。鬼丸かおる、山本庸幸両裁判官は「違憲」、木内道祥、林景一両裁判官は「違憲状態」とする個別意見を示した。(朝日新聞:9月28日)


一票の格差について考える。


このブログの定番ネタになっている一票の格差問題である。真面目に調べているのを三つ挙げるとしたら、大学教育と犯罪者問題と一票の格差となる。この隙間を、企業決算に関する数字で埋めていたが、最近は政治の悪口になっている。無駄なことなら書かなければ良いが、少しは読んでくれる人もいる。読者の為に書くほどの仕事をしてはいないが、書いておけば何かの役に立ちはしないかと自分自身の備忘録程度の価値はあろうと信じる。

さて、一票の格差の話である。1946年に公職選挙法が制定された。当然、選挙権について等しくあるべきだとする考えはあった筈だ。しかし、1947年当時、衆議院は 1:1.51 の格差があり、参議院では、 1:2.62 の格差があった。つまり、原理原則と実務とはかけ離れたものになっていた。いや、むしろ、実務的な作業負担を考慮すれば、1947年当時の格差は今日においても許容されるべき水準との認識が、最高裁判所においてある可能性さえある。参議院は出発の 2.62倍が、前回 4.77倍であったものを 3.08倍まで近付けたのだから、合格点であるという判断である。国会議員が国民全体の代表であることを否定し、地域代表であることを宣言する行為である。裁判所は法律をつくりはしないが、法律の問題点を指摘し得る機関である。何度も指摘しているが、嫌いなことを二つ書く。

  ・ 最高裁が一票の格差を違憲としない一方で、統治行為論を持ち出す態度
  ・ 国会議員が議員定数や待遇を自分達で決定するお手盛り方式

最高裁が国会に係る問題について冷淡であるのは、政治家など不浄の者として見下しているのだろう。国会議員は最高裁など勉強だけしてきた浮世離れした存在と軽くみて、有権者に頭を下げる振りだけしてやり過ごし、自分は特別に選ばれた存在だと信じて、自信の懐は温かくすることに熱心になる。どいつもこいつも、真面目に仕事をしろと言いたが、真面目に自己保身に励んでいるとなれば、足す言葉も見当たらない。
一票の格差があることを前提に、予算関係の審議などの投票には、地域の代表であることを前面に出して、株式会社張りに議会での一票に格差を係数として乗じたらどうだろうか。自分の存在が半人前以下だと言われたらプライドも傷付くことだろう。それで修正しようと思うのなら価値はある。まあ、国民全体の代表だから許されないのだろうが。
今回の最高裁の判決は、一票の格差是正に努力したねとお褒めの言葉を国会が貰ったということである。国会議員は恥を知れ。勉強だけしてきたやつらに褒められなくて良い。褒めて貰うのなら、国民からだと、声を大にして叫べ。

衆議院議員選挙が行われるので、小選挙区の一票の格差を俎上に載せることとする。小選挙区単位で比べようと思ったが、資料が見つからず、都道府県の選挙区単位で集計するのは根気が要る作業となる。今回は諦めて、簡単に集計可能な資料がある都道府県単位で有権者数と定数をまとめて、都道府県の議員一人当たりの有権者数を計算した。2012年と2014年は選挙時の数字を用い、2017年の有権者数は発表された資料が無かったので、2016年9月の数字を用いて、今回の議員定数で計算した。都道府県単位で今回と前二回の選挙でのヒストグラムを下に示す。

■ 衆議院小選挙区都道府県単位
   議員一人当りの有権者数ヒストグラム推移 (単位:千人)
       2016年   2014年   2012年
  200     0      0      0
  220     0      0      3
  240     0      1      2
  260     1      0      1
  280     2      6      6
  300     7      10      9
  320     5      6      6
  340     11      9      7
  360     6      5      3
  380     4      4      3
  400     6      4      5
  420     3      1      1
  440     1      1      1
  460     1      0      0
  480     0      0      0
  500     0      0      0

議員定数が300、295、289と減っている。議員定数を減らして、なんとなく、小さい方が減っているように見えるから、格差是正に適切な仕事なのかなあ、とも思える。そこで、都道府県単位での統計値で比較してみる。

■ 衆議院小選挙区都道府県単位比較統計値
           2016年     2014年     2012年
 平均      368,023    352,416    346,533
 最大      448,955    434,024    428,835
 最小      241,393    238,477    210,185
 標準偏差    43,706     42,592     52,500
 総定数       289       295       300
 最大/最小     1.86      1.82       2.04


最大になっているのはいずれも東京で、最小は2012年が高知、残りは鳥取である。
今回選挙で更に改善されたかと思ったら、最大と最小の比も、標準偏差も悪くなっている。平均値±σ (標準偏差) の間に68% が収まるというのが、正規分布の示すところである。2σくらいまで行けば良いのだが、95% 入るということは格差が大幅に是正されたということであるから、ここまでいくとは思えない。
選挙区単位で分析しなければ意味がないという意見もあるだろう。実際、東京都の小選挙区数は25あり、鳥取は2である。これを統計的に同じ重みとして扱うのは不適当だと考えるのは合理性が高い。少なくとも、小池百合子の記者への返答より、高度な論理性があると認識する。それでもこんな数字の比較をしたのには訳がある。選挙制度が都道府県を管理単位に実施しているという事実があるからである。
小選挙区の区割り変更を実施するとき、市が複数に分割される場合はままあるが、県を跨いだ選挙区はない。記事の選挙区例で、複数の県がいっしょになった合区が扱われているが、これは分割ではなく統合である。小選挙区で格差を是正しようとすると、都道府県の境界を守ることが大きな障害になっている。都道府県など行政上の便利の為にある仕組みに過ぎず、国家の在り方とは別の種類の問題に過ぎない。しかし、過去の習慣から逸脱することを極端に恐れる行政実務家は、こんな乱暴な考え方を採用することは決してない。

一票の格差を衆議院の小選挙区で解決するには、都道府県の枠を超えなければならない。もし、都道府県に意義を持たせたいのなら、参議院は有権者数に選挙区の面積を乗じたもので格差をなくすとでもすれば良い。扱う面積の大小に根拠の一部を求めるのは意味もあろう。ただしそれは参議院に限られる。そんなこんなはまた何れ。


政党など壊れても良いが、壊れた者しか議員にならないのは問題だ。

2017年9月25日 (月)

衆院28日解散へ 首相が正式表明

安倍晋三首相は9月25日夕の記者会見で、28日召集の臨時国会冒頭で衆院を解散すると正式に表明した。衆院選は10月10日公示、同22日投開票となる。(日本経済新聞:9月25日)


衆議院議員選挙について考える。


先日予想した学校関係の問題で、議員を辞職し解散することを、安倍晋三が表明するというには見事に外れた。このブログを読んで、本気で聴き取り取材をした記者がいたのなら頭を下げるよりない。まあ、いないと思う。しかし、安倍は懲りもせず、過半数を切ったら下野するなどと口にしている。ドイツのメルケルなど、第一党であれば首相を続ける気満々である。メルケルはお腹が痛くなったりはしなさそうではある。安倍の問題は、言葉が軽いことに尽きる。
安倍の解散理由は問題隠しなのだが、これは表向きに使えないから、消費税の使い方なる珍妙な理由を持ち出した。その一つが高等教育の無償化である。過去に何度かこのブログで大学教育を扱った。その過程でシラバスを確認してきた。所謂Fランク大学では、日本橋学館大学のようにアルファベットから教えると公表していた大学も、開智国際大学に名称が変更、別の学校法人に吸収されたようだ、されてからは詳細を明示していない。それでも、短大のシラバスにはビジネスマナーのような講義で単位取得可能であるから、話題になった2011年頃と大きく変わった訳ではないだろう。高等教育の無償化を目指すなら、それに見合った人材についてのみ適用されるべきだ。となると、適用不可の人についてどう処理すべきかとなれば、それ以前の教育を充実させることが大切になる。大学になってアルファベットを覚えたり、分数の足し算を習わなければならない事情は、小学校の学習環境に問題があるからである。この状況の改善こそが、高等教育無償化以前に重要な課題である。
社会人が再度大学に行くことは良いことだと考える。そこに投資することで、確実なリターンが期待されれば、企業でなくても投資する。つまり、無償化する必要性は乏しい。逆に、リターンに乏しいのなら、無償化しても何も生み出さない。政府として、社会人の大学教育を推奨したいのなら、所得税の軽減などで充分なインセンティブは設けられる。

首相の都合で解散するのに、それを言い訳するから見苦しくなる。政党の為の手段に過ぎない。しかし、国会議員など選挙命で生きる身の上である。政党より優先すべきは、選挙に勝つこととなる。議員の行動を幾つか確認する。


■ 小池百合子(65歳)
希望の党の代表になった都知事である。自分の価値を最大化することが、すべての価値判断の中心と信じる政治家である。首相になるのが願望であるのだが、自民党で首相になるというのが正しい。新党をつくって政権を奪還するなどというのは、日本新党の経験で、手間ばかり掛る割にリターンが小さいと思っているのだろう。若狭や細野の話し合いは、見ていてまどろっこしいし、そもそも二人には世間へのアピールが弱いと判断しているようだ。その部分は正しい。しかし、この政治家は口からいろいろ賑やかな言葉が飛び出るが、都知事としての実務に何を貢献したのは分からないし、この先も不透明である。もしかしたら、これを機会に都知事を辞めるのが都民への最大の貢献になるのかもしれない。

■ 若狭勝(60歳)
参議院で落選して、衆議院の比例で当選したと思ったら、都知事選で自民党の推す候補ではなく小池を応援して、厳重注意処分を受けたと思ったら、小選挙区の補欠選挙には自民党公認で当選した。2016年の話である。そして、都議会議員選挙で、都民ファーストの会を応援する為に離党した。国政政党の準備に奔走しているが、若狭は世間で人気が出るタイプではない。本人は別の自己分析をしているかもしれないが、検察官出身というのも、明るい印象は感じないし、人相風体にうさん臭さは溢れていても、清涼感、普通には清潔感に欠ける。だから、小池からはいくらすり寄っても、利用するだけ利用されて、切られることになるのだろう。

■ 細野豪志(46歳)
当選6回の元民主党衆議院議員である。民主党時代には、民主党幹事長、民主党政策調査会長、民進党代表代行などを歴任している。つまり、民主党の幹部であったという訳だ。2017年8月に民進党を離党している。保守系の議員で、共産党との選挙協力に否定的な立場をとる。これはこれで自由なのだが、民進党はかくあらねばならぬ、そうでないから離党するという言葉を幹部が吐くようでは終わりである。終わりなのは、政党ではなく政治家の方だ。選挙区である静岡を中心に、民進党の中から引き抜きを掛けていると噂される。これだと、政治家としてより、人間として終わっている。

■ 長島昭久(55歳)
細野の仲間たちである。衆議院当選5回。民進党を2017年に離党しているのは、保守政治家として譲れない一線があるということだ。民進党の保守系の政治家というのは、自民党に入れて貰えない頭でっかちのお坊ちゃんにしか見えない。違うと大きな声で否定することだろうが、大きな声が真実を示しているようにさえ感じてしまうのである。

■ 松原仁(61歳)
衆議院当選6回で、民進党東京都連会長として、小池百合子率いる都民ファーストの会に都議会議員選挙で惨敗した責任をとり辞任した。小池百合子に負けたので、小池の引きいる政党に入るという政治家である。

■ 福田峰之(53歳)
衆議院当選3回の自民党議員で、内閣府副大臣であるが、副大臣を辞任し、自民党も離党する。最大の特徴は選挙に弱いことである。当選はすべて重複立候補している比例での復活である。選挙区に江田憲司がいるから仕方ないという面はあるが、この状態を自民党が許す筈もない。このままではダメだと判断し、希望を見出せるのは小池しかないと思ったのだろう。この部分は極めて理性的である。議員であることが、価値のすべてだと臆面もなく言い切れるところに、潔さを感じる。しかし、決して投票したくない人物ではある。

■ 平沼赳夫(78歳)
12期当選という保守系の政治家が引退を決めた。2015年に日本のこころから離党し、自民党に復党していている。次の選挙では、次男が立候補することを計画している。

■ 高村正彦(75歳)
自民党副総裁であり、当選12回を数える。引退を決めた。病気をしたようで、体力に問題があるという。安倍晋三を支援する立場で、歴代最長の副総裁であった。次の選挙には、長男が立候補することが計画されている。

■ 谷垣禎一(72歳)
自民党前幹事長で、当選12回である。2016年に自転車事故で怪我をし、幹事長を辞職した。一時、重体説も流れたが、回復はしているという情報もあった。しかし、選挙に立候補するまでの回復ではないと判断したのだろう。引退を発表した。

平沼が自民党に復党したのは、子供を国会議員にする為である。高村の場合も、体調に問題はあってにせよ、家業を継いでもらうということだ。福田は副大臣の職を投げ出しても、次の選挙に生き残ることを選んだ。ある意味、潔ささえ感じる。きっと民進党の当落線上の議員は、希望の党に光を見出すのだろう。細野はそこそこ選挙に強いのだろうが、他はどうか分からない。そんな思いの議員も沢山いるのだろう。小池に頭を下げて当選してもそれまでの話だろう。小池にとって国会議員は、使えるうちは使うが、使え無くなれば捨て去るだけの存在に過ぎない。


議員であることに価値はあるが、変節漢になっても議員であることに価値があるのか。

2017年9月21日 (木)

野田聖子の夫は「元暴力団員」報道 ネットでは賛否両論

野田聖子総務相の夫・野田文信氏(旧姓・木村)が「元暴力団組員」だと週刊文春が報じた。
ここ最近スキャンダルが報じられた議員は、離党や辞職など何らかの「けじめ」をつけるケースが多い。野田氏にも「辞職論」が出ている。一方で「『元』だからどうでもいいだろ」として問題視しない声もあがる。(J-CASTニュース:9月21日)


文春砲について考える。


相も変わらず制裁を加える週刊誌の報道である。目立った者を叩くことを読者が望むから、商業出版を行っている者がそれに応じるのは当然であるという論理だろう。社会的な存在、公器として存在するというのは、どんな企業でも社会の中の存在として公器ではあるのだが、それを自社存在の正義として主張すれば、行き過ぎが指摘されるものである。
読者が望むからと主張しても、これは商業出版であるということを示しているに過ぎない。売れれば良いのかの自問自答を繰り返しているのが、出版会社の歴史であろう。芸能人や有名人のスキャンダルをスクープするのが文春砲の定義のようだ。当然、週刊文春に掲載されなければならないのだが。なんだか、週刊文春の編集部は、何かスキャンダルを暴かなければならないと、過剰に負担を感じて仕事をしているように想像してしまう。スクープと称して報道される内容が、出し抜いた記事ではあるにしても、社会的な関心が乏しい、あるいは価値が無いものになっていると感じるからである。例えば、隣の奥さんが野良猫に餌を与えるのは、社会の迷惑になる行為であるが、隣の奥さんは有名人ではないから報道に適さない。逆に、有名人であれば、酔って道路にしゃがみこんだ写真も価値があるとなりそうだ。
今回の報道で、野田聖子は有名人であるが、その夫は有名人ではない。野田が総理大臣になれば、安倍昭恵程度の価値はあるが、安倍昭恵は自らの行動により問題を生じせしめて報道の対象になっている。野田の夫が現在も暴力団関係者であれば、反社会的勢力だと報道する価値も出てくるのだろうが、元となるとそういう訳にもいかない。夫は文信といい、かつて京都の指定暴力団会津小鉄会傘下の昌山組に、幹事として所属していたという。夫は1999年と2005年に逮捕歴があり、それぞれ刑罰を受けたという。前科があるのは自慢にならないが、前科をもって必要以上の差別を加えることは、社会的に許されない行為となる。百歩譲っても、本人に向かって言うならともかく、その配偶者に矛先を向けるのは行き過ぎとなる。この手の話の先にあるのが、出自や地域に対する差別ということになる。

このブログで犯罪者や暴力団に関する事柄を扱っている。そのどちらも嫌いだ。特別な人権派を名乗る気持ちもない。それでも、差別を許すとロクなことが無い。過去に書いたが、差別と区別の違いは、自分自身で決定可能な結果に係る事柄によるのは区別、それ以外は差別である。野田は自分で夫を選んだのだから、夫の過去も背負う必要があるという論理もあろうが、それは行き過ぎだろう。結婚した後については連帯して責任を負うというのも分かるが、以前はその限りではあるまい。政治家として相応しくないと言う論理も変だ。政治家など国民の代表に過ぎない。これに特別な才能を要求するから歪な世界になる。平凡な国民の一人が、代表として選ばれたとする。選ばれた代表は、選ばれる前も後も、沢山勉強してひとつの仕事を任期中に成せば良い。それが代表を選ぶというものだろう。
不倫問題を指摘される議員があるが、それは家庭内の問題に過ぎない。法律に倫理を求める世の人からすれば、不貞行為は犯罪ではない (離婚の理由にはなる)。離婚したことが議員の適正に欠くとする意見もあろうが、そうでない意見もあるだろう。政治家は宗教家ではない。普通の国民の代表に過ぎない。代表というのは、資質として優れていることを表さない。それだけの話である。

暴力団員が行動を制限される世の中である。しかもこの前に元が付く私人が、メディアを通して公表される理由もない。妻が政治家で、国務大臣で、将来の首相候補であるとしても、公表する社会的な理由に足りない。


前科者に冷たい週刊文春を宣言するのをお勧めする。

2017年9月20日 (水)

三菱自、SUV型のEV出展へ

東京モーターショーで  三菱自動車は9月20日、10月下旬から開催される東京モーターショーで多目的スポーツ車(SUV)型の電気自動車(EV)のコンセプトモデルを出展すると発表した。電動化や四輪制御の技術を進化させるほか、新たに人工知能(AI)を活用した機能を搭載する。
EVは日産自動車が「リーフ」を全面改良したが、SUV型は国内メーカーでは珍しい。三菱自は軽規格の小型EV「アイ・ミーブ」やSUV型のプラグインハイブリッド車(PHV)「アウトランダー」を販売している。得意とするSUVでEVモデルの開発を加速する。AIではヒト型ロボット「ペッパー」との対話などから運転手の意図や状態を理解し、情報を提供する機能を開発している。コンセプトカーでもこうした技術を活用するとみられる。東京モーターショーは10月25日から11月5日まで開催される。(日本経済新聞:9月20日)


電気自動車について考える。


三菱自動車の i-MiEV は2009年6月に販売開始であるから、自動車のモデル、特にエレクトロニクス技術を最初に用いたモデルとしては、随分と時間が経過している。電気自動車でないとしても、モデルの元になった i は2003年販売開始で2013年に生産終了となっている。自動車のシャーシはモデルチェンジ2回流用されるのが普通のようだが、14年というのはさすがに古い。i の方は、ダイムラー・クライスラーとの提携解消が開発時にあったりと複雑な経緯を経ているし、 i-MiEV はといえば、2010年にPSAグループへの供給が決まるも思惑通りには行かなかったと、三菱自動車の運命と同じく揺れ動いている。
親会社が日産になった今では、電気自動車市場での差別化を求めて、市場で売れているSUV仕様で再度参入しようという話である。SUVといっても本格的なものではないのは当然で、そもそも位階の充電での走行距離が小さいのだから、座席位置が高く見晴らしの良いSUVスタイルの電気自動車ということになるのだろう。電気自動車の最大の問題点が走行距離にあるのだから、4WDなど不要だし、タイヤも転がり抵抗の小さなものにしたいと、重量を小さくする流れが本流であることは明らかである。それでも売れなければ仕方ないということは動かし難いから、SUVスタイルの街乗りモデルというのが着地点になるのだろう。
i-MiEV が発表された頃は、ガソリン自動車との操作性の差異を小さくすることを重視していたが、最近の電気自動車やハイブリッド車では、アクセルを緩めた時に発生する回生ブレーキを積極的に用いるようになっている。ガソリン車との違いは大きくなるが、回生で得られるエネルギーが発生するなど燃費の改善に貢献する。こうした制御系のソフトウェアの見直しは当然行われるだろうが、それに加えてシャーシ系の最適化作業も必要になるのだろう。

結局のところ、三菱自動車の仕事は、日産に先んじて実験的な製品を商品化することに重点が置かれることになるのだろう。潰れた会社の生き残りなどこんなものだろう。


日産も一度潰れた会社ではある。

2017年9月19日 (火)

二階氏、森友・加計は「小さな問題」=石破氏「国民は納得せず」

自民党の二階俊博幹事長は9月19日の記者会見で、学校法人「森友学園」と「加計学園」をめぐる疑惑について「小さな問題」との認識を示した。
衆院解散が断行されれば、野党側は国会で追及する機会が奪われるだけに、強く反発しそうだ。安倍晋三首相が衆院解散の意向を固めたことに対し、民進党など主要野党は「森友・加計の疑惑隠しだ」と批判している。これに関して二階氏は会見で見解を問われ、「野党がおっしゃるのは自由だ。われわれはそんな小さなというか、そういう問題を隠したりすることは考えていない」と反論した。一方、自民党の石破茂元幹事長は19日の読売テレビの番組で、疑惑から「逃げ切れるかどうかは分からない」と語った。石破氏は「まだ納得していない国民が多い。きちんとした説明ができるかだ」と指摘した。(時事通信:9月19日)


議会解散について考える。


解散は首相の専権事項だという考え方が永田町では主流のようだ。そうは言っても、首相である安倍晋三が、丁寧に説明責任を果たすとした、森友学園問題、加計学園問題を取り扱わない手段として、国会を解散して良い理由もない。ましてや、少々耄碌しているのではとさえ思える口調で、二階が小さな問題と言ったところで、何が解決する訳でもないし、野党の反発は必至となる。耄碌したようには老獪なと同義であるのが永田町のようだ。つまらない小競り合いを起こすのも、与党にとって悪くないという判断があるのかもしれない。

自民党の中でも、二階は解散が自民党に利があると判断し、内心でそれは肯定しつつも、石破はその先のことを睨んで、問題がある行動ではないかと指摘する。つまり、自民党内でも揺れる部分が残っていると言える。
安倍が解散する理由として、最大の言訳が残っていることにマスコミは気付いていない。自民党内でも考えが及んでいないようだ。それは、安倍が解散理由として、森友学園問題、加計学園問題で国民に政治不信を招いたことをお詫びし、議員を引退すると説明することである。議会解散の必要性は、政治不信を一掃する為であるから説明が付く。この方法であれば、自民党を気の毒に思う、というか、安倍を批判し過ぎたと感じる国民が増えるから、与党議員の減る数は小さくなる。

国会議員を気軽に辞める訳がないと思う筋もあろうが、政権を投げ出した実績のある御仁だ。今回は、本人の他に、ものを考える習慣の欠ける妻も関わっている。粘り強く行動するというのから最も遠い位置で暮らしてきた。根気のいる作業など続けるつもりもあるまい。
おじいちゃんの悲願を掛けた憲法改正が遠のくなら、自分がする仕事などそこにはもうないということである。そんな説明をされたら、解散を止める理由はないだろう。


七条解散は制限されて良かろう。最高裁が判断することはないだろうが。

2017年9月17日 (日)

あやかり新党:目玉政策に「一院制」

小池百合子東京都知事の側近、若狭勝衆院議員は9月14日、年内の結成をめざす国政新党について、いまの衆参二院制を一院制に変えるための憲法改正を目玉政策に掲げる方針を発表した。新党結成に向けて協議している細野豪志元環境相や小池氏も賛同しているという。若狭氏は国会内で記者会見し「一院制に反対する人は新党のメンバーにはなることはない」と表明した。
若狭氏は一院制の導入が議員定数削減や国会運営費の削減につながると主張。「衆参で同じようなことを繰り返し審議することは、スピーディーな国会運営の観点で極めて問題がある」と述べた。「国会議員は自分の議席があるので一院制の導入に消極的だ。『しがらみ政治』脱却の象徴として取り組んでいく」と強調した。(日本経済新聞:9月14日)


あやかり新党について考える。


国会議員は選挙命である。基本的な考え方や、理念を共有する政党と、選挙協力するなどと口にするが、そんな条件を満たすのなら同じ政党になれば良い。それでも一緒にならないのは、選挙に有利な条件を考えての判断である。国民の為に、有権者の意見に耳を傾けなどというのは、選挙に勝つ方法として身に付けた処世訓の類に過ぎない。
民進党が日本共産党との選挙協力に積極的になれないのは、共産党の組織力で得られる票数と、共産党アレルギーのある労組などの逃げる票数との天秤判断が出し切れないからである。過去に自民党と公明党だって同じことがあった。自民党を支持する宗教団体票と、公明党を支援する創価学会票の比較である。一般には前者の方が多いと想像されるが、選挙に命を賭ける数は後者が優る。結果、実際に投票される票数で見れば後者が大きいというのが今日の判断である。そして、政権を獲得できれば、他の宗教団体の票も逃げないということを学んだ。つまり、勝って政権を獲得することに正義であるということだ。民進党にはこの経験が決定的に不足している。

若狭が目指す政党は、小池人気にあやかるという、あやかり新党に過ぎない。小池がこの行動に冷淡とも見える行動に留まっているのは、小池の今後が、自民党の軒を借りて母屋を乗っ取る計画であるからで、新党は手段に過ぎない。若狭は小池あやかりで活動しても、若狭の放つうさん臭さが強烈で、小池人気を抑えてしまう。小池はこのマイナスを知った上での利用であるが、若狭に自覚はないだろう。検察出身者だから信頼されると思ったら大間違いで、マイナス評価しかつかないものである。難しい試験を通ったことと、社会的な信頼は等しくない。
若狭もまるで分っていない訳ではなく、小池人気だけでは何もないと言われそうだから、あやかり新党の目玉政策に一院制を入れたという訳だ。一院制にするとなれば憲法改正の必要も出るし、いろいろと面倒なことが多い。そもそも、存在する参議院を廃止する法案を、参議院に通すのだから、簡単な訳もない。出来もしないことを一つ入れて置けば、努力していますと言訳できるので都合が良いという考えなのだろう。

小池としては、小池人気で走れる期間は一年程度と思っているだろう。つまり、党の綱領や基本政策などというものは、準備できない状態が好ましく、その期間に選挙になった方が好ましい結果を得られる。とはいっても、都知事のままで国政選挙に身を乗り出し過ぎれば批判されるのは必定である。自民党が選挙で負けて、小池に協力を求めてくるというのが最善の結果であるのだろう。



あやかり新党だから、小池以外にあやかる日が来るかもしれない。

2017年9月14日 (木)

五輪、24年パリ・28年ロス IOC、2大会同時決定 冷え込む招致熱に危機感

国際オリンピック委員会(IOC)は13日、ペルー・リマで開いた第131次総会で、2024年夏季五輪の開催地をパリ、28年大会はロサンゼルス(米)とすることを正式に決めた。パリでの開催は1900年、24年以来。ロスは32年、84年以来となり、ともにロンドンと並び最多3度目の開催となる。
総会にはIOC委員94人のうち85人が出席し、投票ではなく挙手で採決をして満場一致で決まった。2大会の開催都市が同時に決まるのは96年ぶりで、IOCのバッハ会長は「歴史的でとてもうれしい一日になった」と満足げに話した。2024年大会には当初、5都市が立候補していたが、巨額の費用負担に対する住民の反発などを理由に、ローマ、ハンブルク(ドイツ)、ブダペスト(ハンガリー)が撤退し、パリとロスだけが残った。大会開催の7年前に開催地を選ぶ従来通りの手続きで進めた場合、敗れた方の都市が28年大会に挑戦しない可能性もあった。近年の招致熱の冷え込みに危機感を募らせたIOCは2都市を振り分け、28年大会の開催都市も同時に決める異例の方針に切り替えた。7月、スイス・ローザンヌでの臨時総会で2大会を同時に選ぶ案を承認。24年を過ぎると選手村予定地の確保が難しくなるパリにロスが譲る形で、開催順についても7月末に決着していた。狙い通りの正式決定に、バッハ会長は「考えられる最高の開催都市二つだ」と喜んだ。(朝日新聞:9月14日)


オリンピックについて考える。


商業主義オリンピックへ移行したのは、1984年のロサンゼルス大会からとされる。1976年のモントリオール大会からと10億ドルの赤字とされている。この大会とて、3500万ドルという当時としては多額のテレビ放映料収入があった。これが焼け石に水になってしまっては、大会運営について根本的に見直さなければならないということだ。支出が大きくなってしまうのが根本的な問題である。前の大会のミュンヘンで、過激派による史上最悪のテロ事件が起たことで、警備コストが大きく跳ね上がったという事情はあっても、従来の延長線上での仕事の仕方が否定されたのは間違いない。ロサンゼルス大会の前に1976年米国開催予定であった、冬季オリンピック大会、コロラド州デンバーを住民投票の結果返上している過去がある。しかし、ロサンゼルス大会には他に立候補国がなかったから、返上の心配があってもない袖は振れぬということだ。なお、1980年のモスクワ大会は、社会主義国での開催であるから、赤字だからという事情が出てくることもない。国家の面子という問題に留まる。まあ、アフガニスタンの問題で西側がボイコットすることになったのだが。
そんな状況でのロサンゼルス大会であったが、以前からスポーツイベントが盛んであった地域でもあり、オリンピック使用に耐えうる既存のスポーツ施設が多かった。このことで、極力既存の施設を使うことが可能となり、支出削減に貢献した。また、選手村として大学の寮を使うなどのコスト抑制を行っている。ボランティアも徹底的に活用した。結果として、モントリオール大会で14億ドル以上もかかった運営費は5億ドル強に抑制された。もう一方の作業である。収入増の施策として大きかったのは、テレビの放映料であった。2億8700万ドルの放映料を得たとされる。このうちアメリカABCが2億2500万ドルで、これが、最低入札価格付きの入札制度による成果である。

以降のオリンピックはこの大会の経験が活かされている、というより、この方式以外の方法は採用できなくなっている。米国の大手テレビネットワークの都合により、開催時期は7月15日~8月31日までの間という縛りが掛る。東京オリンピックが10月10日に開幕したというのは、非常に牧歌的な時代を示していることになる。暑い盛りにスポーツイベントでもないだろう、などと常識的な発想を持ってはいけない。イベント主催者の都合が優先される。商業主義により、種目数と選手数は増加する傾向になるから、制限を加えることになったが、それも解除されたりと抑制が効かなくなっている。最も有効な手法として、陸上競技をオリンピック種目から外すというのを提案しているのだが、こんな僻地にあるブログ (アクセスに不便はないのだが) の端に書いていることなど、IOC関係者が知ることもない。ボルダリングや空手やサーフィンを加えるなら、陸上競技と体操と水泳を外せば良い。サッカーを外して、蹴鞠を入れる案もあるだろう。マイナーな種目の競技者を増やすという発想は、メジャーな種目の競技者を減らすのと大きな違いはない。競技の分散など、オリンピックなどという大会が支配する事柄ではない。いっそのこと、陸上競技など性別規定も外して、100mだけにしたらどうか。そもそも100mに身長区分も体重規定もない。格闘技のように何階級も分離されることもない。性別もなくして、さあ何と潔いことか。差別はない。確実にあるのは区別という、敬意しかない。似非科学による区別など無意味だと宣言すれば良い。格闘技で体重分けする理由を安全上の配慮とするのは、一定の合理性はあるのだろうが、一定に過ぎない。それで危険がすべて回避される訳もなく、それなら階級を100g刻みにするかという発想しか出てこない。スポーツなど不自由を楽しむ、つまり不合理を受け入れることで成立するものであるのだから、安全性は運営側で工夫するとすれば済む問題である。

2020年の東京大会は、商業主義オリンピック最後の大会になるだろう。それ以降が商業主義ではないが、商業的に成立し得ないことが認識された大会へと変貌する。すると、既存競技施設の充実した先進国の都市部でしか開催されないことになる。それがスポーツの普及に馴染むものかと考えれば答えは決まっている。IOCは途上国で開催可能なオリンピックを目指す時代に入っているようだ。それには複数拠点での同時開催も検討しなければならないのだろう。


IOC貴族も大変な時代になったものだ。

2017年9月11日 (月)

桐生祥秀が9秒98 日本選手で初の9秒台 男子100

陸上男子100メートルで、21歳の桐生祥秀(よしひで、東洋大4年)が9日、9秒98(追い風1.8メートル)をマークし、日本選手で初めて10秒を切った。福井市であった日本学生対校選手権の決勝で記録した。人類が初めて電気計時で9秒台に突入したのは、1968年にジム.ハインズ(米)が記録した9秒95で、それに遅れること49年。ようやく日本選手が9秒台に突入した。
これまでの桐生の自己最高は10秒01。従来の日本記録は、日本陸上競技連盟強化委員長の伊東浩司氏(当時富士通)が98年のバンコク.アジア大会でマークした10秒00だった。世界記録は2009年にウサイン.ボルト(ジャマイカ)が記録した9秒58。
滋賀県出身の桐生は、京都.洛南高3年だった2013年、当時の日本歴代2位となる10秒01で走り、注目を浴びた。一昨年3月には米テキサス州であった競技会で追い風3.3メートルの参考記録ながら9秒87を記録した。昨夏のリオデジャネイロ五輪では400メートルリレーの第3走者として銀メダルを獲得した。(朝日新聞:9月9日)


陸上競技について考える。


100メートルで公認記録になるには、秒速2メートルの追い風を超えないこととなっている。トラックの直線部分に平行な方向のみの計測ということになる。風速に関する規定がある該当種目は、100メートル、200メートル、100メートルハードル、110メートルハードル、走幅跳、三段跳が世界選手権、オリンピック種目となる。風速測定は、風速の平均値と規定されている。
記事の大会では、追い風参考になるレースが多かった。つまり、秒速2メートルを超えない状態でのレースを成立させるのに、スターターを担った審判は気を使ったことだろう。参考の為に、同大会の男子100Mの風速と1位の結果を下にまとめた。敬意を表して決勝は3位まで示した。

■ 第86回日本学生陸上競技対校選手権大会 男子100M各レース風速と1位記録
   レース     風    記録       氏名      所属
  予選1組    +4.0  10.19     竹田一平  中央大
  予選2組    +4.9  10.20     西村顕志  富山大
  予選3組    +2.4  10.30     田中佑典  日本ウェルネス大
  予選4組    +3.5  10.28     小池祐貴  慶應義塾大
  予選5組    +3.3  10.26     宮﨑幸辰  東北大
  予選6組    +3.1  10.24     川上拓也  中央大
  予選7組    +4.7  10.18     桐生祥秀  東洋大
  予選8組    +2.8  10.17     多田修平  関西学院大
  準決勝1組  +2.9  10.20     多田修平  関西学院大
  準決勝2組  +2.4  10.14     桐生祥秀  東洋大
  準決勝3組  +2.8  10.21     竹田一平  中央大
  決勝      +1.8    9.98     桐生祥秀  東洋大
                10.07 (2)   多田修平  関西学院大
                10.31 (3)   竹田一平  中央大


追風参考にならなかったレースは決勝のみである。桐生の他に、多田修平が9秒台が期待される選手であり、なんとか参考記録にならずにレースを成立させたいとの願いがあったことだろう。二人の他には中央大学の竹田一平が名前が知られている選手だろうか。サニブラウンに勝ったことが話題になった。その程度ではすぐ忘れられるものだが。西村顕志は富山大学、ということは国立で、学部を確認したら人間発達科学部とある。この手の学部名を嫌悪する性質なのだが、教育学部で教員になるのが少数という状況になれば、学部名変更も致し方無いというところなのだろう。実習終わったばかりとTwitterにあるのは、教育実習ということなのだろうか。
大学だと10.20を切れるとトップクラスということで、国の代表を目指すなら10.10を切る必要があるというのが現在の状況のようだ。桐生が10.00を切ったことでもう少しレベルが上がることになるのだろう。結構な話である。


日本ウェルネススポーツ大学というのは、新らしい大学のようだ。凄い大学ができたものだ。

2017年9月 8日 (金)

前橋育英の剣道部でいじめ、加害側3人に自主退学求める

前橋育英高校(前橋市)の剣道部で、1年生の男子部員2人がいじめに遭い、学校側がいじめた側の1、2年生の男子部員3人に自主退学を求めたことが分かった。9月8日を期限に退学届の提出を求め、3人とも了承しているという。
同校によると、いじめられた2人は6月下旬から1カ月間、練習中に必要以上に竹刀でたたかれたり、無料通信アプリ「LINE」で悪口を言われたりした。学校側は7月下旬にこの事実を把握し、3人に話を聴いたところ、いずれも認めて反省しているという。今回の措置について、神山義幸教頭は取材に対し、2011年に大津市の中学生がいじめで自殺したことに触れ、「被害者保護を第一に、時代の流れなどを総合的に考えた」と説明。いじめられた2人は登校しているという。同部は現在、活動を自粛している。(朝日新聞:9月7日)


スポーツ高校について考える。


前橋育英高校には、男子は陸上競技、柔道、剣道、サッカー、バスケットボール、硬式野球、女子は陸上競技、サッカー、ソフトボール、バレーボール、柔道が強化指定クラブになっている。強化指定クラブというのは、学校の宣伝活動に供するクラブとして公認されているという理解で良いだろう。
前橋育英高校のホームページを見ると、高校サッカー界で国内有数の指導者として著名な山田耕介監督をはじめ、豊富な実績をもつ専任教諭を揃えている。加えて外部からコーチ等も招き、各競技において高いレベルの指導を実現しているという。宣伝活動には適切な資源を投じているという説明である。
続いて、前橋育英高校で身につけた技術や競技理論は、さまざまな分野への可能性を広げ、それらは選手としてだけではなく、教師や指導者などのスポーツに関連した職業に就く場合にも役立つとある。推薦入試やAO入試にもプラスとなるというが、スポーツを宣伝活動と位置付ける大学に進学可能という話で、学業との両立ということではない。誤解を招きかねない表現ではあるが、そんな学生が進学するとしたら、誤解の発生のしようもないと言われればそれまでのことではある。
更に、専門学校の先生方が外傷の処置(アイシング・テーピング)やマッサージ・リハビリなどについて連携講義を定期的に行うという。医師やスポーツトレーナーによる栄養学や生理学の特別講義も専門的知識の追求に役立つとある。また、鍼灸の先生による治療が無料で受けられるそうだ。 外傷の処置の話は、高校のレベルで聞きかじるのは間違いのもとになりかねない。節度のある指導が必要となる。栄養学や生理学については知っておく必要があることが沢山あるだろう。この時期の学生に大切なことは、後で学んでも自分自身には役立たない。鍼灸治療については、治療の必要性が日常的に高いのなら、栄養学や生理学的に予防する方法を検討した方が良いのではないかと思うが、競技特性によるものと理解することとしよう。

剣道部は強化指定クラブである。強化指定クラブに在籍するということは、学校に在籍する意義のほとんどがクラブ活動にあるということだ。クラブで問題を起こしたのならば、学校にはいられないという不文律があるのだろう。これを正しくないと指摘するのは容易であるが、強化指定クラブを是とするなら、受け入れなければならない。高校の教育の放棄だとする主張は、批評家の戯言である。それは一般入試で入った学生に適用される。強化指定クラブに入っているから上記の外部からの支援を受けられるのであろう。他のクラブでこれらを利用するには、高度な成績を上げていることが認められなければならないだろう。
剣道部は、強化指定クラブから外れるかもしれない。いじめられた二人も学校に居辛くなることだろう。いじめられた二人には教育上の配慮が必要だろうが、いじめた三人が退学するのは、剣道部の活動中止をどうしてくれるという学校側の都合を考えれば当然に思える。


学校が正しいとは思わない。スポーツだけする高校生は応分のリスクを負うものだと考える。

2017年9月 6日 (水)

AKB総選挙の沖縄誘致に交付金 外相批判・沖縄相容認

沖縄県がアイドルグループ「AKB48」の選抜総選挙の誘致活動などに国の「沖縄振興一括交付金」を使うことの是非をめぐり、閣僚の意見が割れている。河野太郎外相は就任前に、自身のブログで「次にどうつながるかはっきりした見通しもない」「補助金をもらってイベントをやるだけならば持続的ではない」と批判。江崎鉄磨沖縄北方相は9月6日の報道各社のインタビューで「県の判断に委ねるべきだ」として容認する考えを示した。
沖縄県は「沖縄観光の持続的発展に資する」として、6月17日に県内で開催された選抜総選挙の誘致に関わった地元企業に対し、3千万円の助成を決定。このうち2400万円が、県が使い道を自由に決められる沖縄振興一括交付金だった。地元企業が今後3年間、AKB関連イベントを実施することが前提だったが、結局、地元企業が8月に事業撤退を申し出たため、県は助成を取りやめるという。(朝日新聞:9月6日)

沖縄振興一括交付金について考える。


沖縄振興一括交付金は、沖縄の実情に即してより的確かつ効果的に施策を展開する為、沖縄振興に資する事業を県が自主的な選択に基づいて実施できる一括交付金が2012年度に創設されたとされる。「沖縄振興特別推進交付金」と「沖縄振興公共投資交付金」に区分され、前者がソフト交付金、後者がハード交付金とされる。内閣府の公表資料から、該当部分の説明をそれぞれ示す。

■ ソフト交付金
沖縄振興に資するソフト事業などを対象とし、移し替えせずに原則内閣府で執行する沖縄独自の制度。
  <主な対象事業>
   沖縄の自立的・戦略的発展に資するものなど、沖縄の特殊性に基因する事業
     ・ 観光の振興
     ・ 情報通信産業の振興
     ・ 農林水産業の振興
     ・ 雇用促進
     ・ 人材育成


■ ハード交付金
各府省の地方公共団体向け投資補助金等のうち、沖縄振興に資するハード事業に係る補助金等の一部を一括交付金化。原則各省に移し替えて執行。
   <主な対象事業>
     ・ 学校施設環境改善 (文部科学省)
     ・ 水道施設整備 (厚生労働省)
     ・ 農山漁村地域整備 (農林水産省)
     ・ 社会資本整備 (国土交通省)


AKB48の催しを交付金の対象とするなら、ソフト交付金の観光振興ということになる。これ以外を目的にすれば、方々から批判が巻き起こることは必定である。まあ、ハード交付金の方は、扱う省との協議が加わるから審査が厳密になしそうではある。建物を造ったりすれば、当然のことではあろう。ソフト交付金の方はといえば、単発の催しでも構わないという解釈は可能であるが、現実的には数年程度、この手の法律の想定としては五年くらい継続することが審査事項として求められるだろう。記事には三年を予定したとあるが、もう少し長くやる見込みというか構想であったと想像する。
AKB48選抜総選挙をこのブログでは何度も扱ってきている。これはこの商法の姿が醜く思えるからで、商売としては妥当でも、商人が手を出す仕事でないと感じるからである。もっと端的な表現をすれば、堅気の仕事ではない。芸能関係の商売が堅気の世界から遠いという意味ではない。博打打ちの領域に近く、なんだかマルチ商法にしか思えないのだ。まあ、子や孫からのリターンが期待できるものではないのだが。これが商売になるのは、社会環境と関連するのではないかという素朴な発想である。
もどす。AKB48の場所は、同じ場所で行う訳がない。常に刺激するのに、同じところではこの条件を満たさないからである。沖縄で開催するのは突飛であると感じたが、交付金があったということで納得した。これで算盤が合ったということなのだろう。人数が無暗に多い団体は移動費が嵩む。来年以降の沖縄開催を止めたのは、他への影響で採算が悪いと判断したということだろう。不手際が目立つ気がするが、妥当な判断ということではある。


沖縄県はお金の使い方に少々ルーズである。

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