2017年4月17日 (月)

「一番のがんは文化学芸員」 山本地方創生相が発言

山本幸三地方創生担当相は四月十六日、大津市のホテルで地方創生に関するセミナーに出席し、外国人観光客らに文化財などの説明、案内が不十分として「一番のがんは文化学芸員。この連中を一掃しないと駄目」などと発言した。学芸員やがん患者らに対して不快感を与えかねない発言。不適切だとして野党側が追及するのは必至だ。
セミナーの質疑応答で、観光振興について問われ、山本氏は「文化や歴史を理解してもらう観光が最も長続きする。文化財をきちんと説明できるかが勝負」と回答した。その上で、外国人に十分な説明ができていないと指摘。大英博物館も学芸員を辞めさせて成功したとして批判した。山本氏は終了後、報道陣に「二条城(京都市)でも当時の生活を再現しようとしたら学芸員が反対した。彼らだけの文化財にしてしまっては資源が生きない」と指摘。「『一掃』は言い過ぎたが、文化財はプロだけのものではない。学芸員も観光マインドを持ってほしい」と釈明した。(東京新聞:4月17日)


一番のがんについて考える。


組織のガンという表現は古くから見られる表現である。半世紀くらい前にはあったと思う。あるいはそれ以前だろうか。先にこのガンの治療状況から確認する。ガンの治療効果が高いのは、初期に発見したものであることが知られる。基本的に治癒と言う表現が難しい病気である。医療の世界では、5年以上寛解の状態が続いたことをもって治ったと思うことにしている。一般に用いられる5年生存率は、5年経っているが再発している事例が含まれることになるが、厳密な解釈より、一般的な傾向を確認することが重要と考え、ごく初期の状態であるステージ1と診断されたガンについて、5年生存率の比較をまとめたのが下である。

■ ガンステージ1における5年生存率比較
           5年生存率  手術をした場合
  食道癌      75.4       81.5
  胃癌       97.0       98.1
  大腸癌      98.7       99.2
  肝臓癌      55.9       70.3
  胆のう癌     62.6       67.3
  膵臓癌      31.9       40.7
  喉頭癌      94.3       94.8
  肺癌       80.4       83.5
  乳癌(女性)   98.8       99.0
  子宮頸癌    92.7       93.6
  子宮体癌    95.3       95.6
  卵巣癌      89.1       89.0
  腎臓癌      97.5       98.5
  膀胱癌      93.2       93.1
  甲状腺癌    100        100


ステージ1の定義に微妙な解釈が存在するが、気にしないで進めることにする。ガンが漢字になっているのは、気分の問題なので無視して欲しい。成績の悪いのは、肝臓癌、胆のう癌、膵臓癌である。これらを除くと手術可能であれば9割を超えるものがほとんどである。福島県の子供で問題にされる甲状腺癌はとっても成績が良い。放射性物質による内部被曝による影響が懸念される病気であるが、仮になってもその後の成績が良い。それでもQOLが下がってしまうという指摘もあるだろうが、他の癌に比べれば低下の度合は著しく小さいとされる。福島県の子供に関する放射線被曝被害を疑う団体は、癌の特性についても認識しておく必要がある。甲状腺癌が問題ないという話ではないが、深刻にとらえる人が多くなるように誘導していると感じるのである。

さて、癌に関する治療は、早期発見でないと治療成績が悪いことが分かる。早期に治療に罹れば、その後のQOLも下がらずに済むというものである。山本の発言は、ガン患者について、感染症のように広がる可能性がある印象を持たせてしまう点で、大きな誤解を生む可能性がある。ガンが伝染病でないことなど明らかで、ガンが体内の色々な部位に転移する様を言っているのは承知しているが、それだと学芸員が組織を壊してしまい、文化財を価値のないものにしてしまうと理解するよりない。学芸員の重要な仕事の一つに、文化財の保護があるのだから、人目にさらされないように保護する傾向の強い学芸員がいても不思議ではない。それは、山本からすれば観光に貢献しない組織のガンであるのだろうが、文化財を観光目的に晒すことで破壊されてしまっては、要件の一つを放棄したことになる。保管と調査研究だけしていると言いたいのかもしれないが、それならそう言えば良い。
単純な結論になるが、山本の業務理解の浅さが知れる。それに、地方創生に文化財で観光に大きな貢献が期待するというのなら、具体的な事例を示してみれば良い。集客力が期待できる文化財は、東京や京都などの都市部に集中していて、地方には目玉になる文化財が少ないのが現状だろう。地方都市で、文化財を周辺から集めるイベントを行えば、相応の集客もあるかもしれないが、そんな提案をした、あるいは検討した形跡はないから、口の利き方が気に入らない学芸員を、別の場所でくさしただけの出来事と見るのが妥当なのだろう。気位ばかり高くて、モノを考える習慣の乏しい御仁ということである。


そういえば、桜を見る会が企画されて、首相とサクラ芸能人が集まったそうだ。安倍はそこで、川柳を披露している。

  風雪に 耐えて五年の 八重桜

マスコミ報道では、5年とアラビア数字表記がほとんどである。東京新聞は五年とあるので、プレスリリースした訳でもないのだろう。5年はちょっと困ってしまうが、皮肉ということなのだろうか。まあ、最大の皮肉は、これを俳句を披露と報道していることである。俳句として読めば、風雪が冬の季語で、八重桜は春で、それも桜の中で最も遅く咲くものである。季語の扱いが無茶苦茶である。風雪は冬を指すものではなく、比喩的表現として、きびしい試練を意味するのは当然だが、紛れを避けるのが作法というものである。
額面通り解釈すれば、雪の舞う中を五年も耐え続ける八重桜である、ということになろうか。これだと、安倍の意図するところは、五年の間、苦しいこともあったが、今日、鮮やかに花開いたというところになる。風雪は、寒い時期を超えてという別の言葉に置き換えるのが相当だし、五年間じっと耐えて桜が咲いたでは、去年は咲かなかったのかいとなる。そこで、難解な意図を想像を巡らせれば、五年間辛いことが多くて、季節の変化にも気付かずにいたが、見上げて見れば八重桜が満開に咲いている、ということになろうか。オツムも緩いが、情緒にも欠ける。


オツムの緩い首相も、気位の高い地方創生担当相も、政治マインドを持って任務に当たって欲しい。

2017年4月11日 (火)

浅田真央、12日に引退会見 海外からも惜しむ声

故障に苦しみ、4月12日に現役引退の記者会見を開くことになったフィギュアスケート女子の浅田真央(26)。真摯に競技に取り組む姿勢は広く感動を呼び、引退を惜しむ声が相次いだ。(朝日新聞:4月11日)


テレビで追悼番組をやっていた。何があったのかと思ったら、引退発表とのことである。恥を知れ、である。
浅田真央は、世界選手権に3回優勝し、オリンピックで銀メダルが1回、GPファイナルに4回優勝、GPシリーズの優勝が11回といったところである。荒川静香が、世界選手権の優勝が1回、オリンピックの金メダルが1回、GPシリーズの優勝が1回と比べれば、オリンピックの金メダルの価値の大きさに大きな差があるという解釈で良さそうだ。オリンピックで金メダルを取るのは大きな価値であるが、何度も挑戦して取れないというのも、別の価値を生み出すということである。いずれにせよ、日本人はオリンピックが大好きだ。本当に好きなのは日の丸なのだろうが。

浅田真央は既に過去の選手である。全日本選手権での優勝は2013年が最後である。選手寿命が短い競技で、長くトップであり続けるのは難しい。選手としてのピークが20歳前後である場合の多い競技である。金の掛る競技でもある。多くの国内上位選手が、大学卒業と同時に競技を引退する。競技活動を中断出来る環境に浅田があったのは、スポンサーに恵まれたことによる。スポンサーが付いたのも、浅田に商品性があると判断したからで、誰に後ろ指さされるものでもない。今回の追悼番組が放送されたのも、視聴率が期待できるのと、放送に耐えるだけのソースが確保されていることがあっての話である。活躍期間が短ければそれも難しい。
結局のところ、引退は必然であり、もう少し前でも誰も驚かないし、先延ばししてもそうだろうということである。この時期になったのは、会見で明かされるような報道ではあるが、何も語られないだろう。この選手は言語表現に難がある。
人気のある選手なので、いろいろとご機嫌伺いをして、今後の番組に協力して貰いたいという下心が見えてくる。これも十分あるのだろう。しかし、商品ライフがそれほど長くないこと、気の利いた口をきけそうにないこと、きっと出演料が高くなること、これらのことは考慮されているだろう。本当のところ、棚ざらえであった可能性もある。

浅田は学校に行っていない。大学卒業しているが、スポーツ科なので、国際大会での活躍が評価されている部分はあるのだろう。中学、高校もほとんど行っていないという。村上佳菜子が制服を譲り受けて喜んだという記事が過去にあった。真新しいブレザーは、着ていないのだから、ほとんど新品であったろう。学校教育が万能だとは考えないが、学校教育というか、教育を否定しスケートだけに価値があるとした母親の躾は、競技を離れた瞬間に崩壊するだろう。競技指導をするにしても、大変そうではある。


真摯に競技に取り組まないトップがいるのだろうか。

2017年4月 7日 (金)

終末期の望まない蘇生、救急隊員「医師確認し中止を」

自宅などで最期を迎えようとしている終末期の患者に対する救急隊員の対応について、各地の消防本部や救急隊員、医師らでつくる「日本臨床救急医学会」は4月7日、提言を発表した。心肺停止後の蘇生処置を望まないと事前に書面で残している場合、かかりつけ医に是非を直接確認した上で蘇生処置を中止するよう求めた。
総務省消防庁の基準では、生命に危険がある場合、応急処置を行うよう定めている。ただ最近は蘇生処置を拒否する意思を事前に表す人が増えている。こうした場合への対応は示されておらず、現場では救急の原則か患者の意思尊重かで対応に苦慮している。同学会は2015年4月に検討委員会を立ち上げ議論してきた。提言によると、患者が心肺蘇生を希望していない場合、家族は「119番通報をしないのが望ましい」としている。しかし容体の急変に慌てて救急車を呼んでしまうことがある。こうしたケースでは現場に駆けつけた救急隊員は、家族などから蘇生処置を希望しないとの書面の提示を受けたとしても、心肺蘇生を始めるべきだとした。その上で、かかりつけ医と連絡をとり、中止を指示されれば患者本人の意思を尊重して心肺蘇生を中止する。かかりつけ医と連絡がとれない時は、日常の救急業務で相談している医師を代役として指示を求めるべきだとしている。都内で記者会見した同学会の坂本哲也代表理事は「提言を参考に、地域の消防、医師会などが集まって運用をどうするか議論していただきたい」と述べた。(日本経済新聞:4月7日)


帰りの中央線は高尾行きだった。
比較的すいていて、座席に座ることが出来た。すると、なんだかデパートの一階の匂いがする。
右隣を見ると、ピカピカのメイクをした若い女性がいた。随分と赤い口紅は、会社帰りのOLには見えないが、水商売でもなさそうだ。お祝いに行く風でもない。膝の上に抱えた大きな紙袋のブランドは、残念なことに知らないが、紙質から想像するに高級ブランドだろう。綺麗に整えられた髪、整った肌の表情は、メイクだけの技量で補えるものでもあるまい。
お嬢さん、高尾山の自殺者は多いが、山岳信仰の対象であるから、自殺の場所の選択として最適ではない。そもそも、その踵の尖った靴は、山に入るには相応しくない。虫は少ない時期ではあるが、まだ少し寒い時期である。高い山でないとはいえ、少し薄着過ぎる。
それなら、終点の高尾駅で十分ほど待てば河口湖行きが来る。それに乗って、次の相模湖駅で降りれば、人造湖である。人間が近年造ったものなら、信仰の対象から外しても良いという考えも成立しそうである。しかし、それは新興宗教を伝統的な宗教より下に位置する考えと批判されるかもしれない。しかし、湖から上がった死体の損傷は激しいことが知られる。美しい仕上がりのメイクには惜しいところだろう。
他人を傷付けるのは、許されないだろう。しかし、傷付ける先が自分自身であれば、思想良心の自由となるのか。自殺を禁ずる宗教は多いが、宗教など興味がないとする思想もあろう。倫理的な考えを押し付ける根拠もない。ただ、自殺しようとしてしくじると、救命救急に関わる人達が、全力で究明しようとするだろう。つまり、失敗すると社会に迷惑を掛けることになる。

救急隊員の対応に新たな判断を持たせようとしている。まったくもって愚かである。救命の為の訓練を行い、鍛練を積む専門家の仕事には、救急救命の任務のみに限定されるべきものである。仮に何らかの事情により、患者が心肺蘇生を希望していないという錯誤が生じた場合に、救急隊員が批難されるに決まっている。これは理不尽である。このような小さな穴が鍛練を積むというダムを崩しさる。救急隊員は通常期待される仕事を迅速に実施すれば良い。患者が希望していないことや、患者の家族もそうであったにしても、救急隊員を呼んだからには途中で解約出来ないとすれば良い。それが、救急隊員の社会的な信用を貶めない為の策である。
救急隊員を惑わすような提言をするのか理解不能だ。救急隊員は命を救う為に最大の努力を行うだけで良い。それ以外の仕事は、別の誰かが担えば良い。現場の混乱への対策だとしているが、新たな混乱を引き起こす対策が、現場の負担軽減になる筈もない。


助けないことを是とする仕事に手を広げたら、葬祭場への移動までさせられそうだ。

2017年4月 4日 (火)

テーマパーク、入場者数で明暗 16年度

国内二大テーマパークの明暗が分かれた。オリエンタルランドが運営する東京ディズニーリゾート(千葉県浦安市、TDR)の2016年度入場者数は2年連続で前年割れ。昨年4月の値上げが響いた。一方でユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪市、USJ)は過去最高を更新した。大型投資で客足を呼び込んだUSJにひとまず軍配が上がった格好だ。
TDRの昨年度入場者数は前年度比0.6%減の3000万人。16年度上期(4~9月)は台風の影響もあり前年同期比0.3%減と苦戦した。下期(10~3月)には東京ディズニーランド(TDL)で今年の1~3月に開催した「アナと雪の女王」の期間限定イベントなどが好調だったが、0.9%減と回復には至らなかった。(日本経済新聞:4月4日)


テーマパークについて考える。


二大テーマパークの年間入場者数の推移から確認する。結果を下に示す。

■ 入場者数推移 (単位:千人)
    年      USJ     TDR
  2001年度   1,1029    22,047
  2002年度    7,637    24,829
  2003年度    9,889    25,473
  2004年度    8,100    25,021
  2005年度    8,314    24,766
  2006年度    8,698    25,816
  2007年度    8,640    25,424
  2008年度    8,138    27.221
  2009年度    7,500    25,818
  2010年度    7,500    25,347
  2011年度    8,800    25,347
  2012年度    9,750    27,503
  2013年度   10,500    31,298
  2014年度   12,700    31,377
  2015年度   13,900    30,191
  2016年度   14,600    30,000


TDRの入場者の年間3万人というのは、これ以上入場者が増えると待ち時間が著しく伸びるという限界値になっているのではないだろうか。2016年4月に1日券を500円値上げしたというが、これが本質的な問題ではないだろう。この手のテーマパークの支払額がらすれば、500円は支配的な要因には思えない。つまり、TDRは新しいアトラクションを追加して、テレビCMを流すことと、テレビ番組内に取り上げて貰うことを併用して認知度を高めてきたが、放送されると混むことをリピーターは知っているから避けられるという結果になる。場所を大幅に広げることも難しいことを考慮すれば、人数はもう少し減っても不思議はないということになる。
この状況は認識されているらしく、人気の高いイベントを打ち出したものの、結果的には混雑状況が悪化したことで、リピーターの定着に向わない結果となった。混雑緩和を実現するのは難しい課題になるから、新しいことをしない方向に行くという選択を取ることになるが、それでは入場者数の減少になるから、結局のところ、何をしても入場者数は減少するのがTDRの置かれて状況ということになる。ベースにあるのは、人手不足というのもある。時給引き上げに踏み切るそうだが、そもそもTDR好きを安く使おうとしている印象があったのだから、一般の労働環境になったというだけだろう。TDRに行くのが好きな人が、TDRで働きたい人だとは思えない。これはどんな仕事にも共通する。TDRは巻き返しを図り2020年までに約2,500億円の大規模投資をするという。毎年500億円の投資計画で、300億円は施設改修にまわす計画になっている。屋外での暑さ、寒さ対策や温水便座の導入などといったソフト面の充実を図るという。それでも、増える対策というより、減らない対策の印象である。

USJの方はというと、過去最高を更新している。新しいアトラクションと、映画作品とリンクして、訪日外国人の集客力を維持している。ハリウッド映画やAKB48の常設ライブ、少年漫画誌のイベントと、新たな試みを幅広く実施している。幅広くというのは褒めているが、節操も無くの方が印象を正しく表現している。入場料を値上げするなど、TDRよりお手頃ということはなくなっている。面積がTDRに比べて狭いことを考慮すれば、年間入場数が2万人を超えると、混雑に対する不満が出てきそうである。大阪市此花区の気象条件がどんな具合か想像もつかないが、夏は暑いし、冬は寒いだろう。高原リゾートでは冬の営業は困難だし、南の島でも、冬は結構寒かったりする。そして、夏には台風が来る。難しいところである。


結構行列に並ぶのが好きな人が来場者だと思っている。それでも、限度があるのか。

2017年3月27日 (月)

高木元投手が球界復帰 巨人、育成で再契約

プロ野球の熊崎勝彦コミッショナーは3月27日、野球賭博に関与したとして1年間の失格処分を受けていた高木京介元巨人投手(27)の球界復帰を認めたと発表した。巨人は育成選手として再契約した。復帰した高木投手は東京・大手町の巨人の球団事務所で記者会見し「非常に罪が重く、簡単に償うことができないと十分に理解している。何で償えるかといったら野球しかない」と神妙に語った。
高木投手は復帰を目指した理由に周囲の支えを挙げ「大学の恩師にお叱りを受け、金輪際、賭け事をしないことをその場で誓った」と話した。処分期間満了後の23日に巨人が意見書を添えて日本野球機構(NPB)に復帰申請書を提出し、NPB調査委員会が本人と面談するなど精査。報告書を受けた熊崎コミッショナーは「痛切な反省の下に家族らへの思いも含め、賭け事に一切手を出すまいと固い決意をしたという経緯を承っている」と復帰を認めた。
野球賭博問題では2015年10月に巨人の元選手ら3人の関与が発覚し、無期失格処分を受けた。高木投手は16年3月に関与が明らかになったが、関わり方などが異なるとして、1年間の失格処分となっていた。(共同:3月27日)


■ 高木京介の投手成績
   年  登板  勝利 敗北 セーブ 投球回  安打 本塁打 四球 死球  三振 失点 自責点  防御率
  2012  34   2    0   1   31.1    16    0    10   1    28    2    2    0.57
  2013  46   3    0   0   47.2    37    8    27   3    40   27   23    4.34
  2014  26   0    0   0   28.1    24    4    9   1    26   15   15    4.76
  2015  33   1    0   0   41     31    4    13   0    43   10   10    2.20
  通算  139   6    0   1  148.1   108    16    59   5   137   54   50    3.03

4年間の通算成績が1年分なら立派な成績である。投手の規定投球回数を超える選手は、チームに2人程度と思って良い。リーグで10人前後というのが通例である。分業制と称する役割分担がシステムとして動いてから、規定投球回数を超えるのは、先発投手の成績の良い者に限られる。先発ローテーションにあっても、成績が悪いと届かないということである。一方で、中継ぎと称される1イニング程度任される投手は、規定投球回数には届かない。高木も中継ぎを主な役割としてきたようだ。

格別良い成績でもないが、一軍の選手として扱われるレベルには達している。野球賭博の容疑で逮捕された現役選手は、高木の他に福田聡志、笠原将生、松本竜也の三名がいる。笠原が、懲役1年2ヶ月執行猶予4年で、松本が罰金40万円、福田が罰金30万円、高木が罰金20万円となっている。機構からの処分としては、高木以外がいずれも無期の失格処分となっている。高木は球団から契約解除されている。高木の次に軽い刑事処分を受けたのは福田であるが、事件の前の2015年は登板なしであったから、引退してもおかしくない。松本は23歳と若いが、一軍登板実績の無い投手である。後から出てきた高木より、松本の方が重い理由は見出せないのだが、罰金の金額に差があることは、裁判中に明らかになった悪質性について松本の方が悪いということなのだろう。単純な理解としては、プロ野球で活躍する可能性の高い高木は復帰し、活躍しそうにない松本は切られたというので良さそうだ。松本本人と関係者はやるかたない気持ちだろうが、高木も同様にすべきだと考えるのが理性というものであるので、松本の不満より、高木への配慮を問題にすべしということである。

NPBが正しく認識しなければならないのは、自分達が生業としている競技を利用した賭博行為で、高木は刑事処分を受けているということである。これだけで永久追放相当で良かろう。松本に対する処分は正しい。一方で、類似した賭け行為が様々なところで行われ、それは士気を高める為の行為の範囲と言い訳していたのだから、これを処分しないで、社会的な批判をかわすには、罰金刑を受けた三人の内、高木以外は切り捨てるという判断になったのだろう。原理原則は見出せないご都合主義である。その程度の団体であるということである。


高木が活躍することもないだろう。賭けても良い?

2017年3月23日 (木)

政治家達の発言

森友学園問題で、安倍昭恵夫人がコメントを発表した。コメントは以下のとおり。


本日の国会における籠池さんの証言に関して、私からコメントさせていただきます。

(1)寄付金と講演料について
私は、籠池さんに100万円の寄付金をお渡ししたことも、講演料を頂いたこともありません。この点について、籠池夫人と今年2月から何度もメールのやりとりをさせていただきましたが、寄付金があったですとか、講演料を受け取ったというご指摘はありませんでした。私からも、その旨の記憶がないことをはっきりとお伝えしております。
本日、籠池さんは、平成27年9月5日に塚本幼稚園を訪問した際、私が、秘書に「席を外すように言った」とおっしゃいました。しかしながら、私は、講演などの際に、秘書に席を外してほしいというようなことは言いませんし、そのようなことは行いません。この日も、そのようなことを行っていない旨、秘書2名にも確認しました。
また、「講演の控室として利用していた園長室」とのお話がありましたが、その控室は「玉座の間」であったと思います。内装がとても特徴的でしたので、控室としてこの部屋を利用させていただいたことは、秘書も記憶しており、事実と異なります。

(2)携帯への電話について
次に、籠池さんから、定期借地契約について何らか、私の「携帯へ電話」をいただき、「留守電だったのでメッセージを残した」とのお話がありました。籠池さんから何度か短いメッセージをいただいた記憶はありますが、土地の契約に関して、10年かどうかといった具体的な内容については、まったくお聞きしていません。
籠池さん側から、秘書に対して書面でお問い合わせいただいた件については、それについて回答する旨、当該秘書から報告をもらったことは覚えています。その時、籠池さん側に対し、要望に「沿うことはできない」と、お断りの回答をする内容であったと記憶しています。その内容について、私は関与しておりません。

以上、コメントさせて頂きます。

平成29年3月23日
安倍 昭恵



細かいところに拘る一方で、大きな部分については触れないというのが、森友問題に関する関係者の対応である。大きな話というのは、国の財産が特定の誰かに特別扱いをして有利に譲渡されたこと、この特別扱いに政治家が直接乃至は間接に関係していること、といったものである。一方で、細かな話は、講演料だとか、寄付をしたとか、公務員が秘書として帯同しているとか、携帯電話での通話があったとかである。
大きな問題は、直接的に政治家が金品を受け取り、尚且つ、役人に働きかけをしたということなら、刑事犯罪を構成するが、これはないというのが関係者の主張である。刑罰があるのだから、ありますということもない。安倍晋三には黙秘権があり、発言は有利にも不利にも証拠として採用される可能性があることを、野党は告知しなければならない。野党が細部に拘るのは、細部にウソがあり、このウソを付いた理由が明らかになれば、大きな問題があぶり出されると考えているからである。与野党のどうでも良い話をグダグダしているというのは、国の財産の処分に不適当な力の介入があったという大きな事案をあぶり出すのに必要なのだろうが、少し回りくどいし、スピード感に欠けると言える。
籠池の証人喚問に成功した野党は、安倍昭恵を引っ張り出すのは容易だと考えたが、さすがにそうはいかなかった。安倍昭恵のノーガード戦法は、記憶力がないし、理性的な判断は出来ないし、金の価値など分からない、とないないずくしで構成されている。証人喚問に引き出せば泣きだす可能性さえあるが、支離滅裂な怪しい女なら何をしでかすか分からないと国民が思ってしまうことになり、これは困るというものである。逆に、知恵を付けて正しい筋道を発言させるという方法も考えられるが、何せこのお嬢様は何に価値があるかを判断できないから、危険過ぎると考えたのなら、自民党の政権幹部は理性的な対応である。
安倍昭恵は学生時代勉強もせず、バブル時代を謳歌して、系列の大学には進まずに親のコネで大企業に就職し、当然のことながら、有名人と結婚したという、大企業の経営者の子弟の典型例の履歴を持つ。結婚した相手が政治一家であり、選挙に強い地方議員であれば、選挙は番頭任せで、その妻など綺麗な人形飾りの類に過ぎなかろう。結婚前も結婚後も学ぶことをしてこなかったが、歳を取って自信の学びの乏しさを感じたか、立教大学の修士に進んでいる。社会人が大学院に進むのは、比較的容易である。特に私立の社会科学系においては、政治家の関係者はフリーパス状態になっている。ある種の学歴ロンダリングであるが、この学歴が不適切に利用されないのなら良いのだが、選挙活動に活用される状況では問題なしとはしない。それでも、学ぶことは良いことである。
どの年齢においても、大学で学ぶことの価値は、自分自身の能力の低さを実感することと、それでも価値のある仕事をしようとファイティングポーズをとることの二つにある。安倍昭恵は、能力の低さを実感するレベルにすら達せずに、後者の自分の価値を過剰に感じてしまうのではないかと想像する。価値のほとんどすべては、元首相夫人で片付けられるものであった筈だ。その肩書を外して、何ができると自身に問うて、何も出来ないと感じるところがスタートとして然るべきであった。そうしなかったことが、今日の状況である。
典型的な例が、居酒屋経営である。安倍昭恵が人を呼べる理由はない。安倍晋三夫人だから価値がある。その認識がない。そして、それを指摘する者がいない。あるいは、聞かない。


私人か公人か分からない人に、公務員を付けるのも不思議だ。公務員が付いた時点で、公人相当とする判断を出せば良いだけの話である。予算を付けておきながら、都合良く私人に変身する解釈は見苦しい。
そもそも森友問題で集中砲火を安倍が浴びた理由は、、「私や妻は一切関わっていない。もし関わっていたら間違いなく、首相も国会議員も辞任するということを、はっきり申し上げる」などと発言したからである。私はともかく、妻の行動など掌握していた筈もないのに、妙な虚勢を張るのがこの御仁の特徴である。結果、野党はこの挑発に乗るよりない。与党は正しく潰さねばならないのに、制御不能な籠池一家や、発言に安定性の欠ける稲田や、制御も予測も不能な政府公認私人の安倍昭恵と危険材料に事欠かない。
これでは収めようもない。籠池一家は経済的に破綻するのは必定で、潰れれば見捨てられるだけだ。籠池一家は、経済右翼であって、右翼思想を広めようなどとは思っていない。これが金になるからという理由である。これは、稲田にも安倍にも共通している。右翼は怒った方が良い。

政治家の言葉が軽くなっている。何を言っても許されると思っているということは、何を言っても批判されるというのと等価である。唇寒しとなる日も近いということだ。


政府公認私人の選定基準を閣議決定して貰いたいものだ。

2017年3月21日 (火)

稲田防衛相、教育勅語の復活「全く考えず」

稲田朋美防衛相は3月21日の参院外交防衛委員会で、自身が「その精神は取り戻すべきだ」と評価した教育勅語について「戦前のように教育の唯一の根本理念として復活させるべきだとは全く考えていない」と強調した。共産党の井上哲士氏が「重大事態があれば、天皇のために命を投げ出せ」との趣旨も取り戻すべきかと質問したのに答えた。
教育勅語を巡っては、大阪市の学校法人「森友学園」が運営する幼稚園で園児に暗唱させていた。稲田氏は8日の国会答弁では「教育勅語自体が全く誤っているというのは私は違うと思う」などと発言していた。(日本経済新聞:3月21日)


教育勅語について考える。


教育勅語の問題点は、明治時代に天皇制などしらない国民に、天皇という存在と、それを中心とする道徳制度を広めたということに尽きる。 親孝行しろ、兄弟仲良く、夫婦仲良く、友達は信じ合えなどと、12項目にわたって徳目を掲げる、これも当時としたら当たり前の話である。当たり前の話を強いて広める理由は、当たり前でない天皇を広く知らしめる為であった。悪いことが書いていないと主張する者は、この部分の理解が乏しい。
もう少し分かり易い話にしよう。道徳というのは、法律より上位の概念として考えられる。人を傷付けないのは、法律に罰せられるからではなく、道徳的に行わないということだ。明治の法律は、道徳を法律の下の概念として捉えている。ここにこそ問題があり、戦後処理として、天皇を家長とする国体を否定するのと同時に、教育勅語は廃止された。問題は精神性にはない。

ものを深く考えない性質の稲田朋美は、教育勅語の精神は取り戻すべきだと勘違い発言をするが、周囲の役人から歴史的な位置付けをアドバイスされ、否定する発言に翻ったということである。考えないのだから、変更するのも容易である。グダグダと法律のどの条項に関連するのかと騒ぐを週刊誌に書かれていたが、そんなことをしているようでは大臣の仕事は出来ない。行政官を束ね、その職務の特性から、自らの命の危機も顧みずに、危険に立ち向かう命令を出す立場である。そんな立場の人間が、天皇陛下の為に死ぬのは当然だとする思想に感化されているのなら、自衛官やその家族がおちおち眠れまい。職務を確実に実行するのを求めるという枠をはみ出してはならないし、枠に届かないのも許されないという仕事である。お気軽に北陸の法律家が、私は法律の専門家よ、などと口にして出来る仕事ではない。部下が死ぬことになる命令を下す立場を認識していれば、法律に詳しくなくとも良かろう。この愚かな女は、大臣として無能だが、政治家としての資質に疑いもある。法律家としての能力も知れたものなんだろう。


選挙区で仕事をしないと、次がない。

2017年3月17日 (金)

日産、超小型EVでカーシェア開始 横浜市と共同事業

日産自動車は3月17日、2人乗りの超小型電気自動車(EV)を使ったカーシェアリング事業を横浜市と共同で始めた。市中心部の14カ所からEVを借り、市内の観光などに活用できる。
専用サイト(https://nissan-rentacar.com/choimobi-yokohama/)で会員登録し、使いたい時間の30分前から予約できる。走れるのは横浜市内の一般道のみ。基本料金が200円で、15分ごとに250円かかる。日産は2013年秋から2年間、借りた拠点と別の場所に乗り捨てもできる形で超小型EVによるカーシェアの実験を進めた。今回は借りた場所に返却してもらう形式で、今後2年間、事業を進め、本格的なサービス拡大の可能性を探る。トヨタ自動車もコインパーキング大手のパーク24と組み、超小型EV「i-ROAD(アイロード)」を使ったカーシェア事業に取り組んでいる。(朝日新聞:3月17日)


カーシェアリングについて考える。


カーシェアリングにおけるEVは、小型軽量を目指しているようだ。4人乗りである必要もないから、駐車スペースでも有利で、短距離移動と低料金を成立させるには2人乗りは最適な選択になる。適度に荷物も積めるが、大きな荷物を持ち歩くならタクシーを使うだろうし、お土産物などで少々持ち歩くには不便な状況というのは、想定し得る環境と言える。しかし、自動車メーカがこのようなニッチ市場のレンタカー事業に興味がある訳ではないだろう。自動車と二輪車に関する法制度が、二輪車、軽自動車、普通自動車となっていて、都市部の移動用途に適すると考えられる、小型の自動車が軽自動車カテゴリーになってしまう。都市部では四輪車は車庫証明が必要となことは、i-ROADでもレクサスでも同じである。これでは普及しない。つまり、軽自動車未満のカテゴリーを設定し、新たな市場を喚起する為に、市場があることを国に認めさせる手続きだと理解するのが当たっているようだ。
問題になるのは、免許制度と税金である。二輪にすると税金が安くなるが、これだと圧倒的多数の普通免許では乗れない。四輪にすれば、最小サイズであっても軽自動車扱いになる。ここは、二輪四輪は問わずに、電気自動車の環境性能制限の縛りを掛けて、二人乗りの小型サイズというカテゴリで、自動車免許( 中型以上の二輪免許を加えても良い )で乗れて、税金は中型二輪くらい、車庫証明はサイズにより都市部でも不要としたら良い。電気自動車で野ざらしには出来ないから、違法駐車による社会への迷惑の可能性は低いだろう。二人乗りにするのは、あまり小型にすると、自動車運転に慣れた人には違和感があり、二輪乗りには大きい方向の違和感があるだろうと想像される。i-ROADでは小さすぎる。日産の二人乗りの方が適当だろう。現実には、前後に荷物スペースを設けることが必要だろう。街では衝突がないとはいえない。日産のモデルでサイドが簡易ドアにするのは良くない。デザイナーのスタディーをそのまま当局に提出すれば、安全上の問題を指摘されるのは必定である。

カーシェアリングをするのは、当局が動かないならだろう。そもそも当局は動かないものである。自動車会社が売りたいのなら、様々な活動を通じて社会にアピールし続けるよりない。その先に何か解があるかもしれないし、政治家が動く可能性もある。どうせなら、炭素繊維でも使えば良いのにとさえ思う。新たな挑戦とはそんなものだろう。


自由に移動する価値をアピールしなければ、自動車会社は滅ぶ。

2017年3月14日 (火)

稲田防衛相、森友問題の答弁「訂正し、おわび」

稲田朋美防衛相は3月14日午後の衆院本会議で、学校法人「森友学園」(大阪市)の民事訴訟への関与を否定した自身の答弁を訂正した。「私の全くの記憶に基づき答弁したもので、2004年に夫のかわりに出廷したことを確認できた。訂正しおわびする」と述べた。
これに先立ち、安倍晋三首相は「稲田氏にはしっかり説明責任を果たし、今後とも誠実に職務にあたってもらいたい」として、辞任を否定した。民進党の升田世喜男氏への答弁。(日本経済新聞:3月14日)


稲田朋美について考える。


記憶が定かでないのなら、確認して回答すると答弁すれば良い。確信があって答弁して否定したのなら、嘘を付いたと指摘されても仕方ない。結果責任というのはそういうものだろう。訂正してお詫びすれば済むという話なら、この先、大臣が何を言っても、その後訂正されることが当たり前になされることになる。その影響を考えたら、最初の答弁で、お気軽に言葉にしないものである。古い政治家からすれば、信じられない軽い行動と言葉であろう。
実務的に考えれば、森友学園との取引関係があるのは承知しているが、そんなことは調べても出てこない事柄だから、無かったことにして議論を強制終了してしまおうという話と想像する。法律家としての取引があっても批難されるような、反社会勢力でもない。少なくとも、少し前には良い教育をする法人であると公言していた筈だ。それを不都合な事実として隠し、表になったら記憶違いで済ます。お気軽な議員であり、大臣である。


この程度の記憶力の法律家に仕事を依頼する人がいるのだろうか。

2017年3月13日 (月)

三越伊勢丹の杉江次期社長「多大な責任を痛感」 記者会見

4月1日付で社長に昇格する三越伊勢丹ホールディングスの杉江俊彦取締役専務執行役員(56)は3月13日、都内で記者会見を開いた。冒頭で杉江氏は「多大な責任を痛感している。身の引き締まる思いだ」と述べた。その上で「持続的な成長を遂げるためには、さらなる百貨店の生産性の向上と新たな成長事業による収益向上が急務だ」と語り、構造改革を進める考えを示した。
三越伊勢丹は7日、大西洋社長の辞任と杉江専務の社長昇格を発表。任期途中の辞任を巡っては、大西氏が進めた新規事業の拡大路線に対し、現場の不満を受けた労働組合が石塚邦雄会長を通じて大西氏に辞任を要求したと伝わるなど、経営を巡る混乱を懸念する声が広がっていた。(日経QUICKニュース:3月13日)


三越伊勢丹ホールディングスについて考える。


前社長の大西洋は、1955年生まれで1979年に伊勢丹に入社している。一方、新社長の杉江俊彦は、1961年生まれで1983年に伊勢丹に入社している。もう一人の出演者である石塚邦雄は、1949年生まれで1972年に三越に入社している。伊勢丹と三越の合併は、伊勢丹による三越の救済合併であったから、伊勢丹が主体の役員構成、少なくともトップに関しては、となる必然性がある。伊勢丹は衣料関係の商品開発に自信を持つ会社であり、実績も十分あったのだが、このことが逆に働くこともあり、他の百貨店が店舗の場所貸しで多くの収入を安定的に得る方向に舵を切ったのに対し、この様な業態を嫌ったことで中国人観光客の大量購入が減った状況でマイナス因子となった。合併した企業体にありがちな経営判断の遅さも問題としてあったろう。古い伝統的な企業の保守的な考えには、大西の新しい経営思想が受け入れらるには長い時間が必要だったということか。
保守的な会社なら、保守的な部分をかっちりと固めて、日本橋三越は外商主体の上級顧客向けに整えば良い。ついこの間まで社内での待遇も低かった三越組でも、活かせる職場を提供すれば良い。それが会社に貢献できるのなら不満はない。進歩的な百貨店の伊勢丹でも、この程度のというには進んだ保守性の高い組織であるのだから、進歩的な百貨店など目指さずに、日本で最も伝統的な百貨店を構築すれば良かった。売り上げは限定的であろうが、他の店はユニクロにすれば良い。

日本橋三越に平日行ったことがある。品の良いご婦人が、娘か嫁と思しき者を従えて買い物をしていた。もう十年も前の話だ。その頃でも、顧客年齢の高さが問題になっていた。いまではそれが十年進んだということだ。確実に市場は限定されている。それでも、大丸や松坂屋では困る人もあろう。高島屋や東武の外商顧客もひきつければ一店舗相当の売上を維持するのは難しくもあるまい。否、難しいだろうが、それに挑戦するというのが、この国の百貨店の仕事だったのではあるまいか。


先進的なというのが、最も保守的なものであっても驚かない。しかし、評論家の先進的ではない。

2017年3月 9日 (木)

ヘルプマークについて

今日、電車に乗っていたら、私の前に座っている人のカバンに見慣れないタグが付いていた。それは下のようなものであった。
Helpmark_2
赤十字の標章には厳格な使用制限が法律で設定されている。上記のマークには、赤十字ではないが、赤地に白の十字であり、赤十字の標章を想起させるものであるし、その下にハートマークもあることから、健康に関する問題がある可能性を想像させる。

カバンの主は優先席に座っていて、朝の首都圏の電車の例にもれず混雑は相応に激しい。年齢を推定するのは難しいが、三十代後半から四十代の男性で、スーツは着ているもののネクタイはなかった。身長は170cm後半で、体重は80kgは優に超えているという雰囲気である。両耳にイヤホンをしているのは、音楽を聴いているのだろうか。両手でゲームをしているのは、スマートフォンであったか、携帯型のゲーム機であったか定かでないが、イヤホンとはつながっていなかった。スーツを着ていなければ学生に見えなくもない。しかし、会社員と見るには、少々不自然な印象が残る。朝の時間帯であるから通勤と決めつけていた部分はあるだろう。
私が電車に乗りそこに立ったのは、つり革が空いていたからである。見慣れないマークに気が付いたのは一駅過ぎてからである。優先席で携帯電話を使用するのを制限する雰囲気は薄れたが、それでも大ぴらに使うというのは大人の作法ではない。朝の混雑した電車で通勤する会社員に、スマートフォンでゲームに興じる人が多く見られることを何とするかという話になるが、会社で所得を得ているから大人というものでもないと結論付けることで、この議論を終える。
三人掛けのドア側の席で、隣の中央の席には学生と思しき男性が熟睡していた。もう一駅進んだところで、件の男性はゲームを止めてカバンにしまった。すると、手すりにすり寄るよう身体を揺らし始めた。シャツのボタンをはだけるようにして、胸の辺りをさするというか、叩くような動作を始めた。浅い、頻度の高い呼吸をし始めてもいた。さっきのマークは、もしやペースメーカーを埋めているという印かとも思ったが、スマートフォンを使っている可能性はあるし、ソマートフォンでなくても携帯型のゲーム機は通信機能があるから、自身に障害がある者が積極的に選択するものでもない。一般にこの手の通信機器がペースメーカーへの影響はほとんどないということであるが、小さな可能性でもあれば、選択しないというのが自分の問題に対する対応であろう。
その後、幾駅か進むと、胸を打つ動作が激しくなり、小さな声で苦しいと言いだした。しかし、顔色は悪くなった印象はなく、当人も電車から降りようと思っている様子もない。周囲の数人がこの不思議な行動に気付き始めたが、私と同様にどんな行動が最適か悩むところとなった。三十分して私が電車を降りる駅に来たので、その後の男性の行方は知らない。

件のマークはヘルプマークと呼ぶものであった。義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークだという。2012年10月から配布やステッカー標示等が行われているという。加えて、ヘルプマークを身に着けた方を見かけた場合は、電車・バス内で席をゆずる、困っているようであれば声をかける等、思いやりのある行動をお願いしますとある。今回の事案でどうしたらよいのか分からない。ペースメーカーであった可能性もあるが、精神疾患によるものである可能性もある。電車の急激な混在がストレスの原因であったかもしれない。しかし、通勤時間帯の都市部の電車である。混雑は必然である。一方で、ゲーム機などの電子機器を使用していたのも腑に落ちない。
立っていた人になら、席を譲ることを考えたかもしれない。自分が立っていても、気分が悪いのかと訊くことくらいは出来る。結果、誰かが席を譲るかもしれない。しかし、座っている人である。困っているようであれば声をかけるというのは、文章にするのは簡単でも実施するには難しい作業である。彼に声を掛けて、電車を降りることを勧めて、一緒に駅係員に伝達することはできた。そうしようとも思ったが、これは解決策の提案には程遠いとも思った。何もしなかったのは、男性の顔色が変化しないこと、どちらかというと良さそうな印象であった、苦しいという言葉が本当に苦しいのと少し違う印象を思ったこと(表現が難しい)、助けを求めているにしては、何とも中途半端は行動であったこと、がある。助けを求めているように見えないのである。
自分の行動に言い訳ばかりしても仕方ない。次に似たことがあったら、声を掛けることにしよう。


たまたま乗ったバスにハートマークの説明があった。

2017年3月 7日 (火)

自民たばこ議連、禁煙義務化に反発 分煙維持の対案発表

厚生労働省が検討している受動喫煙防止策を罰則付きに強化する法改正案をめぐり、自民党の「たばこ議員連盟」(会長=野田毅・前党税制調査会長)は3月7日、飲食店は禁煙・分煙・喫煙から自由に選べ、表示を義務化する「対案」を公表した。「世界最低レベル」(世界保健機関)とされる日本の現状を追認する内容。政府・与党内の調整は見通しが立たず、厚労省は法改正案の10日の閣議決定をひとまず断念した。
同議連は、たばこ業界の発展と販売者の生活を守るため、衆参約280人の国会議員が所属、この日の臨時総会には100人以上が参加した。議連案は基本理念として、「喫煙を愉しむこと」「受動喫煙を受けたくないこと」はともに国民の権利だとして分煙を推進、小中高校や病院でも喫煙専用室を認めている。厚労省案は小規模なバーなどを除き、飲食店は原則屋内禁煙だが、野田会長は「(厚労省案を)このまま通すわけにはいかない。生計の基盤を損なわれてしまいかねない関係者は多い」と話した。
たばこ議連の対案公表を受け、厚労省は同日夕、会見を開いた。担当者は「対案では対策は不十分だ。子どもや、がん・ぜんそくの患者、国民の8割を超える非喫煙者の健康が、喫煙者の喫煙の自由よりも後回しにされている現状が変わらない」と訴え、「(厚労省案を)ご理解をいただけるようにしっかりと説明をしていきたい」と話した。(朝日新聞:3月7日)


たばこ議員連盟について考える。


受動喫煙の健康への影響が問題になり、タバコに関する規制が強化されてきている。喫煙者でないので気にはならないが、少しヒステリックな印象は持っている。適切な分煙は進めて欲しいし、路上での喫煙に制限が掛るのは当然だとは思う。喫煙の権利を主張するなら、禁煙の権利の主張も正当だろうと思うし、道路は灰皿ではないし、群衆の中を火を振り回して良い理屈もない。
さて、禁煙側から見て行こう。禁煙側の論理として、健康被害に関する事柄が目立つ。吸わない人が巻き添えをくうのはあんまりだから、分煙の必要性については合意する。喫煙者の健康被害については、自己責任に留めて良い気もする。癌の発症リスクが高まることで、健康保険料の組合側 (すべて組合として進める) が支払う費用が増大するとする論理もある。これは少し疑問がある。癌になって、発症後長く生きなければ保険負担は限定的になる。一方で、癌にはならなかったが寝たきり状態で生きている期間が増えれば、健康保険料は少なくすむこともあろうが、介護保険料の支払いは大きくなりそうである。何を言いたいかといえば、癌になってもならなくても、いずれは死ぬのだから、健康保険組合の負担が大きいか小さいかは、費用を要する治療が実施されるか、長期の入院がなされるか、という点による。癌になって、発症したが手の施しようもなかった、という事例であれば、相対的には健康保険組合の負担は小さいことになる。ということは、喫煙者には、健康診断の受診などせず、健康に不安があるような症状が出ても病院には近付かず、どうにもならなくなったときに病院に行くと、医師が手遅れですと言うのが費用抑制効果が最大化することになる。癌の発症リスクは高まるが、認知症などで寝たきりになる可能性が極端に低いというなら、このストーリーに当てはまることになる。なんだか、大麻解禁の話と似ている気がしてきた。覚醒剤だって、他人を傷付けることがないなら、自分の勝手という論理に近付いてきている。他人に迷惑を掛けるのだから、この論理は成立しないのだが。医療費の増大の論理は、手遅れ状態ではなく、治療可能な状態で見つかる例が増えれば医療費が増えるという単純な論理で理解するのが良さそうだ。癌が治療可能な病気というのは、医療機関で見掛けるポスターであるが、そうは言っても5年生存率が高い数字で示されるのは、初期で見つかった例に限定されるという事情はある。発症後の治療により寛解と称される状態になるのが、医療提供者側からすれば良好な結果であるのだろうが、再発のリスクは、癌になっていない人に比べて高いと推定される場合が多いようだ。医療機関がQOLという言葉を出すときは、どのあたりで折り合いを付けるか、つまり、何を我慢するかのステージであるということだ。死ぬよりタバコを喫いたいと患者が言ったら、何と答えるのかという疑問は残る。
一方で、喫煙側の論理は旗色が悪い。たばこ議員連盟が発足したときの報道を確認すると、参加した議員の発言として、以下の様な言葉が紹介されていた。

「昨今、たばこがいじめられている。販売店は高齢化している し、応援団を作らなければならない」
「弱者の立場で仕事をする…、今のたばこ業界がそれだ」
「たばこ業界がこうなってしまったのは、政治による“政策的な構造不況”であり、これ以上の規制をやるべきではない」
「地方自治体に とって、たばこ税のありがたみは身にしみて理解している。地方でも分煙できる仕組みをしっかり作ることで、全国に浸透させたい」


販売側の論理と、税収の問題としてとらえているようだ。販売側が芳しくないのは、喫煙者数が減少しているからで、喫煙者が増えないのは規制のせいだという論理は、無理筋というものだ。喫煙と健康の因果関係はWHOも認めていることであるから、相応のデータで論理を固めなければ破壊する。税収に関していえば、健康であれば死んでも良いという信仰に身を捧げる者たちには、税収の為に死ねと言うのかと爆発の導火線に火を付ける行為である。
おとなしく、国内の生産状況から確認する。全国たばこ耕作組合中央会の資料から、葉たばこ生産に従事する人、耕作面積、販売量、販売代金の推移を確認した。2000年以降は発表の数字をそのまま引用し、それ以前はグラフの数字を用いた。結果を下に示す。

■ 葉たばこ生産状況推移 (全国たばこ耕作組合中央会)
   年     人員(人)    面積(ha)   販売重量(t)  販売代金(百万円)
  1989     44,300     30,700     74,396     135,900
  1990     42,200     30,300     80,544     149,300
  1991     39,400     29,400     69,897     130,800
  1992     35,700     27,600     79,365     156,300
  1993     33,700     27,400     67,430     128,200
  1994     32,000     26,700     79,503     155,400
  1995     30,400     26,200     70,391     136,600
  1996     28,800     26,100     66,031     123,600
  1997     27,500     25,800     68,503     130,200
  1998     25,800     25,500     68,959     118,500
  1999     24,400     24,900     64,727     121,600
  2000     22,864     23,991     60,803     117,124
  2001     21,668     23,411     60,565     114,776
  2002     20,758     23,038     58,174     109,260
  2003     19,897     22,507     50,662      93,164
  2004     18,727     21,538     52,659      98,074
  2005     14,878     19,071     46,828      84,320
  2006     14,417     18,512     37,739      68,591
  2007     13,696     17,669     37,803      69,279
  2008     12,981     16,778     38,484      69,404
  2009     12,169     15,769     36,601      68,051
  2010     11,437     14,980     29,297      54,171
  2011      9,480      13,016     23,605      44,029
  2012      6,094      8,956     19,673      38,497
  2013      6,059      8,846     19,844      39,285
  2014      5,911      8,564     19,980      39,337
  2015      5,788      8,329     18,687      36,885


四半世紀で従事者は1/10に減少してしまった。国内の割高な葉たばこが、輸入品の安い葉たばこに競争するというのは難しい。耕作面積は1/10になっていない。生産量が1/4レベルということは、小規模農家が止めたということで、大規模農家が残って集約してるということになる。見かけ上重量単価は下がっていない。これで農家が楽になったという結論が出せれば、たばこ議員連盟のいう弱者に農家は含まれないことになる。農家は、生計の基盤を損なわれてしまいかねない関係者ではないということだ。葉たばこ農家の現状が良くないことは、過去に書いた気がする。読み返すのも面倒なので、そう思っただけかもしれない。確実に言えることは、たばこ議員連盟が期待する票数は、四半世紀で1/10になったということである。
票が期待できない仕事を議員がするのは不思議な話である。志をもって行動し、立候補することはままあるだろうが、現行の選挙制度で勝ち抜くには、その道のプロであることを求められる。つまり、選挙プロであることが最初に求められるから、志などどこかに置き忘れてしまう代表的な品目である。選挙プロは得票が期待される行動を議員、議員候補者に求めるものである。珍しく、志の問題かと言えば、単純にタバコを喫いたいに留まるのかもしれない。この欲望丸出しの行動をほほえましく思う。妙な理屈を付けずにそう言えば良いのにと思うが、いくばくかの羞恥心というものを国会議員にもなって持っているのかと、ひどく感心するのである。


タバコを暴力団が扱う日が近そうである。

2017年3月 6日 (月)

PSA、2650億円で独オペル買収 GMは欧州撤退

フランスの自動車大手グループPSA(旧プジョーシトロエングループ)は3月6日、米ゼネラル・モーターズ(GM)の欧州子会社、独オペルを買収すると発表した。GMは欧州から事実上撤退し、世界販売台数は独フォルクスワーゲン(VW)、トヨタ自動車に次ぐ3位から、日産自動車・仏ルノー・三菱自動車連合に抜かれ4位に落ちる見通しだ。英国の欧州連合(EU)離脱決定以降、大型企業の初の撤退案件となる。
買収総額は22億ユーロ(約2650億円)。内訳はオペルの英国ブランド「ボクソール」を含む本体が13億ユーロ、GMの欧州金融事業が9億ユーロ。金融事業はBNPパリバと共同で取得する。買収でPSAの売上高は700億ユーロを超える。年間販売は430万台になり、欧州ではVWに次ぐ2位に浮上。オペルブランドを存続させ、「DS」「プジョー」「シトロエン」に続く4番目のブランドに位置づける。オペルは赤字続きだったが、規模拡大で相乗効果を引き出せると判断した。共同調達や車体共通化、生産、研究開発での協力を通じて年17億ユーロのコスト削減を見込む。当面はオペルの工場閉鎖や人員削減はしない方針。2020年までに営業利益率を2%、フリーキャッシュフローを黒字にし、オペルを再建すると表明した。欧州で足場を固め、中東やアジアでシェア拡大に注力する。パリのPSA本社で記者会見したカルロス・タバレス最高経営責任者(CEO)は「PSAのノウハウでオペルを再生させる」と強調。GMのメアリー・バーラCEOは「難しい決断だったが、GMには良い選択になると確信している」と語った。(日本経済新聞:3月6日)


欧州の自動車メーカについて考える。


Opelが欧州GMになったのは1929年である。ドイツの民族資本の自動車メーカというには、米国資本の下である期間が長い。英国GMであるVauxhalがGM傘下になったのは1925年で、Opelよりさらに古い。欧州市場が国ごとに独立した市場であった時代には、ドイツと英国の市場は別のものであったのだろうが、EUが議論されるようになった時代には、国境の概念がこの地域においては薄くなってしまった。ドイツとフランスと英国の違いなど、自動車会社にとっては無いに等しいものなのだろう。
欧州GMとグループPSAの販売台数推移を確認する。下に結果を示す。

■  欧州GM (Opel/Vauxhal) とグループPSAの販売台数推移
   年     Opel/Vauxhall   PSA
  2016     984,769    1,467,414
  2015     934,368    1,470,713
  2014     880,974    1,475,332
  2013     823,902    1,447,532
  2012     835,855    1,587,597
  2011     996,566    1,801,245
  2010    1,006,683    1,907,600
  2009    1,053,306    1,876,968
  2008    1,135,535    1,848,396
  2007    1,323,698    2,029,121
  2006    1,322,316    2,021,000
  2005    1,423,665    2,119,629
  2004    1,454,346    2,178,989
  2003    1,346,836    2,120,040
  2002    1,386,364    2,185,189
  2001    1,551,912    2,152,245
  2000    1,537,067    1,940,880


米国GMの2009年のチャプター11の申請で、欧州GMの整理対象になった。身を軽くするのは企業再生の最初の一歩であるが、GMはOpelの将来性に価値があると判断し、自力再建に急転舵を切った。その前から販売台数の不振が認められるが、Opelの規模というのは、100万台というのが実際的なレベルと考えた方が良さそうだ。2000年の150万台は大き過ぎるように見える。整理もされたのだろうが、欧州市場に元気がないという事情も影響していよう。
一方PSAはというと、もともと欧州市場への依存度が高いメーカであり、加えて、フランス、イタリア、スペインが欧州市場での販売台数の半数という偏りが大きい。その昔は、アフリカ市場で一定の量を確保してきたが、現在ではそうでもないのだろう。PSAの決算資料から、グループの販売台数の地域割合を下に示す。

■ PSAの販売台数地域セグメント分布
                     2015      2016
  Europe               63%       61%
  China - South East Asia    25%       20%
  Middle East - Africa        6%       12%
  Latin America            5%        6%
  India - Pacific           1%        1%
  Eurasia                0%        0%

欧州が六割である。2014年に中国の東風汽車と資本提携を締結したことで、中国の割合が増加している。これ以外の地域の台数は限定的になっている。フランスの国内市場だけ見ていた企業が、EUになって域内の競争力がありそうな地域に販売を広げたが、国際競争とEU域内の景気の悪さもあって、成長が期待できる中国に進出することを考えて合弁会社をつくったという話である。2012年にGMと資本提携をしていて、GMの欧州撤退により、販売の弱いドイツ市場を押さえることに期待しているということのようだ。
売上高の推移を確認する。Opelは米ドルで、PSAはユーロである。結果を下に示す。

■ 売上高推移 (単位:million)
  年    Opel/Vauxhall (US$)    PSA (€)
  2016     18,707             54,030
  2015     18,704           54,676
  2014     22,235           51,592
  2013     20,110           53,079
  2012     20,689           55,446
  2011     25,154           58,509


為替の問題が生じてしまう。1ドルが1~1.5ユーロ程度は変わってしまうから、判断に苦しむが、Opelが半分くらいの売上と思って大きくは外れないようだ。(当たってもいない)
今回の買収で、Opelの本体価格が13億ユーロというのは、お買い得な気もするが、引き取り手のない会社である。高いという見方も成立するだろう。Opelがドイツ、英国以外での販売経験がないこと、PSAのモデルとサイズ・価格帯が重なることは、Opelの再生に効果的である可能性があるが、PSAモデルの足を引っ張るだけに終わる可能性もある。事業譲渡は判断が難しい。


規模の論理ですべての説明が出来るほど単純ではない。

2017年2月28日 (火)

任天堂、カート会社提訴 「マリオ衣装貸し出し著作権侵害」

任天堂は2月25日までに、公道カートのレンタル会社「マリカー」(東京)が、「マリオ」などのキャラクターの衣装を貸し出した上で、その画像を許可なく宣伝や営業に利用し、著作権などを侵害しているとして、侵害行為の中止と1千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
任天堂が訴えたのは、マリカーと同社の代表取締役。人気ゲーム「マリオカート」の略称である「マリカー」を会社名に使用し、利用客にマリオなどの衣装を貸し出す営業行為が、不正競争行為や著作権侵害行為に当たると主張している。マリカーは公道を走れるように改造したカートを外国人観光客などに貸し出し、料金収入を得ている。任天堂の担当者は「数カ月前から警告していたが誠意ある回答を得られなかった」と話している。(共同:2月25日)


著作権について考える。


公道上でカートを走らせるのは、一定の条件を満たせば違法ではない。総排気量20ccを超え50cc以下、または定格出力0.25kWを超え0.6kW以下の原動機の四輪車である。法律は、シートベルトの着用義務も、ヘルメットも同様に求めていない。重量を大きくすると直ちに走行性能に響く事情があるから、運転者は生身がむき出しの状態で運転することになる。この公道カートのレンタル会社がビジネスとしているのは、東京という大都会を、小型のカートで、任天堂のゲームに出てくる衣装で走行できるということである。当然、外国人観光客を主なターゲットにしている。
営業行為として衣装の貸し出しをしているのだから、衣装が著作権に抵触するものであるとすれば、この営業行為が著作権侵害行為だとする論理は筋が通っている。一般論として、ゲームのキャラクターに似た衣装というレベルで、著作権に制限を掛けるというのは、少し行き過ぎがあるのではないかという心配はある。今回の訴訟には興味がそれほどないが、このビジネスには少し興味を持った。

東京と言う大都会を小型のカートで走り抜けるというのは、まさにゲーム感覚と言えるだろう。日本で暮らしていない人にとって、ゲームを生み出した国の都市で、ゲームさながらのスリルを味わえるというのが、宣伝に使っていないにしても、意図しているところであろう。
道路交通法で認められた車両であるから、走行するのは自由であるのだが、集団で走行するレンタル事業を行うのは如何なものかと感じる。都心で車高の低く安全基準の乏しい車両で、ゲームに出ている人物のコスチュームを身にまとい運転する。人間の動作に制限が加わる衣装であるし、そもそも加速性はもとより、減速性能も低い。そして、日本の交通事情に疎い外国人を主なユーザに想定している。
このようなビジネスを行うのなら、ヘルメットの着用 (フルフェイスである必要はない) 、車両の高い位置にブレーキランプなどの表示機器の設置くらいはして方が良い。そもそも、公道を走行させる意味が分からないのだが、クローズドのサーキットを準備しても誰も注目もしないことだろう。これでなければ商売にならないと主張することだろう。保険にも加入していると説明したとしても、ゲームのコスチュームで大きな事故が起きてしまっては任天堂のイメージが落ちてしまう。著作権の問題とは別に、任天堂に同情する部分である。大企業がベンチャーを苛めているという図式で見る向きもあるようだが、社会の迷惑になり得る存在で、その結果として連帯してイメージダウンを受けるというのはあんまりな話である。


警察も何かの法律で取り締まることを考えているだろう。

2017年2月24日 (金)

麻生氏「何を調子いいこと言ってんだか」 民進は抗議

麻生太郎財務相が2月23日の衆院予算委員会で、民進党議員の質問に「何を調子のいいことを言ってんだか」と発言したことに対し、民進が24日の同委員会の理事会で与党側に抗議した。民進の長妻昭氏が明らかにした。長妻氏によると、浜田靖一委員長は「注意すべきものは注意する」と述べたという。
麻生氏は23日の質疑で、学校法人「森友学園」への国有地売却問題で価格を値引きする根拠となった地下のごみを同学園が実際に撤去したかどうかを国として調査すべきだと質問した民進の玉木雄一郎氏に向けて発言した。24日の理事会で、民進は麻生氏の発言のほか、日本維新の会の足立康史氏が23日の審議で「民進党の議論は本当にひどいレッテル貼りと揚げ足取りが多い」などと一方的に批判したことについて「暴言に近い発言だ」と抗議し、両氏を注意するよう浜田氏に求めた。(朝日新聞:2月24日)


麻生太郎の発言について考える。


「何を調子のいいことを言ってんだか」の意図するところは、セメント会社出身の麻生太郎大臣なら、という趣旨のヘッダーを付けたことへのコメントと理解するのが良かろう。麻生の父親は麻生太賀吉で、その父親は九州の石炭王の麻生太吉である。九州の財閥ということだ。太郎の母親の和子は、吉田茂の娘である。つまり、麻生太郎は吉田茂の孫ということになる。太郎の父親も母親もカトリックの信者であり、太郎もカトリックである。ちなみに、妹は寛仁親王妃になっている。皇室はカトリックの信者を嫁に迎えたということだ。これが問題だとは思わないが、当時、大きな騒ぎにならなかったのは、皇位継承順位が低いことによるのだろうか。
脱線した。毎度のことではあるが、そもそも脱線しないというレールなど存在しないのである。民進の玉木が質問したのは、件の学校法人に関連した国会議員の鴻池は、麻生派の会長代行であることが関係する。つまり、口利き疑惑の目が向けられている国会議員が所属する派閥は、国家の財産を管理する財務大臣の派閥であるということである。麻生も関わっていませんかとは訊けないから、国家の財産管理の在り方として、財務省の立場を問うたという話に過ぎない。
暴言ではあるが、育ち・家柄が良いこと (のみ)をアイデンティティとして、露悪的な振る舞いをすることで、庶民の気持ちもわかると主張するのが麻生の手法である。前者の価値の有無は横に置くとして、庶民の気持ちなど分かりはしないし、そもそも、庶民と見下すことろに、この輩のいけ好かない性格がにじみ出ている。本人がそう話した訳ではないので、そうではないかと想像するという話である。

現在の政権の問題点は、自由であることを重視した新自由主義的な主張と、経済重視の路線は理解するにしても、(妥当か否かには触れない) これで利益を受ける者が、特定の集団に偏っている疑いがあるという点にある。これは、自由を最大化しているふりをして、平等を蔑ろにしているということである。民進党は、平等を重視した政策を主張し、不公正な取引について正すのがよかろうと思う。自民も民進も方向性が定まっている集団ではない。党の方針がなどと議論すれば、いずれの党でも発散する。しかし、現在政権にある自民党なら、政権政党の役割として、という錦の御旗を掲げて、小異を捨てて大同につくなどとほざくことが可能だ。しかし、民進にはこのセリフが吐けない。
森友学園の理事長も、鴻池も麻生も安倍も、職業右翼である。保守思想を政治や経済活動に活用しているだけである。真の右翼であれば、幼稚園の教育勅語のような、雑な扱いは決してしない。真に価値があると考えている行動ではない。それを褒めた稲田も同類である。上で政治と書いたが、政治思想の実現ではない。自身の属している集団の経済的な利益の拡大というのが政治である。だから、職業右翼なのである。右翼の看板を外して眺めてみれば、自分の利益の奔走する守銭奴にしか映らない。稲田がハワイで戦死した飯田房太中佐の記念碑を訪れた服装に思想の欠片もなかった。右翼幼稚園を表彰するのも、思想的なものではなく、右翼である証を気軽に示せることと、金になることに過ぎない。
稲田以外の上記政治家も同様である。理事長は、金儲けの手段として右翼を名乗っているだけである。そもそも何を言っているのか分からない。

麻生の発言は、その程度のオツムの御仁であるのは承知しているから、無駄口叩かず訊かれたことに答えなさいで良い。だいたい、人の話を聞けないのがこの手の連中の特徴であるから、聞かれていないことには答えても、訊かれたことには答えないというのが常ではある。


門地により、人の価値は決定する。麻生太郎 談 = フィクションです。

2017年2月22日 (水)

森友学園の幼稚園指導法、文科相「大阪府に報告求める」

大阪府豊中市内の国有地を、近隣国有地の約1割の価格で小学校用地として売却された学校法人「森友学園」(大阪市)をめぐり、2月22日の衆院予算委員会の分科会で同学園が運営する大阪市内の幼稚園が取り上げられた。
民進の議員が幼稚園の指導のあり方についてただし、松野博一文部科学相は「大阪府に今どういった状況であるのか報告を求めていきたい」と述べた。 民進の玉木雄一郎氏の質問に答えた。玉木氏は21日にこの幼稚園の元保護者から聞いた話として、「パンツで(漏らした)うんちをくるんで幼稚園のバッグに入れて持ち帰らせる」「犬を飼っている子が『犬臭い』と言われ、勝手にリュックサックを捨てられた」などと例示。「児童虐待にもつながる」と指摘した。
「犬臭い」という発言などをめぐっては、元園児の保護者が損害賠償を求めて提訴し、大阪地裁で係争中。森友学園側は答弁書で「子どもに『犬臭い』と言ったことはない。両親に、園児の生活環境の改善などの必要性を伝える際に『犬臭い』という表現を使った」などと反論し、請求棄却を求めている。(朝日新聞:2月22日)


もろもろ考えることにする。


国有地の面積は 8,770平方メートルとされる。不動産鑑定士の評価額が 9億5,600万円で、売却価格が 1億3,400万円であるというから、差し引き 8億円余りが地中から出たコンクリート片や廃材などの撤去費用ということになる。特殊な産廃でもないようだから、除去の相場としては、1平方メートル当たりで1メートルの深さで除去すると5万円というところである。これは産廃ばかりの例である。実際に産廃を埋めるとなると、埋める作業上の制限から、全体の面積のうち五割程度だろう。だいたい周囲が山の中でもない。
仮に試算してみよう。除去する深さは2メートルとしてみよう。上の計算式に従うと、8770 x 0.5 x 5 x 2 = 43,850万円 となる。8億円には届かないから深さは4メートルレベルということになる。土地の様子を見ると、建物が建設されている部分があり、その部分に産廃が多く埋められていると、基礎の安定性が確保できないから、掘り起こすよりないのだが、それほど深く掘った様子もない。建物の部分には産廃がなく、校庭予定地に多いという説明をされたらそれまでだが。

学校法人の教育方針は、規律を重視したものであるようだ。幼稚園で規律を求めても、なかなか達成するのは困難だと思うが、そんな軟弱なことを言っているから、こんな国になってしまうと怒られそうである。入試時に軟弱だとする理由で落とされるかどうか知らないが、そんな子供がいたとしても不思議ではない。子供が理由ならまだ良いが、親が軟弱なのでという理由だと悲しくなる。要らぬ心配なのは重々承知している。
元園児の保護者が損害賠償を求めて提訴して大阪地裁で係争中というから、それだけでイメージ的には十分過ぎるくらい問題のある幼稚園である。学校法人側に主張もあるのだろうが、この手の仕事では裁判所に行ってしまっては駄目というのが、顧問弁護士の常識というものだろう。裁判になって、幼稚園児と学校法人の教育方針とを天秤に掛ければ、裁判官は弱い者を守りたいと心情的には思うだろう。事前に説明することで済むものもあるが、果たしてここまで攻撃的な教育方針の説明をできようか。犬臭いと言ったかどうかが裁判では大切なことになるのだろうが、生活環境の改善に適切な指導が実施されたかを争うことになれば、かなり旗色の悪いものであろう。学校法人側は和解に持ち込む流れだろうが、幼稚園児の保護者は既にこの幼稚園を離れ、恨みつらみしかないから結審を希望するという想像がされる。大きな土地を持っているから、支払い能力に問題はなさそうだ。

ほうぼう問題がある学校法人である。首相が自身または妻と関係あれば、首相も議員の職も辞するなどと強弁すれば、野党の心に火を付けることにしかならない。愚かな者は、興奮すると訳の分からない言葉を口にするものだ。法律に関わる表面上の問題など無いようにするものである。その程度をクリアーしていないのなら、国会議員に便宜を計って貰う資格がない。しかし、学校法人の方は叩かずとも埃がこぼれる体質のようだから、首相は無駄な言葉を足したということになるのだろう。


国の財産について、岸信介の孫は自由に処分して良い。

2017年2月21日 (火)

将棋界初の外国人女流プロ ポーランド出身25歳

外国人で初めての将棋の女流棋士が誕生した。ポーランド出身のカロリーナ・ステチェンスカさん(25)が2月20日、東京都渋谷区の将棋会館で行われた対局に勝ち、正式なプロとして認められる女流2級になった。
対局を終えたステチェンスカさんは「今まで苦しかったが、プロになれてうれしい。ダイナミックな終盤戦に魅力がある将棋を、これから世界に広めていきたい」と笑顔で話した。日本の漫画「NARUTO(ナルト)」で将棋に興味を持ち、2013年に来日。山梨学院大で学びながら研さんを積み、15年10月に女流3級となって女流プロ棋戦に出場していたが、2年以内に一定の成績を上げなければ取り消される「仮資格」だった。この日の勝利で第44期女流名人戦の挑戦者決定リーグ入りを争う予選の決勝進出を決め、昇級条件を満たした。現役の女流棋士は現在約60人いる。(日本経済新聞:2月20日)


女流棋士について考える。


日本将棋連盟の中で、女流棋士の位置付けはお飾りのような存在であった。これは、プロ将棋棋士の存在価値は、技量が高い者であることであるという信念によっている。女性の棋士の存在を否定してはいないが、女性では奨励会で三段がいるから、将来女性棋士が実現する可能性はあるが、プロである四段になっても、真に価値があるタイトル戦への出場や優勝というのはその先の話である。
そんな将棋連盟、正式名称は公益社団法人日本将棋連盟という。この連盟の目的は、「将棋の普及発展と技術向上を図り、我が国の文化の向上、伝承に資するとともに、将棋を通じて諸外国との交流親善を図り、もって伝統文化の向上発展に寄与すること」と謳っている。本年は技術向上しかないのだが、それでは公益法人としての資質を問われることになるから、綺麗事が色々書いてある。しかし、四十年位まえには、全国への普及に随分と力を入れていたし、海外への展開を考えて行動していた様子があった。連盟の力が強かった訳ではないのだが、志は感じた。当時は、東京の将棋会館が完成し、関西の将棋会館を造る為に寄付を募っていたから、トーナメントプロだけで良いとは言い難い環境もあったのだろう。念の為年譜を確認すると、女流棋士制度が創設されたのが1974年、東京の将棋会館の竣工が1976年、関西将棋会館が1981年である。社会情勢が良く、企業からの寄付が期待できる経済環境であったとは思うが、それで簡単に賄えるものでもあるまい。なお、囲碁の日本棋院は、1971年に本院が市ヶ谷に建設された。何にも流行というのはある。
日本女子プロ将棋協会については過去に書いた。女流棋士を飼っていられなくなった連盟が、経費削減を計ったが、いろいろと問題が双方にあって、日本女子プロ将棋協会は風前の灯火となっている。仕事の進め方が致命的に悪かったと感じるが、連盟が筋の良い仕事をしていた訳でもない。世の中で良く議論されるプレーヤーが経営をすることの問題点が、思いっきり表に出ている例である。普及や指導を行うことを企画するのは、トーナメントプロの仕事とは別のものではある。しかし、相容れない課題でもないことが問題を複雑にする。
さて、ステチェンスカは連盟所属の女流棋士である。今更、日本女子プロ将棋協会を叩く必要もないだろうが、普及、特に海外について弱いという現実を大きく変える札にはなる。それを有効に活用できるような機転はこの連盟には期待しようもない。最強であることを最大の価値としてきた者達の集合体である。最強が半導体技術の進展と、プログラミングの最適化作業の結果として、人間の能力を超えたときに、その価値はコンピュータ技術に置き換わるのだろうか。それを否定して、自分たちのネグラに閉じこもるのも可能だが、それで誰から尊敬されるというものでもない。文化の向上、伝承に資すること、諸外国との交流親善を図ることは、コンピュータには期待できない。そちらを重視しなければならないということになる必然性は高そうだ。


日本将棋連盟の記事の扱いは、困った印象を受ける。

2017年2月17日 (金)

参院議長の不規則発言、野党が批判

民進党の蓮舫代表は2月16日の記者会見で、伊達忠一参院議長が本会議場で新幹線網の拡充を求めた自民党の質問者に「北海道新幹線が入っていない」と発言したことに関し「議長に緊張感がないと明確に言いたい」と批判した。共産党の志位和夫委員長も「許されない行為だというのは論をまたない」と非難した。
伊達氏は北海道選挙区選出。15日の本会議で自民党の西田昌司氏が「山陰や四国など全国津々浦々まで新幹線ネットワークを広げるべきだ」と求めた直後、議長席から不規則発言をした。(日本経済新聞:2月16日)


伊達忠一について考える。


伊達忠一は北海道選挙区選出の参議院議員である。北海道議会議員を四期務めて、参議院議員三期目である。出身は、北海道の上士幌町とも芦別市とも言われる。高校が芦別高校であるから、芦別市にしていると思っていたが、上士幌町と芦別市は直線で80キロメートル離れていた。政治家は出身地を明らかにして、その地域での得票数を増やすという行動を取るようだ。1939年1月生まれで、1963年4月から札幌医科大学付属病院検査部で臨床検査技師をしていたという。北海道立衛生検査技師養成所を卒業したということだが、臨床検査技師の受験資格には3年の専門教育を求めているから、札幌医科大学付属病院に勤務を始めたのが24歳のときとなる。しかし、1965年9月に札幌臨床検査センター株式会社を設立したという。2年半の勤務期間で会社を設立したということのようだ。この会社は現在でも存在している。売上高の推移を下に示す。

■ 札幌臨床検査センター売上高推移 (単位:百万円)
   年     調剤薬局  臨床検査  医療機器   その他
  2012      9,393     5,926     1,956      59
  2013      9,586     5,059     1,091      76
  2014     10,106     5,185     1,119      138
  2015     10,587     5,289     1,199      89
  2016     11,007     5,429     1,022      86


地元では有力な企業なのだろう。取締役も確認した。

■ 札幌臨床検査センター取締役抜粋
  代表取締役会長    伊達忠一   1939年1月20日
  代表取締役社長    大井典雄   1950年5月16日
  取締役副社長      伊達忠應    1972年7月24日


伊達忠一は、副大臣になったときは取締役を外れ、株式も管理に移しているが、それが済むと代表権のあるポストに戻る習慣があるようだ。許されている行為なのだろうが、この企業の代表権と言うのは、国会議員のついでに行える仕事なのか、あるいは、国会議員というのが、ついでにする仕事ということなのだろうか。副社長の忠應は忠一の長男であるようだ。父親の創業した会社を継ぐというのはよくある図式である。忠應は1998年4月三菱化学ビーシーエル入社し、2000年12月退社して現在の会社の取締役になっている。北海道議会議員にも2003年4月に当選しているが、2005年10月31日に暴行事件で逮捕されたことを理由に辞職している。2007年4月の道議選に立候補し当選しているが、2006年10月に酒気帯び運転で検挙されていたことが分かり、2007年7月7日に辞職を発表している。この当時は父親の公設秘書であったそうだ。楽しい息子である。奥羽大学歯学部に進学したが中退し、アメリカに留学しカリフォルニアアカデミー修了というのが息子の学歴である。就職した会社は、父親が創業した会社の取引先であるから、少しの間面倒を見て貰うという話に読める。古き良き時代のバカ息子の経歴ロンダリングが今でも生きている。

出来が悪い息子でも、大事な息子であるのは、どこの親も一緒である。可愛がる気持ちは分かる。ただし、出来が悪いことが分かっているなら議員にさせる気持ちが分からない。社会の迷惑になる。企業の取締役なら、他の取締役もいるだろうし、取引先も注意を払う。バカ息子が取締役の会社であることは、公知であるのだから就職した社員にもリクスを認識できた筈だという論理は成立する。しかし、議員にするのは問題である。選挙という手続きで選ばれた人は、簡単に辞めさせる訳にはいかない。そもそもそんな輩を当選させるな、地域の有権者の不見識に過ぎない、という論理は当然であるが、それらを横にするほど、大きな既得権益をその地方で有している国会議員であり、企業の代表なのである。息子の始末くらし、しっかりして貰いたいものである。
と、こんな息子を持つ父親は、何の因果か参議院で議長になった。当然、利益誘導が最大の責任というか、集票能力のある事項であるから、偉くなったと発言することになる。あろうことか、これを議長席から発信したということだ。まあ、議長の役割も認識していないのだろう。こんな役はやりたくなかったのかもしれない。お見舞い申し上げます。


北海道に新幹線を走らせると、何があるのかを個人として示せば良かろう。

2017年2月16日 (木)

リクシル社長「放射能で大柄に」 不適切発言で謝罪

住宅設備大手、LIXIL(リクシル)グループの瀬戸欣哉社長は2月15日、山本公一環境相と環境省で意見交換した際、体格の大きさを指摘され「放射能の影響で大きくなりました」と述べた。記者が意図を尋ねると「冗談だった。不適切な発言だった」と謝罪した。
環境省は東京電力福島第1原発事故に伴う除染などを所管する。山本氏は意見交換後、瀬戸氏の発言に関する記者の質問に「気が付かなかった」と回答。瀬戸氏は「(スポーツをしていた時代に比べ)体重が増えたことの言い訳だった」と釈明した。意見交換は地球温暖化対策がテーマだった。瀬戸氏の発言に関し、福島県の内堀雅雄知事は記者会見で「放射能の問題について、誤解や偏見がないようにすることが大切だ。福島県は農産物や観光などで、いわれのない誤解や偏見により非常に苦しい思いをしている」と苦言を呈した。瀬戸氏は昨年6月、社長に就任。バスケットボールやボクシングの経験があるという。(共同:2月16日)


放射能汚染について考える。


放射線被曝の風評被害というのは、2011年3月11日の地震発生で原子力発電所が被害を受けて、発電に用いるものと二次的に発生する放射性物質が拡散したことによっている。放射性物質で、ウランやプルトニウムは比重が大きいことから、広い地域への拡散はないと考えれれている。それでも少し離れた地域でも検出されている。微量なので問題ないと言いきれないのが辛いところだが、健康被害への心配は小さいと判断するよりない。少なくともチェルノブイリ原発の事故による日本への影響と比較して、大きくないという結論は正しいとして良いだろう。
ストロンチウム90はカルシウムに特性が似るから、体内に入った場合、骨への定着が心配されていた。半減期は29. 1年である。他に話題になったものは、ラドン220 (半減期:55.6秒)、ヨウ素131 (8日)、セシウム134 (2.1年)、セシウム137 (30.2年)というものがある。半減期は放射性崩壊により原子が半分になる期間であるから、半分は残っているという解釈で問題ない。しかし、半減期が10回過ぎれば 1/1024 になるから、20回過ぎれば100万分の1にまで減少する。現在までの時間の経過により変化しているものと、大きくは変わらないものとがある。セシウム137はあまり変化はないだろう。人体への影響は、放射線の強さも考えなければならないので、そんなに単純に済ませられる話でもない。確実に言えるのは、半減期の長い放射性物質が拡散したことは、人間の一人の生命が存在する期間に比べ長い年月であるということである。薄く広まった原子を効率的に集める技術はないと言って良いから、拡散すれば手の施しようもない。

さて、LIXILの話である。政治家や経営者が、面白いと思って話すことの多くが、面白くもなく、ほとんど不快と感じることが不思議である。不快と感じるのを回避するなら、つまらないことに徹すれば事故は回避可能である。今回の発言の、身体が放射能の影響で大きくなったというのに、何が面白い、誰が楽しいと感じると、この社長は考えたのだろうか。環境大臣相手だったので、放射性物質の処理で困っているだろうから、良いこともあるのだと話そうと考えたということか。1960年生まれだから50代である人間が、放射線を浴びて成長するというのは、ある種のSFではあるのだろうが、ひねりに欠けた話である。1954年に登場したゴジラは、水爆実験によって発生したという設定であるから、この話を下敷きにしたという理解が良さそうだ。ゴジラほどは強く被曝しなかったので、この程度の成長で済んだということだろうか。LIXILの本社は東京であるから、特段、この社長が被曝したという理由も見出せない。やはり、どこが面白いかは分からない。
福島県知事は、ぜひLIXILの社長に、どのように面白い冗句を言ったのかを説明して貰うと良いだろう。偏見や苦しい思いについては別に対策するにしても、面白いと思ったことを知らなければ、発言者の精神構造に迫ることが出来ない。


LIXILの本社では、違法に放射性物質を保管している疑いがあるということか。

2017年2月14日 (火)

ニコンの17年3月期、最終赤字90億円に拡大 デジカメ不振

ニコンは2月13日、2017年3月期の連結最終損益が90億円の赤字(前期は182億円の黒字)になる見通しだと発表した。従来予想から赤字が30億円拡大する。市場の縮小でデジタルカメラの販売が計画を下回る。新商品の発売中止に伴う棚卸し評価損などの計上で構造改革費用も膨らむ。
「短い間にも市場は厳しさを増している」。同日開いた決算説明会で牛田一雄社長はカメラなどの市場環境について、こう語った。売上高は前期比8%減の7500億円、営業利益は39%増の440億円を見込む。それぞれ従来予想から500億円、50億円下方修正した。主因はカメラ関連事業の想定以上の減速だ。スマートフォン(スマホ)などの普及でカメラ市場は急速に縮小している。今期のカメラの販売台数はレンズ交換式で23%減の310万台、コンパクト型では49%減の315万台となる見通し。従来予想からそれぞれ15万台、30万台引き下げた。加えて、昨秋発売した、全方位の映像などの撮影ができる「アクションカメラ」が振るわない。スマホなどの機器との接続性で顧客からの評価が低く、販売が想定の半分になる見通しという。(日本経済新聞:2月13日)


ニコンについて考える。


最近ニコンがニュースに取り上げられた事例として、高級コンパクトカメラDLシリーズの発売の中止を決めたこと、希望退職者を募集した結果、1000人の予定に1143人が応じたことがある。前者は前にも発売延期をしているから、この製品の市場がそう大きくはないこと考慮すれば、経営判断として必然ではある。問題なのは、社内事情に明るい社員が辞めた方が良いと判断して、予定数より多いということである。ニコンのセグメント売上高と利益の推移を確認する。結果を下に示す。

■ ニコン3月期決算セグメント売上高推移 (単位:百万円)
   年      精機      映像   インストルメンツ メディカル
  2017予   248,000    380,000    76,000     19,000
  2016    182,416    520,484    77,242     18,311
  2015    170,757    586,019    72,381      ―
  2014    205,946    686,005    65,609      ―
  2013    179,962    752,034    54,978      ―
  2012    249,001    588,477    57,637      ―
  2011    209,362    597,426    59,253      ―
  2010    150,823    569,988    46,025      ―
  2009    221,375    597,413    46,415      ―
  2008    291,891    588,110    61,240      ―
  2007    292,562    449,790    61,170      ―

■ ニコン3月期決算セグメント利益推移 (単位:百万円)
   年      精機     映像   インストルメンツ メディカル
  2017予   48,000    25,000     1,000     -6,000
  2016     14,607    45,751     2,819     -4,675
  2015     8,355    56,698     1,199      ―
  2014    20,079    64,284    -2,156      ―
  2013    13,090    60,711    -4,977      ―
  2012    42,723    53,971    -3,166      ―
  2011     2,711    52,331    -5,247      ―
  2010    -58,557    52,116    -9,330      ―
  2009     8,041    40,039    -2,723      ―
  2008    43,348    83,973     4,081      ―
  2007    49,320    45,678     5,122      ―


2017年3月期予想は、映像を除いて前年と同等か良くなっている。液晶パネルや半導体の製造装置事業は、映像事業に比べて利益を出しそうだから、明るい未来が描けるのかなと思ったが、それは過去の知識による判断ということのようだ。台数が限定される市場特性であり、標準品とされれば安定受注が見込め利益も大きくなるが、その逆になると市場を失うというものである。過去にニコンが露光装置市場で優勢だった記憶が刷り込まれているので、現在もそして未来もそうなのだろうと思ってしまう。これはある種の思考停止スイッチと言える。ニコンが決算資料で公表している市場規模を下に引用する。


■ ニコン決算説明資料より市場規模見通し
                                 2016年    2017年    2017年
                                 実績    Q2時⾒通し Q3時⾒通し
半導体露光装置販売台数(新品/中古、台)
                     市場規模       220       210       210
                     ニコン        14/21     26/16     24/10
FPD露光装置販売台数(台)
                     市場規模       80       120       128
                     ニコン         46        92        92

レンズ交換式デジタルカメラ(万台)
                     市場規模      1,304     1,200      1,150
                     ニコン         404       325       310
交換レンズ(万本)
                     市場規模      2,134     2,000      2,000
                     ニコン         590       475       460
コンパクトデジタルカメラ(万台)
                     市場規模      2,079     1,350      1,300
                     ニコン         623       345       315


露光装置の受注見込みを製造している会社が公表しているのだから、この先期待できないということは確かな話である。半導体系の技術情報誌にもニコンの劣勢が記事になっている。それではと、映像事業のカメラ関係の市場見込みを確認すると、芳しい数字が示されていない。デジタルカメラの現状は、最新のスマートフォンに付いたカメラとの性能差を示し難くなっている。スマートフォンが苦手なのは暗い被写体であろうが、これとて昔ほど画像の乱れが大きくない。固定レンズと高い処理能力のプロセッサの組み合わせは、ソフトウェアによる画像補正を強力に行うことが可能となる。光学的な映像を結ぶという従来技術に対するアドバンテージである。レンズ交換型ではレンズ特性が決まっていないから、最適化が十分に行き届かないだろう。光学ズーム機能も、補正するには不利な要件になるのだろう。つまり、市場は縮小方向で、ニコンは更に競争力を落としている。
高級コンパクトカメラDLシリーズは、レンズ交換式の一眼レフとの部品共通化を達成する前に企画されたのだろう。画像処理用ICの不具合が延期の原因で、その後、問題が深刻化して市場規模と合わせると、商品性に乏しいと判断されて中止に至っている。このICはそのままではないにしても他のモデルで使用されることだろうが、大幅な見直しが成されていることからすると、すべて見直し対象になるのかもしれない。2016年4月に発売予定であったCOOLPIXシリーズが、最大で10月まで販売延期になった例があるから、ニコンのデジタルカメラ部門の開発のリソースは少々心許ない状況であるように見える。加えて、今回の希望退職者の数からすると、更に影響が出るかもしれない。
ニコンのカメラ部門は、組織の大幅な見直しと、製品ラインナップの整理縮小が求められる状況なのだろう。しかし、決算資料などでは成長産業に位置付けられるメディカル関係も思ったような数字を出していない。暫くは厳しいと見て良かろう。


日本のデジタルカメラ会社はもう一段減るのかもしれない。

«清水富美加さん、事務所との契約解除意向 幸福の科学へ

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ